Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
An autopsy case of elderly-onset herpes simplex encephalitis with acute respiratory failure caused by brainstem lesions
Yuto HayashiKatsuya ArakiKimiko InoueHiroka AndoHarutoshi FujimuraChikao Tatsumi
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2020 Volume 60 Issue 12 Pages 840-845

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要旨

症例は89歳男性.38°C台の発熱が持続し意識障害が出現したため入院となった.血液検査で低Na血症を認め,頭部MRIの拡散強調画像で両側帯状回皮質に高信号を認めたが,脳脊髄液中の細胞数上昇を認めなかった.血液検査で抗単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus)IgM抗体陽性が判明したのちに,アシクロビルを投与したものの呼吸状態が急速に悪化し第8病日に死亡した.剖検では急性壊死性脳炎を認め,炎症は橋被蓋や延髄にも及んでいた.単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis)における急性呼吸障害の原因として脳幹病変を病理学的に確認することができた貴重な症例であった.

Abstract

An 89-year-old man was admitted because of persistent fever and impaired consciousness. On admission, his consciousness level was E3V3M4 according to the Glasgow Coma Scale. MRI of the brain showed high intensity lesions in the bilateral cingulate gyri. In the cerebrospinal fluid, both cell counts and glucose level were in the normal ranges. He had received antibiotics and intravenous isotonic saline. On the fifth day of hospitalization, blood examination revealed elevation of anti-herpes simplex virus (HSV) immunoglobulin M antibody, and herpes simplex encephalitis (HSE) was diagnosed. Despite treatment with acyclovir, his respiratory function and consciousness level deteriorated rapidly. On the eighth day, he died of respiratory failure. At autopsy, the brain showed multiple softenings of the gray and white matter in the hippocampus, amygdala, and temporal, insular, and cingulate cortices. Some of these lesions were hemorrhagic. Microscopic examination revealed that the lesions were necrotic and associated with perivascular inflammatory cell infiltration in the limbic system, hypothalamus, brainstem tegmentum area, and medulla. Eosinophilic intranuclear inclusions were rarely found in the astrocytes in the medulla. Immunohistochemistry revealed anti-HSV-1 antibody positive neurons in the brainstem tegmentum including reticular formation and the raphe nuclei. HSV-DNA was also detected in the postmortem cerebrospinal fluid. This was a rare case of HSE in which inflammation in the brainstem proved to be the cause of lethal respiratory failure.

はじめに

単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis,以下HSEと略記)は発熱や頭痛,上気道感染症状で発症し,意識障害,痙攣など多彩な脳機能障害を来すことが多い.死亡率は10~15%と高く,社会復帰可能な患者は約半数とされる1.今回我々は発熱と意識障害に加え,急性呼吸障害を呈した高齢男性において,病理学的に脳幹病変を確認しえたHSE症例を経験したため報告する.

症例

症例:89歳,男性

主訴:発熱,意識障害

既往歴:慢性心不全,大腸憩室炎,陳旧性肺結核,アルツハイマー型認知症.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:2018年3月上旬より全身性の浮腫が出現し,心不全疑いとしてフロセミドの内服が開始となった.3月中旬ごろより38°Cの発熱が持続し,発熱4日目に当院救急外来を受診した.血液検査で炎症反応の上昇なく,胸部単純X線写真で肺炎像や胸水を認めず,気管支炎などを疑われ抗菌薬を処方され帰宅したが,翌日も発熱が持続し意識障害も出現したため当院救急外来を再受診し緊急入院となった.

一般理学所見:体温38.1°C,血圧154/88 mmHg,脈拍82/分・整,酸素飽和度95%(室内気),胸部聴診で呼吸音清,副雑音なし,心音純,収縮期雑音あり(Levine III/VI).腹部に異常所見なく,下腿浮腫認めず.皮膚乾燥が強かった.

神経学的所見:意識状態はJCS 10,GCS E3V3M4であり,明らかな項部硬直は認めなかった.失語や精神症状は認めなかった.瞳孔は正円同大で対光反射は両側迅速であり,四肢に運動麻痺,感覚障害は認めなかった.

