臨床神経学
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症例報告
頸部回旋が病態に関与した近位型平山病の1症例
都築 雨佳安藤 哲朗杉浦 真川上 治
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2021 年 61 巻 2 号 p. 120-126

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要旨

症例は発症時16歳男性.高校生となり弓道を始めてから両側の三角筋,上腕二頭筋,腕橈骨筋などのC5, 6髄節筋に筋力低下が亜急性に発症した.神経所見では,両側前腕外側の軽微な感覚障害と下肢の索路症候も伴っていた.前屈位の頸椎MRIとCT myelographyにて脊髄が後方硬膜により圧迫する所見を認めたことから,平山病と臨床像は異なるものの同病態の‘近位型平山病’と考えられた.弓を射る姿勢である頸部回旋位のCT myelographyでも脊髄圧迫を認めたことから,頸部回旋も脊髄症発現に関与していると考えられた.頸部前屈および回旋の制限のみで上肢の筋力低下と下肢の痙性が改善した.平山病において,頸部前屈に加えて頸部回旋も病態に関与する可能性がある.

Abstract

Hirayama disease is characterized by juvenile onset of unilateral muscular atrophy of a distal upper extremity. The pathogenic mechanism of Hirayama disease is cervical cord compression by the posterior dura with forward displacement in the neck flexion position. A few cases of ‘proximal-type Hirayama disease’ have been described as showing muscular weakness and atrophy of the proximal upper extremities caused by the pathogenic mechanism similar to that of Hirayama disease. We report herein the case of a 16-year-old boy with proximal-type Hirayama disease, who developed symptoms after he began kyudo (Japanese traditional archery). Neurological examination revealed bilateral weakness of the muscles innervated by C5 and C6 segments (the deltoid, biceps brachii, brachioradialis), bilateral mild sensory disturbance in the radial side of the forearm, absent tendon reflexes of the biceps brachii and brachioradialis with preserved triceps reflex, pyramidal signs of the bilateral lower extremities (pathologically brisk reflexes of lower extremities, Babinski’s signs). MR images in the neck flexion position showing expansion of the posterior extradural space and forward displacement of the spinal cord at the C3/4, C4/5, C5/6 and C6/7 disk levels. CT myelogram revealed spinal cord compression not only in neck flexion but also in neck left axial rotation. His symptoms improved after the restriction of neck flexion and axial rotation. Weakness of the upper extremities improved after 2 months. Pyramidal signs of the lower extremities disappeared after 18 months. The pathogenic mechanism in this case may be associated with not only neck flexion but also neck axial rotation.

はじめに

平山病(若年性一側上肢筋萎縮症)は,若年男性に潜行性発症する上肢遠位部の一側性筋萎縮を呈するのが特徴的で1)~5,頸椎前屈時に硬膜後方成分が前方に偏倚して頸髄が椎体との間で圧迫されて,脊髄前角の循環障害が起きると考えられている6)~9.平山病の筋萎縮は上肢遠位部のC7,C8,T1髄節筋に認められることが多いが,平山病と同病態でありながら上肢近位筋の髄節性障害を呈する症例の報告10)~12が稀にあり,‘近位型平山病’ と呼称されている3

本症例は両側性の近位筋(C5, C6髄節)の筋力低下を呈し,上肢の軽微な感覚障害と下肢の錐体路症候を呈した若年男性である.本症例は平山病と異なる臨床像であるが,頸椎前屈位のMRI,CT myelographyの所見から平山病と同病態と考えられた.本症例の脊髄症発現に,頸部前屈に加えて頸部回旋の関与があると考えられたので報告する.

症例

症例:16歳,男性

主訴:両上肢の挙上困難

既往歴:小児喘息.

家族歴:特記すべきものはない.

現病歴:X年4月高校入学と同時に弓道部に入部し,弓道の練習のときには,頸部の左回旋位をとるようになった.また,教科書などを膝の上に置いて頸部を前屈させて勉強する癖があった.同年6月まず右側の肩があがりにくくなり,次いで両側上腕の脱力を自覚し,次第に悪化して茶碗を持つことも苦痛になったため8月に当科へ紹介受診した.

