臨床神経学
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症例報告
腎細胞癌に対するイピリムマブとニボルマブ併用療法後に髄膜脳炎と多発神経根炎を発症した76歳男性例
大野 成美杉本 太路儀賀 麻由実内藤 裕之河野 智之野村 栄一
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2021 年 61 巻 10 号 p. 658-662

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要旨

2020年6月中旬から右腎細胞癌に対しイピリムマブとニボルマブの併用療法を2コース施行された.7月中旬頃から易怒性,倦怠感を認め,体温39°C,the Japan coma scale(JCS)III-300と状態が悪化した.頭部MRI造影FLAIR像で髄膜造影効果を呈し,髄液蛋白・細胞数の上昇を認めた.メチルプレドニゾロン大量療法4クールでJCS I-2に改善し髄膜造影効果は消失し,髄液adenosine deaminase高値も改善した.また末梢神経障害を認め,免疫関連副作用としての髄膜脳炎と多発神経根炎を合併したまれな症例と考えられた.

Abstract

A 76-year-old man with renal cell carcinoma exhibited consciousness disturbance and high fever after two cycles of combination therapy with ipilimumab and nivolumab. His cerebrospinal fluid (CSF) showed a protein concentration of 385 mg/dl, a cell count of 147/mm3, an interleukin-6 concentration of 1,280 pg/ml, and an adenosine deaminase concentration of 24.8 U/l. Contrast-enhanced FLAIR images were notable for diffuse meningeal enhancement. He was diagnosed with meningoencephalitis caused by an immune-related adverse event from immune checkpoint inhibitors (ICIs). His symptoms improved after repeated intravenous methylprednisolone pulse therapy and oral prednisolone. The meningeal enhancement disappeared, and the CSF findings became almost normal. As consciousness levels improved, we observed quadriplegia and peripheral neuropathy with antiganglioside antibodies, which led to a diagnosis of polyradiculoneuropathy. This is a rare case of a patient with overlapping meningoencephalitis and polyradiculo­neuropathy induced by ICIs.

はじめに

免疫チェックポイント阻害薬はT細胞を介して腫瘍免疫を活性化し,神経系に対して免疫関連副作用(immune-related Adverse Events,以下irAEと略記)をきたすことがある.本症例はイピリムマブとニボルマブ併用後に髄膜脳炎を生じ,ステロイド加療後,臨床症状の改善とともに髄液adenosine deaminase(ADA)の改善を認めた.また抗ガングリオシド抗体陽性の末梢神経障害を合併していた.免疫チェックポイント阻害薬による髄膜脳炎と多発神経根炎の併発はまれであるため報告する.

症例

症例:76歳,男性

主訴:発熱,意識障害

既往歴:高血圧症,陳旧性ラクナ梗塞,外傷に伴う右陰囊摘出.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2020年4月に検診で胸膜肥厚を指摘され,その後胸水貯留を認めた.前医で右腎細胞癌Stage IV(胸膜転移)と診断され,6月中旬からイピリムマブ(1 mg/kg)およびニボルマブ(240 mg/body)の併用療法を2コース施行された(day 1およびday 25).Day 26頃から次第に易怒性,倦怠感を認めるようになり,day 42に自宅で動けなくなりA病院へ入院した.入院時会話はかみ合わず尿失禁を認めていた.Day 44には39°Cの発熱,the Japan coma scale(JCS)III-100と意識障害を認めB病院へ転院した.髄液異常を認めたためday 46に当院へ転院搬送された.

一般身体所見:身長160 cm,体重50 kg.血圧172/105 mmHg,脈拍数107 bpm,SpO2 94%(O2l/分),呼吸数21回/分,体温37.8°C.呼吸音は左で聴取しなかった.

神経学的所見:JCS III-300.瞳孔2.0/2.0 mm,対光反射迅速.脳神経は視診上,異常を認めなかった.四肢の運動は評価不能,筋トーヌスに異常はなかった.腱反射は正常~やや減弱しており,病的反射は認めなかった.感覚は評価不能であった.項部硬直を認めた.