検査所見:一般血液検査では白血球数4,700/mm3,CRP 0.08 mg/dlと炎症所見を認めず,Na 125 mEq/lと低値であった.その他意識障害の原因となる肝臓や腎臓の機能異常は認めず,血糖は低下していなかった.抗核抗体,ビタミンB1は正常範囲内であった.頭部単純CTで右前頭部に少量の硬膜下血腫を認めたが,脳実質に病変は認めなかった.胸腹部単純CTでは明らかな異常を指摘できなかった.

入院後経過:入院時,発熱,意識障害を認め,脱水症および肺炎などの感染症が疑われた.入院前に開始されたフロセミドによる低Na血症によって意識障害が出現した可能性が考えられたため,補液によるNaの是正を行った.発熱に関しては画像上明らかな感染巣を指摘することができず,腫瘍熱や膠原病なども鑑別に挙がったため各種検査を行ったが有意な異常所見は得られなかった.第2病日に撮像された頭部単純MRIでは両側帯状回皮質に拡散強調画像およびFLAIR画像で高信号を認めた(Fig. 1A, B).頭部画像検査では脳実質内の出血は確認できなかった.脳脊髄液検査では初圧5 cmH2O,外観は無色透明で細胞数は2/mm3(単核球100%),糖63 mg/dl(同時血糖112 mg/dl)であった.脳脊髄液の細菌学的検査では異常を認めなかった.脳脊髄液は初圧が低く2 ml程度しか採取できなかったが,硬膜下血腫があることから過度な採取は危険と判断し,脳脊髄液の単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus,以下HSVと略記)-DNA検査は実施できなかった.補液を中心とした初期治療により意識状態の一時的な改善を認めたものの,JCS 3から20程度で推移し,血清Na値が基準値内となっても意識状態の十分な改善は得られなかった.脳波検査では高振幅徐波を認めたが,明らかなてんかん原性脳波や周期性一側てんかん型放電は見られなかった.第4病日より酸素化不良が見られ,意識障害に伴う誤嚥性肺炎の合併が示唆されたため,アンピシリン・スルバクタム(ampicillin/sulbactam,以下ABPC/SBTと略記)6 g/dayの投与を開始した.第5病日に血清の抗HSV IgM抗体および抗HSV IgG抗体が陽性であることが判明した.意識障害と発熱の経過からHSEの可能性を考え,アシクロビル(acyclovir,以下ACVと略記)1,500 mg/dayの投与を開始した.第6病日の頭部造影MRIでは拡散強調画像の両側帯状回皮質病変が拡大し,両側側頭葉内側にもFLAIR高信号の病変が出現したが,脳幹には病変を認めなかった(Fig. 1C, D).ガドリニウム造影MRIではいずれの病変も造影効果を示さなかった.第7病日に撮像した胸腹部造影CTでは両肺に誤嚥性肺炎像を認めたが,背側に限局し,広範囲な病変は認めなかった.抗生剤と抗ウイルス薬の治療を継続したが意識状態は徐々に悪化し,第8病日の朝にはJCS 300となった.その後失調性呼吸となり,同日夜に死亡した.ご家族の同意を得て死亡11時間30分後より病理解剖を行った.

Fig. 1 Brain MRI.

High intensity signals in the bilateral cingulate gyri were shown on the second hospital day (A/B). Four days later, the lesions of cingulate gyri developed and the swelling of the bilateral medial temporal lobes was observed (C/D). A) On the second hospital day, DWI image (1.5 T, TR/TE = 2,510/83 ms). B) On the second hospital day, FLAIR image (1.5 T, TR/TE = 8,000/120 ms). C) On the sixth hospital day, DWI image (1.5 T, TR/TE = 2,510/83 ms). D) On the sixth hospital day, FLAIR image (1.5 T, TR/TE = 8,000/120 ms).

