臨床神経学
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症例報告
出産直前に発症した可逆性脳血管攣縮症候群の1例
山川 詩織岸本 かおり和田 邦泰橋本 洋一郎植田 光晴
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2021 年 61 巻 10 号 p. 681-686

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要旨

症例は片頭痛の既往歴がある35歳女性.正常妊娠であったが,妊娠37週に雷鳴頭痛を来し,頭部MRAで右中大脳動脈および両側後大脳動脈末梢の狭窄を認め,治療を行った.頭痛発症から4日目に破水を認め,帝王切開で出産した.出産後には頭痛は速やかに改善し,母児ともに良好な経過であった.発症1ヵ月後に頭部MRAで脳血管狭窄の改善を認めたため,可逆性脳血管攣縮症候群(reversible cerebral vasoconstriction syndromes,以下RCVSと略記)と確定診断した.周産期関連RCVSは主に産褥期に発症するが,今回我々は出産直前に発症した稀な1例を経験した.出産前RCVSの際には,頭痛への積極的な治療と並行し,早期に硬膜外麻酔で帝王切開に踏み切るのが,母児双方の良好な転帰につながると思われる.

Abstract

A 35-year-old pregnant woman with mild migraine experienced thunderclap headache at 37 weeks of gestation. Her cerebral MRA showed arterial segmental narrowing of right middle cerebral artery and bilateral posterior cerebral artery. When admitted, she had no sign of eclampsia/preeclampsia. After 4 days, she had premature rupture of the membrane and gave birth by caesarean section. Caesarean section immediately resolved the headache. The postpartum course of the patient and her baby was uneventfull. One month after her onset, her cerebral MRA showed improvement in arterial segmental narrowing of cerebral artery. We diagnosed reversible cerebral vasoconstriction syndrome (RCVS) assoiated with pregnancy. Pregnancy-related RCVS develops primarily during the puerperal period, but our case was a rare case that developed just before delivery and was successful with aggressive intervention. When antepartum RCVS develops, early cesarean section with epidural anesthesia in parallel with active treatment for headache may lead to good outcomes for both mother and child.

はじめに

可逆性脳血管攣縮症候群(reversible cerebral vasoconstric­tion syndromes,以下RCVSと略記)は雷鳴頭痛および発症12週以内に改善する可逆性かつ多巣性の脳血管攣縮を特徴とする疾患である.入浴やシャワー,性行為,労作,Valsalva手技あるいは感情などがしばしば引き金となり,典型的には1~2週にわたって雷鳴頭痛を繰り返す.RCVSの症状は頭痛が唯一の症状であることがしばしばであるが,けいれん発作や脳梗塞,脳出血,くも膜下出血を続発することがある1

半数は二次性であり,主に産褥期(出産後1~6週間),α交感神経刺激薬やセロトニン作動薬などの薬剤,カテコラミン産生腫瘍などが誘発因子として知られている1)~4

今回,我々は出産直前に発症した稀なRCVSの1例を経験し,積極的な治療介入で良好な経過が得られたため,文献的考察を加え報告する.

症例

患者:35歳,女性,妊娠37週(初産)

主訴:突然の頭部全体の強烈な頭痛

既往歴:前兆のない片頭痛,潰瘍性大腸炎.

内服薬:なし.

家族歴:なし.

現病歴:中学生の時から頭痛が起こるようになった.頭痛の頻度は月2~3回で,頭部が締め付けられるような痛みであり,光および体動で増悪した.持続時間は半日ほどで,安静のみで改善した.2012年に当院脳神経内科外来で前兆のない片頭痛と診断された.頭痛発作時に市販の鎮痛薬を頓服する程度であった.

2019年に自然妊娠し,今回が初回妊娠であった.妊娠合併症なく経過し,近医産婦人科で経過観察されていた.妊娠後から片頭痛発作は消失していた.

2020年6月某日午前0時頃に突然頭全体に強烈な(「ガーンと血が昇るような」)頭痛が出現し,複数回嘔吐し,体動困難となったため,近医産婦人科を受診後に当院救急外来に紹介となった.救急外来で産婦人科医とともに脳神経内科医の診察時には頭痛はアセトアミノフェン1,000 mg投与で改善傾向にあったが,体動困難な状態が持続していたため,経過観察目的に入院とした.