検査所見:WBC 12,000/μl,CRP 13.5 mg/dlと炎症反応は上昇していた.F-T3 1.59 pg/dl,TSH 0.014 μIU/mlと甲状腺機能低下を認め,肝・腎機能は正常だった.抗核抗体,抗SS-A/B抗体,抗double stranded(ds)-DNA抗体,傍腫瘍性症候群関連抗体(amphiphysin,CV2,PNMA2(Ma2/Ta),Ri,Yo,Hu,recoverin,SOX1,titin,zic4,GAD65,Tr(DNER))は陰性だった.Herpes simplex virus(HSV),varicella-zoster virus(VZV),cytomegalovirus(CMV),mumps virus(MuV)のIgG,IgMは既感染パターンを呈した.Epstein–Barr virus(EBV)は抗virus capsid antigen(VCA)IgM 0.0(−),抗VCA IgG 8.7(+),抗EBV nuclear antigen(EBNA)IgG 2.3(+)で既感染パターンであった.ウイルス増殖を反映する抗early antigen(EA)IgGは0.5(±)(基準0.5未満)であり,再活性化を積極的には示唆しなかった.クリプトコッカス抗原,アスペルギルス抗原,カンジダマンナン抗原,T-spotは陰性であった.髄液検査では初圧240 mmH2O,蛋白385 mg/dl,細胞数147/mm3(単核球82%,多形核球18%)と上昇を認め,糖60 mg/dl(同時血糖156 mg/dl)と低下していた.また髄液interleukin-6(IL-6)1,280 pg/ml,髄液ADA 24.8 U/lと高値であった.オリゴクローナルバンド陰性,髄液細胞診陰性,髄液結核PCR陰性,髄液・血液培養陰性であった.全身CTでは左胸腔内に胸膜播種を疑う多数の腫瘤と胸水貯留,右腎に腫瘤を認めた.頭部MRIでは拡散強調像で右基底核,左放線冠に微小な脳梗塞を認めた.造影FLAIR像では両側大脳に広範な髄膜造影効果を認めた(Fig. 1A, B).

Fig. 1 Brain MRI.

Contrast-enhanced FLAIR image on day 1 showed diffuse meningeal enhancement (A, B). After steroid pulse therapy (intravenous high-dose methylprednisolone 1,000 mg/day), these meningeal enhancement disappeared on day 71 (C, D).

臨床経過:入院翌日のday 47からステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mg/日3日間)を施行した.Day 48にJCS III-300からJCS II-30となり,day 49には声かけに返事もみられたが,日差変動を認めた.ステロイド反応性から免疫チェックポイント阻害薬による髄膜脳炎と診断した.Day 54からステロイドパルス療法2クール目を施行し,day 60からはJCS I-3,従命可能となった.意識障害の日差変動が持続していたためday 61からステロイドパルス療法3クール目,day 68から4クール目を施行した.Day 69にはJCS I-2,会話可能となり,日差変動はなくなった.Day 71に後療法としてプレドニゾロン30 mg/日で内服開始した.Day 82にプレドニゾロン25 mg/日に減量して同日前医へ転院した.

髄液所見について,day 50には蛋白218 mg/dl,細胞数18/mm3(単核球83%,多形核球17%),IL-6 23.9 pg/mlと改善していた.Day 72には蛋白28 mg/dl,細胞数11/mm3(単核球100%),ADA 4.2 U/lであった.Day 71における造影FLAIR像で髄膜造影効果は消失した(Fig. 1C, D).

また入院時より四肢に自動運動はなかったが,day 51の時点で左優位の上肢の筋緊張低下を認めた.意識状態の改善により,day 61に右手は離握手可能だが挙上不能で,左上肢・両下肢が全く動かないことから四肢弛緩性麻痺が明らかとなった.末梢神経障害を考慮しday 69よりメコバラミン1,500 μg/日を開始した.Day 77には右上肢挙上可能,左手指のわずかな屈曲を認めるようになり,day 80には左上肢も90度まで挙上可能となったが,両下肢は完全麻痺を呈し感覚鈍麻を認めた.

神経伝導検査について,day 68は両側正中神経・両側尺骨神経・右脛骨神経・右腓腹神経で複合筋活動電位・感覚神経活動電位の低下を認め,F波は導出されなかった(Table 1).Day 80に再検したが,疼痛の訴えが強く右正中神経のMotor,F波のみ施行した.若干の複合筋活動電位の改善(day 68: 700 μV, day 80: 1.5 mV)を認めたが,F波は導出されなかった.ステロイド治療により臨床症状の改善を認めたことから,免疫チェックポイント阻害薬による多発神経根炎と診断した.後にIgG抗GM1抗体(+),IgG抗GD1a抗体(+),IgG抗GD1b抗体(+)の結果が判明した.経過表をFig. 2に示す.

Table 1  Nerve conduction study on day 68.
Moter
Nerve site Latency
(ms)
Amplitude
(mV)
NCV
(m/s)
Lt. Median 3.8 0.700 (d)
0.650 (p) 45
Rt. Median 3.8 1.1 (d)
1.0 (p) 62
Lt. Ulnar 3.7 0.920 (d)
not evoked (p)
Rt. Ulnar 3.0 0.830 (d)
not evoked (p)
Rt. Tibial not evoked
Sensory
Nerve site Latency
(ms)
Amplitude
(μV)
NCV
(m/s)
Lt. Median 3.0 4.5 47
Rt. Median 2.9 1.1 45
Lt. Ulnar 2.8 4.7 37
Rt. Ulnar 2.9 1.3 39
Rt. Sural 3.8 2.1 40

CMAP amplitudes were markedly decreased. SNAP amplitudes were also decreased. F-waves were not evoked. CMAP; compound muscle action potential, SNAP; sensory nerve action potential, Rt; right, Lt; left, (d); distal, (p); proximal, NCV; nerve conduction velocity.