一般病理所見:気管支内には肉眼的に消化管内容物と同様の物質が貯留しており,顕微鏡的にも活動性の炎症を伴った肺炎像が広範囲に認められた.急性期の誤嚥性肺炎の像であり,右肺上葉に陳旧性の胸膜肥厚を伴っていた.心臓には加齢性の変化はみられるものの弁膜症や心肥大,線維化などは認めなかった.結腸の肉眼的観察では憩室は指摘し得なかった.

神経病理学的所見:固定後脳重1,430 g.肉眼的には外観上前頭葉脳回の軽度萎縮を認めた.割面では両側帯状回,海馬・扁桃体を含む側頭葉内側部,第3脳室周囲の視床と視床下部に軟化を認め,病巣部の皮質および皮質下白質は変色し皮髄境界は不明瞭であった.右海馬CA1領域に点状出血を認めた.小脳及び脳幹部には肉眼的に明らかな異常を指摘できなかった(Fig. 2).光顕的にテント上の肉眼的軟化巣は皮質の浮腫と神経細胞の脱落を伴う壊死性病変であり,単核球主体のperivascular cuffingを認め,一部に出血を伴っていた(Fig. 3A).脳幹小脳に壊死性病変は認められなかった.脳幹部では広範囲に血管外への炎症性単核球浸潤とグリア結節の出現を認めた(Fig. 3B).HE染色による観察でごく少数のCowdry A型好酸性核内封入体を,延髄網様体のグリア核内に認めた(Fig. 4B).HSV-1免疫染色(anti-HSV1 polyclonal antibody, bs-8505R, Bioss, USA)にてテント上病変の神経組織は染色されず,脳幹の一部の神経細胞とグリアの細胞質に陽性所見を認めた(Fig. 4D).延髄においてHSV-1陽性細胞は縫線核,網様体と三叉神経脊髄路核に散見され,舌下神経核にも少数認められた.電子顕微鏡によるウイルスの観察は行わなかった.その他の所見として大脳皮質及び基底核に老人斑を認め(Braak stage C,Thal phase 3),辺縁系から新皮質にかけて神経原線維変化が認められた(Braak stage IV)(NIA-AA guideline; A2B2C2).また剖検時に採取した脳脊髄液検体からHSV-DNA陽性を確認した.

Fig. 2 Macroscopic findings of the brain.

A) Coronal sections of the cerebrum demonstrated softening of the gray and white matter in the hippocampus, amygdala, and temporal, insular, and cingulate cortices. The gray/white-matter junction in these regions was obscure. B) There were no macroscopic abnormality in the brainstem sections.

Fig. 3 Microscopic findings.

A) In the CA1 area of the hippocampus, tissue became necrosis and there were some petechial haemorrhage. B) The axial section of the upper pons. There were lymphocytic perivascular cuffing, petechial haemorrhage and a microglial nodule (arrow). H&E stain bar = 200 μm.

Fig. 4 Distribution of abnormal findings (Schema) and pictures (A–D).

Purple lines = small vessels with perivascular inflammatory cell infiltration; blue dots = microglial nodules; orange dots = herpes simplex virus (HSV)-1 positive neurons. A) The reticular formation near the inferior olivary nucleus (left corner of the picture). Many perivascular lymphocytic cuffs were shown in the medulla. H&E stain bar = 100 μm. B) A few eosinophilic intra-nuclear inclusions so called ‘Cowdry A type’ were found in the ambiguous nucleus. H&E stain bar = 20 μm. The reticular formation of the upper medulla (C and D). C) A lot of microglia were activated and some of them surrounded neurons. Iba-1 immunostaining bar = 50 μm. D) There were some HSV-1 positive neurons. bar = 50 μm.

考察

本症例は急性呼吸障害で死亡した高齢男性のHSEの症例であり,病理学的に呼吸障害の原因と思われる脳幹部病変を確認し得た症例である.