入院時現症:身長166 cm 体重61 kg.一般理学的に異常はなく,意識,脳高次機能,脳神経に異常所見は認められなかった.徒手筋力テスト(MMT)は三角筋3/3,上腕二頭筋3/3,腕橈骨筋3/3,上腕三頭筋4+/4+,回外筋3+/3+,回内筋4/4,撓側手根伸筋4/3+,総指伸筋5/5,背側骨間筋5/5,小指外転筋5/5,短母指外転筋5/5,腸腰筋4+/4+,大腿四頭筋5/5,前脛骨筋5/5,腓腹筋5/5と,上肢の近位部のC5, 6髄節に高度の筋力低下,C7髄節に軽度の筋力低下を認めた.上肢に筋萎縮は明瞭でなかった(Fig. 1).感覚系では,両側上肢前腕橈側に軽度の表在覚鈍麻が認められ,頸部を前屈するとその部位にしびれ感が誘発された.深部感覚には異常が認められなかった.腱反射は両側上腕二頭筋反射と腕撓骨筋反射は消失しており,上腕三頭筋反射は正常だった.両側膝蓋腱反射,アキレス腱反射は高度亢進し,足クローヌスを両側認めた.Babinski徴候は両側陽性だった.小脳性運動失調,膀胱直腸障害,発汗障害は認められなかった.

Fig. 1 Photographs of the patient.

(A) Muscular weakness of the bilateral deltoid. (B) No muscular atrophy in the forearms and hands.

検査所見:血液検査で血算,凝固系,肝機能,腎機能に異常はなく,血清CK値は261 U/l(正常62~287 U/l)であった.髄液は,細胞数1/μl,(すべて単核球),髄液蛋白26 mg/dl,髄液糖70 mg/dlと異常を認めなかった.神経症候の髄節性が明らかなため脊髄障害が原因と判断できたので,電気生理検査は施行しなかった.

画像所見:頸椎単純X線では中間位においてC4/5椎間の頂点として後弯を認めたが,変形性頸椎症や脊柱管狭窄の所見はなかった.前屈位では頸椎はC5椎体を頂点として屈曲していた(Fig. 2).中間位の頸椎MRIでは,造影T1強調像MRIでC3椎体からC7椎体にかける硬膜管後方の高信号を認めた(Fig. 3B).T2強調画像横断像では,C3/4,C4/5,C5/6,C6/7椎体レベルの頸髄の扁平化を認めたが,髄内には異常信号は認められなかった(Fig. 3C).頸椎前屈位MRIでは,頸髄の後方の硬膜外腔が開大し異常信号が出現しており,頸髄を圧迫していた.頸椎後方の異常信号は,C2からT1レベルまでにおよんでおり,脊髄に対して等信号と高信号が混在しており,全体に頸髄を前側に圧迫していた(Fig. 4).

Fig. 2 Lateral cervical spine radiograms in the flexion position and the neutral position without degenerative changes and a spinal canal stenosis.

(A) The apex of the cervical flexion curve is located at the C5 vertebral level. (B) The cervical spine in the neutral position showing kyphosis. The apex of the cervical kyphosis is located at the C4/C5 disk level.

Fig. 3 Cervical MR images in the neutral position showing mild kyphosis of the cervical spine.

(A) T1-weighted image. (B) Gadolinium-enhanced T1-weighted MR images showing homogeneous enhancement of the posterior extradural space at the C3–C7 vertebral levels (arrow). (C) T2-weighted MR images. Axial images showing the slightly flattened spinal cord at the C3/4, C4/5, C5/6 and C6/7 disk levels with no abnormal signals within the spinal cord.

Fig. 4 MR images in the neck flexion position.

T1-weighted cervical MR images in the neck flexion position showing expansion of the posterior extradural space and forward displacement of the spinal cord at the C3/4, C4/5, C5/6 and C6/7 disk levels.