入院時一般身体所見:体温37.0°C,心拍数72回/分,血圧123/73 mmHg,SpO2 97%(室内気),頸部や胸腹部に異常所見は認めなかった.

神経学的所見:意識は清明で,失語・失行・失認は認めなかった.脳神経では両側視力は正常,瞳孔は左右3 mm同大,対光反射は迅速,視野障害・眼球運動制限はなかった.四肢筋力や表在・深部感覚,協調運動,深部腱反射は正常であり,病的反射も認めなかった.

検査所見:入院時の血液検査は特記事項なし.頭部単純CTでは頭蓋内出血は認めなかった.

入院後経過:入院後は初回ほどではないものの頭痛再燃を認め,アセトアミノフェン頓服で経過観察を行った.入院経過中も高血圧は認めなかった.入院3日目にも軽度の頭痛が持続し,体動で増悪する状態であったため,RCVSの可能性も念頭に置き,頭部MRI(Fig. 1)を施行したところ頭蓋内に有意所見はなく,頭部MRA(Fig. 2)で右中大脳動脈および両側後大脳動脈の狭窄を認めた.入院時に生涯経験したことがない雷鳴様の頭痛の訴えがあり,普段と性状が異なる頭痛が寛解・増悪を繰り返している経過,頭部単純MRAで年齢から加齢性変化とは考えにくい頭蓋内血管の狭窄所見を認め,RCVSを積極的に疑った.入院3日目になっても意識障害や視野障害などの訴えはなく,頭部単純MRIで白質病変を認めないことから,可逆性後頭葉白質脳症(posterior reversible encephalopathy syndrome,以下PRESと略記)は否定的と考えた.いきみ動作によるRCVS増悪,痙攣発作発症のリスクを懸念し,当院産婦人科と協議し,妊娠38週で予定帝王切開術で出産する方針とした.本人・家族の同意が得られ,入院4日目に破水したため,緊急帝王切開術で出産し,合併症なく経過した.

Fig. 1 Brain MRI on Day 3.

No abnormalities were found in the brain parenchyma.

Fig. 2 MRA on Day 3.

MRA showed arterial segmental narrowing of right middle cerebral artery and bilateral posterior cerebral artery.

脳血管攣縮増悪を予防するため,出産直後からベラパミル240 mg/日内服を開始した.出産後は頭痛の速やかな改善を認め,入院10日目(出産後7日目)の頭部MRIでも脳実質に異常は認めず,MRA(Fig. 3)で脳血管狭窄の改善傾向を認めたため,入院11日目に自宅退院とした.

Fig. 3 MRA on Day 10.

Cerebral arterial segmental narrowing remained mild on Day 10.

退院後も頭痛再燃はなく経過し,退院1ヵ月後に頭部MRA(Fig. 4)再検したところ,脳血管狭窄の完全な改善を認め,ベラパミルは内服終了とした.その後も頭痛再燃なく経過している.

Fig. 4 MRA on Day 42.

After discharge, MRA showed improvement in arterial segmental narrowing.

考察

本例は前兆のない片頭痛が中学生の頃に発症し,妊娠合併症なく経過していたが出産直前にRCVSを発症した稀な症例である.また,本症例はRCVS発症後も妊娠高血圧症候群や子癇合併を認めずに経過したことも特筆すべき点である.ちなみに,子癇は「妊娠20週以降に初めて痙攣発作を発症し,てんかんや二次性痙攣が否定されるもの」と定義され,子癇発症のリスクとしては妊娠高血圧症候群があり,妊娠高血圧腎症,妊娠高血圧,加重型妊娠高血圧腎症,高血圧合併妊娠に細分化される.以前はpreeclampsiaは子癇前症と訳されていたが,現在は妊娠高血圧腎症と呼称され,「妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し,かつ蛋白尿を伴うもので,分娩20週までに正常に服する場合」と定義され,妊娠高血圧は蛋白尿を認めないものと定義されている5