HSEでは側頭葉内側の病変が典型的とされるが,10~30%で側頭葉以外にも病変を認める23.HSEによる脳幹脳炎24例の報告では,脳幹に限局した症例は29%,脳幹以外にも病変を認めた症例は71%であった.死亡率は41%であったが,ACV治療例では22%であった4.榊原らの報告では側頭葉型40%,側頭脳幹型20%,脳幹型23%とされており,脳幹型は死亡や再発を認めず予後良好とされる5.本症例では病理学的に脳幹病変を確認できたが,HSEの脳幹病変の病理学的症例報告は少なく,我々が知り得た限りでは数例のみである67.また,脳幹に限局したHSEの剖検例は過去に3例が報告されている8)~10

脳幹脳炎においては急性期に高度呼吸障害を呈するが,回復期に呼吸不全を来すこともあり,これらの呼吸不全は橋や延髄,上位頸髄などの障害による1112.脳幹型HSEにおける呼吸障害に関しては,失調性呼吸を呈し剖検で脳幹病変が主座であることを示した症例が報告されている13.脳幹型は予後が良いという報告がある一方で,高度の呼吸障害により人工呼吸管理を要する症例もあることから注意が必要である14

本症例の呼吸障害の原因として脳幹病変の他に誤嚥性肺炎の合併も寄与したと考えられる.死亡前日のCTで高度な肺炎像はなく,失調性呼吸を呈したことなどから誤嚥性肺炎のみでは急速に進行する呼吸障害を説明することは困難であった.ICUへ入室するHSEのうち29%が誤嚥性肺炎を合併しているという報告があるものの,合併そのものは予後に直接関与しない15.インフルエンザウイルス感染症では,ウイルスによる脳幹の炎症が嚥下障害を引き起こし,結果的に誤嚥性肺炎が生じると報告されており16,本症例においても同様の機序が推定される.

本症例の脳内病変は程度の差より,帯状回や海馬などから橋,延髄へ進展したものと考えられた.脳幹への炎症が波及した結果として意識障害,嚥下障害,中枢性呼吸障害が生じ,失調性呼吸および誤嚥性肺炎のために呼吸不全が急速に進行したと考えられる.

また,本症例は89歳と高齢であった.近年80歳以上のHSEが増加しており,94歳の症例も報告されている17.本症例の89歳は本邦報告例の中では最高齢である.高齢であることはそれ自体に加え,不十分な検査や脳脊髄液細胞上昇を認めないことなどが予後不良因子としてあげられ,総じて治療の遅れにつながる18.HSEの予後不良例で,初回の脳脊髄液細胞数が正常であった81歳女性例や初診時の症状が倦怠感と食思不振のみであった78歳男性例も報告されており,いずれも診断の遅れが指摘されている1920.高齢者は若年者と比較してHSEに罹患しやすく,死亡率が高いうえ非典型的な症状が多く,注意が肝要である2122

HSEにおける脳脊髄液の細胞数については,本邦108例での検討では10%の例で細胞数が10/mm3未満であったと報告されている23.本症例の脳脊髄液検査においても細胞数2/mm3と上昇を認めなかった.初回の細胞数が正常範囲内の症例でも多くは経過に従って上昇するが,経過を通じて細胞数が上昇しない症例もある24.免疫正常者では稀である25にせよ,細胞数増加を伴わないHSEが存在することを念頭に置く必要がある.

HSEは致死率が高く早期の診断と治療が重要となる疾患である.本症例のように脳幹病変を来した場合は呼吸障害の急速な進行を認めることもある.本症例の意識障害は入院当初,低Na血症などによるものと考えられ,脳脊髄液検査で細胞数正常であったことからHSEの可能性を十分に考慮できなかった.高齢者の発熱を伴う意識障害では電解質異常などを伴っている場合でも,常にHSEの可能性を考え,診療にあたることが重要である.

Acknowledgments

謝辞:入院中の主担当医として本症例の診療に尽力いただきました現大阪大学医学部附属病院脳神経内科三輪隆志先生および村田尚先生に深謝いたします.

Notes

本報告の要旨は,第112回日本神経学会近畿地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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