CT myelographyでは,頸椎中間位ではC3/4からC6/7にかけて頸髄が扁平しているが,くも膜下腔に余裕があった(Fig. 5A).頸椎前屈位ではC3/4からC6/7にかけて後方硬膜が前方に偏倚して頸髄を圧迫しており,くも膜下腔がつぶれていた(Fig. 5B).さらに弓道練習の姿勢の影響を評価するために左回旋位で撮影を行ったところ,頸髄が左前方に偏倚するとともに,後方硬膜の前方偏移による頸髄の圧迫が認められた(Fig. 6).

Fig. 5 CT myelograms.

(A) CT myelogram in the neutral position. (B) CT myelogram in the flexion position showing the flattened spinal cord and forward displacement of the spinal cord with a narrowed dural canal at the C3/4, C4/5, C5/6 and C6/7 disk levels.

Fig. 6 Photographs and CT myelograms in the left axial rotation of the neck.

(A) A posture when shooting an arrow. (B) CT myelogram in the left axial rotation of the neck showing the flattened spinal cord and left-forward displacement of the spinal cord with a narrowed dural canal at the C3/4, C4/5 and C5/6 disk levels (arrowheads).

経過:頸部前屈位と回旋位を避けるようアドバイスし,弓道の練習は中止するよう指導した.日中は頸椎カラーを装着し,就寝時は低い枕の使用を勧めた.治療開始2週間後には感覚障害はほぼ消失し,2か月後には両側の上腕二頭筋の軽度の低下を除いて両側上肢の筋力低下は改善した.18か月後には両上肢の筋力は正常となり,下肢の筋力も軽快し,下肢腱反射は正常となり,Babinski徴候は陰性となった.本症例をその後20歳になるまで経過観察したところ,再悪化は認めなかった.

考察

平山病は平山が臨床像から提唱した疾患であり,若年男性の発病が多く,一側上肢遠位部の筋萎縮が潜行性に発症し,感覚障害がなく下肢痙性を認めないのが典型的である1)~5.しかし,画像診断の進歩により平山病の病態が頸部前屈時の後方硬膜の前方移動による脊髄圧迫であることが明らかになって6)~9から,臨床像が典型的な平山病と異なる症例の存在が知られるようになった.

本症例は,頸椎MRIおよびCT myelographyにて,頸部前屈時に硬膜管後壁の前方移動による脊髄圧迫が認められたことから,平山病(若年性一側上肢筋萎縮症)と同病態と考えるが,臨床症候と経過に典型例とは異なる点がある.臨床症候では,通常の平山病では筋力低下の分布がC7,C8,T1髄節であるのに対して,本症例ではC5, 6髄節が主体であったことが異なっている.また,筋力低下が一側から始まったものの受診時には両側性に同程度の筋力低下であり,両上肢に軽微な感覚障害があり,下肢に明らかな錐体路徴候を認めた.経過では,弓道の練習を始めて2か月の経過で亜急性に悪化し,頸椎の安静によりすみやかに筋力低下が改善した点が,潜行性に発病してその後停止性になる通常の平山病と異なっている.

平山病は,通常,前腕と小手筋に筋萎縮を認め,障害髄節はC7,C8,T1髄節のことが多い3)~5.しかし少数であるが,より上位の髄節の障害を呈する例が報告されている.真崎ら10,安藤ら11,Yokoteら12,Yooら13は,C5,6髄節筋である三角筋,上腕二頭筋などの筋力低下を示した症例を報告している.また,Jungら14は上腕三頭筋の単独障害例,Yaguchiら15は,上腕三頭筋,前鋸筋の筋力低下・筋萎縮を示した症例を報告しており,これらは,C7髄節の障害と考えられる1617.いずれも平山病と同病態と考えられる前屈位画像所見があるが,通常の平山病の頸椎屈曲の頂点がC6レベルにあるのに対して,より上の位置に屈曲の頂点があるため,通常よりも上位の髄節の圧迫が起きていたことを報告している.