Fig. 2 Clinical course.

The patient received the 4 cycles of steroid pulse therapy (intravenous high-dose methylprednisolone 1,000 mg/day, 3 days). The consciousness disturbance improved to JCS I-2 from JCS III-300. The CSF study showed improvement of protein level, cell count, and concentrations of IL-6 and ADA. JCS; the Japan coma scale, CSF; cerebrospinal fluid, IL-6; interleukin-6, ADA; adenosine deaminase, MEPM; meropenem, VCM; vancomycin, ACV; acyclovir, PSL; prednisolone.

考察

日本人では特にイピリムマブがニボルマブに比べて髄膜炎(脳炎を含まない)発症の頻度が高く,免疫チェックポイント阻害薬投与後,中央値約1か月で髄膜脳炎を発症すると報告されている1.また免疫抑制療法により中央値約1か月で62%の症例が回復したとの報告もある2.発症時期やステロイド反応性から,本症例は免疫チェックポイント阻害薬による髄膜脳炎であったと考えられた.髄液ADAは20 U/lを超えていたが,免疫チェックポイント阻害薬による髄膜脳炎でも上昇することが報告されており,結核性髄膜炎との鑑別を要した3)~5

脳炎に関して症状が重度・進行性の場合やオリゴクローナルバンド陽性の場合はステロイドパルス療法(1 g/日,3~5日間)を推奨されているが,何クール検討すべきかは明記されていない6.本邦の過去の症例報告では2クール施行されている45.本症例では4クール施行し,症状改善に至った.ステロイド効果の不十分な際は,感染徴候や血糖値に注意しながらステロイドパルス療法を繰り返すことで改善を認める場合があると考えられた.

免疫チェックポイント阻害薬による脳炎の剖検報告では,炎症部位においてCD4陽性メモリーT細胞の活性化・クローン増殖が観察されている7.それらのT細胞のうち19.6%はEBV抗原に対するT細胞受容体を発現しており,血液・髄液のEBV-PCRが陽性であったことから,EBVと免疫チェックポイント阻害薬による脳炎の関与が示唆されている.本症例では血中の抗体価からはEBV活性化を示唆する所見はなく,脳炎との関連については不明である.また抗Ma2抗体は傍腫瘍性辺縁系脳炎で知られているが,免疫チェックポイント阻害薬による辺縁系脳炎の多くで血清・髄液の抗Ma2抗体が陽性となり,それらの症例は予後不良であったと報告されている8.抗Ma2抗体陽性脳炎の存在が,免疫チェックポイント阻害薬による脳炎を悪化させる可能性が示唆されている.本症例では辺縁系脳炎ではないが抗Ma2抗体は陰性であり,反復するステロイド治療に反応を示した.

また意識障害のため明確な発症時期は不明であるが,本症例では下肢優位の四肢弛緩性麻痺を認めていた.ステロイドパルス療法4クール終了後に上肢の運動の改善を認めており,反復するステロイドパルス療法により改善したことから,免疫チェックポイント阻害薬による多発神経根炎と考えられた.Okadaらは免疫チェックポイント阻害薬による多発神経根炎において,以下の三つの特徴を挙げている:(1)様々な発症・進行様式で下肢優位に重度運動麻痺を呈する(2)神経伝導検査では脱髄所見を認めることが多く髄液蛋白および細胞数が上昇する(3)ステロイド反応性である9.ギラン・バレー症候群(Guillain–Barré syndrome,以下GBSと略記)にも慢性炎症性脱髄性多発神経根炎(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy,以下CIDPと略記)にも該当しない独自の特徴を有することから,Okadaらは免疫チェックポイント阻害薬による多発神経根炎はGBSあるいはCIDPとは異なる疾患概念として扱うことを提案している.また本症例は抗ガングリオシド抗体が陽性であったが,免疫チェックポイント阻害薬による多発神経根炎での陽性率は必ずしも高くないと報告されている9

イピリムマブとニボルマブの併用療法では,単剤に比べて重症のirAEの頻度が上昇することが報告されている10.本症例も併用療法により髄膜脳炎と多発神経根炎を併発し,いずれも重症であった.免疫チェックポイント阻害薬による神経障害(脳炎,末梢神経障害,筋炎など)を呈した28症例の検討では,19例が腸炎や肺炎などの他臓器のirAEを合併していた.irAEでは複数の疾患が同時に起こることがある.中枢神経と末梢神経の両方に障害を認めたのは3例であった11

免疫チェックポイント阻害薬が使用される機会は増えており,irAEの報告は近年増加傾向にある12.担癌患者が髄膜脳炎を発症した際には,癌性・結核性を含む複数の原因について考慮する必要がある.また髄膜脳炎による意識障害により早期診断が困難となるが,多発神経根炎を合併することがあることに注意が必要である.

Acknowledgments

謝辞:本症例において抗ガングリオシド抗体を測定いただきました,近畿大学医学部脳神経内科楠進先生に深謝いたします.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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