本症例では入院時の血圧は正常範囲内かつ頭部単純CTも正常であったが,雷鳴頭痛で発症し,普段と異なる性状の重度の頭痛が寛解・増悪を繰り返している経過から,積極歴にRCVSを疑い,入院3日目に頭部単純MRIを撮影し,年齢から加齢性変化とは考えにくい頭蓋内血管の狭窄を認め,発症から3週間以内に頭蓋内血管狭窄の改善を認めたため,RCVSと確定診断した.RCVS発症時に血圧上昇を認めた症例は全体の約1/3程度であると報告されており23,血圧正常のRCVSは稀ではない.また,SinghalらはRCVS 139例を検討し,初回の頭部CTもしくはMRIで頭蓋内血管の狭窄を認めなかった症例は55%に上り,頭部画像再検が必要な症例が多かった6と報告しており,入院3日目での頭部MRI撮影は後方視的にも適切であったと考える.また,RCVSの鑑別疾患としてはPRESがあるが,共に妊娠高血圧症候群の患者に合併することが多く,可逆性の脳浮腫病変や頭蓋内血管攣縮を呈し,共在することも多い.RCVSでPRES様の可逆性脳浮腫病変を認めることもあるが,発症から1週間以内にみられ,頻度としては17~38%程度である7とも報告されており,この点からも入院3日目の頭部単純MRIは診断には有利に働いたと思われる.

RCVSの半数は二次性であり,主に産褥期(出産後1~6週間),α交感神経刺激薬やセロトニン作動薬などの薬剤,カテコラミン産生腫瘍などが誘発因子として知られている1)~4.出産後に発症したRCVSの約2/3は正常妊娠で経過し,出産後1週間以内に発症することが報告されている.また約1/3は,硬膜外麻酔のために使用された血管収縮薬,出産後の出血,授乳の禁止,抑うつ症状が誘因となっている可能性があることも報告されている4.本例は,上記の誘因に暴露されておらず,妊娠(出産直前)のみが誘因であった.

本邦では周産期の母体の死因は脳卒中が2番目に多く89,周産期脳梗塞の約1/4がRCVSが原因であったとする報告もある10.周産期脳梗塞の危険因子は妊娠高血圧症候群,片頭痛,感染症が指摘されており11,妊娠関連RCVSの33%に妊娠高血圧腎症を認めたとする報告もあり12,子癇を含めた妊娠高血圧症候群とRCVSは深い関係性があることが指摘されている.

RCVSの病態生理は十分に解明されていない点もあるが,交感神経の過活動,血管内皮障害,酸化ストレスなどが誘因となって,脳血管緊張の一時的な調節障害が引き起こされた結果発症すると推測されている13.一方,子癇の病態生理は脳血管周囲の交感神経による脳血流自動調節能が破綻した結果,可逆性の血管原性脳浮腫が生じることにより発症するとされている5.子癇の前駆症状として頭痛が訴えられることもあり,周産期RCVSは子癇および妊娠高血圧症候群と共通の病態が存在する可能性が考えられる.

文献検索を行ったところ,出産前発症のRCVS症例は過去に6例報告されていた14)~19(Table 1).

Table 1  Reports of antepartum reversible cerebral vasoconstriction syndrome.
Authors Age Gestational Age Past history Symptoms Antepartum treatment Course in hospital Postpartum treatment Postpartum course
Tanaka K14) 34y 37w none TH
nausea, vomiting
N.A. pre-eclampsia complicated. nicardipine
MS
symptoms rapidiy resolved.
Descamps R15) 26y 36w gestational diabetes TH nimodipine emergency vaginal delivery was performed. nimodipine
Anti-platelet therapy
the day after delivery, CI occurred.
after nine days, symptom resolved.
Kasuya C16) 32y 39w hypertention
diabates
CI
dizziness
diplopia
gaze disturbance
nicardipine pre-eclampsia complicated. heparin
aspirin
symptoms rapidiy resolved.
three days after delivery, MRI showed CI.
Ueno S17) 39y 38w none TH
convulsion
disorientation
hemiparesis
MS emergency cesarean delivery was performed. nifedipine
valsartan
symptoms rapidiy resolved.
Peace JM18) 29y 26w migraine TH
right vission - loss
aphasia
right-hand numbness
aspirin
verapamil
nimodipine
MS
symptoms rapidiy resolved. at 37 week, headahe occurred. N.A. the day after delivery, transient right visual change occurred, but MRI showed no change.
Kaneko C19) 30y 34w migraine TH
motor aphasia
hemiparesis
homonymous - hemianopia
heparin
MS
six days after onset, symptoms resolved. aspirin
MS
MRI showed CI.
mild sequelae remained.
Our case 35y 37w migraine TH APAP mild headache remained. verapamil symptoms rapidiy resolved.