本症例の前屈位のCT myelography画像をみると,脊髄の圧迫は多髄節にわたっている中で,特にC3/4,C4/5,C5/6椎間の脊髄圧迫が顕著であった.そのレベルに相当するC5,C6,C7髄節の筋力低下となり,平山病の典型例と筋力低下の部位が異なったものと考えられる.

通常平山病は一側性の場合が多いが,本症例のように両側性に障害を受ける症例も報告されている7.若年性一側上肢筋萎縮症(平山病)全国調査18)~20によると,障害側の記載のあった325例中一側性が72.1%,両側であるが一側優位が24.8%,両側対称性は3.1%と報告されている.またインドからの多数例の報告21によると,106例の平山病のうち,11例が左右対称性であった.C5,6髄節障害を呈した症例でも,本症例以外に,真崎ら10とYokoteら12の報告例は両側性の障害である.平山病のMRIやCT myelographyにみられる脊髄扁平化は大多数では左右非対称で,扁平化の強い側が上肢筋萎縮の側に対応することが知られている22.本症例では脊髄圧迫が左右対称的であるので,両側の筋力低下を示したと考えられる.

また,通常の平山病は感覚障害がみられないとされているが,本症例のようにごく軽度の表在覚低下が存在する例がある7.さらに平山病では通常下肢の顕著な錐体路症候は認められないが,本症例のような下肢の錐体路症候を認める報告132324もあり,重症例では稀に認めることがある.

得丸らの若年性一側上肢筋萎縮症(平山病)の頸椎カラー治療成績の報告25によると,14例中5例(36%)で改善,8例(57%)で進行停止,1例(7%)でやや悪化と報告されている.本症例は約2か月の経過で悪化して,診断後に頸椎の安静指導と頸椎カラーにより上肢筋力低下は2か月程度の期間で改善した.このように良好な経過が得られた理由は,初期のまだ前角病変が不可逆的になる前に診断して,頸椎の前屈姿勢を制限したためと考えられた.安藤ら11,Yokoteら12の近位筋障害例の報告でも,頸椎カラーと前屈制限の指導にて改善性の経過をとっている.近位筋障害の場合には,遠位筋障害の場合よりも早期に病院を受診し,早期の頸部姿勢の制限ができれば改善しやすい可能性がある.

本症例の特徴は,高校に入学後に弓道部に入部して,弓道の練習が症候悪化の契機になった可能性があることである.そのため,CT myelographyを前屈に加えて左回旋位(すなわち弓を射るときの首の姿勢)でも撮影した.左回旋位の画像(Fig. 6)においても,C3/4,C4/5,C5/6を中心に,脊髄の左への移動と硬膜の後方成分の前方への偏移を認め,脊髄が両側性に圧迫される所見を認めた.ただしこの左回旋位の画像では,圧迫の程度は,前屈位よりは軽度である.しかし,経過と画像所見より,本症例では頸部前屈に加えて頸部回旋も脊髄障害の病態に関与していると考えられた.

平山病で頸部回旋時の病態を検討した報告はほとんどない.唯一,得丸ら26は平山病のCT myelographyを用いて,頸部中間位での回旋では脊髄圧迫を認めないが,頸部前屈位で非萎縮側に回旋を加えると筋萎縮側の硬膜後壁の前方移動が増強することを報告している.本症例で頸部前屈位をとらなくても,回旋によって脊髄圧迫が出現したのは,本症例の頸椎が中間位でも後彎があるための可能性がある.

本症例で頸部回旋が病態に関与していると考えられたことは,平山病の頸部姿勢の指導を考える上で重要である.本症例は近位型平山病であり,通常の平山病よりも脊髄の障害高位が高い位置にあるが,頸部の回旋はC1,2椎体間が主な役割を担っており,他の椎間はわずかな役割しかないことが知られている2728ので,頸部回旋による脊髄と硬膜の動態に近位型平山病と通常の平山病との間に大きな相違はないと推定される.

すなわち,平山病では頸部前屈制限に加えて頸部回旋も制限するように指導すべきで,頸椎の後彎がある場合にはそれが特に重要であると考えた.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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