TH: thunderclap headache, N.A.: not applicable annotation, MS: magnesium salfate, APSP: acetaminophen, CI: cerebral infarction.

自験例も含めた平均発症年齢は32.1 ± 3.3歳,平均妊娠週数35.3 ± 3.02週であった.RCVS患者の約17~27%に片頭痛の既往歴があると報告されており34,片頭痛の既往があったのは7例中3例(43%)であった.妊娠以前から高血圧を合併していた者は1例,RCVS発症時に初めて高血圧を指摘され,そのまま妊娠高血圧腎症を合併したものは2例であった.3例が出産前後に脳梗塞を発症した.脳梗塞発症例も含め,全症例で出産後速やかに頭痛を含めた神経学的症状は改善している.神経学的後遺症は1例のみ残存した.妊娠中およびRCVS発症時に高血圧を呈さない症例が多く,正常妊娠でも妊娠後期の雷鳴頭痛は注意すべき症状と考えられた.また,RCVS発症後に妊娠高血圧腎症を発症した症例が報告されている点,全例が出産翌日から速やかに症状改善している点からは,出産直前に発症したRCVSは子癇の前駆症状として出現している可能性も考えられた.

RCVSに対する治療としてはまだ標準的な治療は確立されていないが,誘発因子(性行為,労作,Valsalva手技,感情,入浴やシャワー,身体を屈めること)を避けて安静にする,頭痛に対して鎮痛薬,不安に対して抗不安薬投与,血管拡張薬などを使用した血圧管理,血管攣縮自体に対してはニモジピン(日本未承認薬),ベラパミル,マグネシウムなどの薬剤投与が行われている4

自験例も含めた5例では,硬膜外麻酔による帝王切開で出産しており,児の経過も良好であった.Descampsら15の症例のみ,RCVSに対する治療として出産前にニモジピン内服で介入し,全身麻酔下の帝王切開で出産しているが,出産後に脳梗塞を発症している.ニモジピン自体による虚血性や出血性脳卒中の予防効果は未だ示されておらず,この症例では術中に低用量のノルエピネフリンが投与されており,カテコラミン投与がRCVS増悪の誘因になった可能性が考えられる.Peaceら18の症例でのみ経腟分娩での出産を行っている.出産前にはアスピリン,ベラパミル内服で治療し,出産直前に硫酸マグネシウム持続静注を開始し,術中はニカルジピンで血圧コントールを行いながら,硬膜外麻酔下で経腟分娩を行い,児の経過は良好であったと記載している.

Valsalva手技が誘発因子になる可能性がある以上,経腟分娩はRCVS増悪のリスクになると考えられ,出産中のけいれん発作合併のリスクも伴うため,適応は慎重に検討すべきと考えられる.また,術中の血管収縮薬の使用もRCVS増悪のリスクとなりえるため,全身麻酔も可能な範囲で避けるべきであり,出血リスクも勘案して麻酔・出産方法は検討すべきである.以上から,出産直前にRCVSを発症した際には,発症後早期に硬膜外麻酔による帝王切開に踏み切るのがRCVS増悪のリスクが低い治療方針と考えられた.

また,本例では脳神経内科医が入院時より積極的に介入しており,出産前からのアセトアミノフェンやベラパミル投与,分娩方針に対する積極的な提案,患者との頻回な面談・病状説明等のケアを行っており,良好な転帰につながった可能性が考えられる.

結語

出産前RCVSでは妊娠高血圧症候群を呈さない症例を多く認めた.妊娠時に合併症を認めない症例でも妊娠後期の雷鳴頭痛は注意すべき症状と考えられ,積極的にRCVSを疑い,積極的な治療介入が必要と考えられた.出産前にRCVSを発症した際には,頭痛に対する積極的な治療を行い,可能な範囲で早期に硬膜外麻酔で帝王切開に踏み切るのが,母児双方の良好な転帰につながると思われる.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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