臨床神経学
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短報
スティック型嗅覚検査法にて経時的な嗅覚評価を行った非肺炎合併coronavirus disease 2019(COVID-19)の53歳男性例
浅原 有揮向井 泰司須田 真千子鈴木 正彦
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キーワード: COVID-19, 嗅覚消失, 嗅覚検査
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2021 年 61 巻 2 号 p. 140-143

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要旨

症例は53歳男性で,嗅覚消失を認めた後PCR検査でcoronavirus disease 2019(COVID-19)と診断され当科に入院した.発熱なく呼吸症状は咽頭痛のみでCTで肺炎像を認めなかった.入院時,the odor stick identification test for Japanese(OSIT-J)で1点と低下を認めたが,入院16日目に11点まで改善.呼吸症状悪化なく退院した.COVID-19は嗅覚障害以外の症状を呈さない場合があり,嗅覚検査が診断の契機となりうる.OSIT-Jは,本例において初期の点数低下と回復過程を確認し得たことから,診断の一助となる可能性が考えられた.

Abstract

Anosmia is a frequently experienced symptom in coronavirus disease 2019 (COVID-19). Previous studies have suggested the potential use of olfactometry to identify infected individuals. We performed a sequential olfactometry using the odor stick identification test for Japanese (OSIT-J) in a COVID-19 patient without pneumonia. The test uses 12 odorants that are familiar to the Japanese population. Our patient was a 56-year-old man diagnosed with COVID-19 who was admitted to our hospital following the development of anosmia. He had no respiratory symptoms except pharyngeal pain. Chest CT findings did not reveal the presence of pneumonia. The patient underwent OSIT-J on the 1st hospital day, and his score was 1 out of 12. Following the olfactometry, ciclesonide was administered. The patient did not develop any new symptoms during hospitalization, and his anosmia was gradually improved. The OSIT-J scores were 9 and 11 on the 7th and 16th hospital day, respectively. The patient was discharged on the 25th hospital day after two negative PCR test results. In our case, OSIT-J could identify anosmia in a COVID-19 patient. Some COVID-19 patients are asymptomatic, expect for olfactory disturbances, and OSIT-J may help identify such patients in the Japanese population.

はじめに

Coronavirus disease 2019(COVID-19)は新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2,以下SARS-CoV-2と略記)による感染症で,2020年から世界各地で流行した.感染拡大の要因として,肺炎のない軽症例が診断されずに無自覚に周囲へ伝播させることが挙げられる1.一方で嗅覚障害は呼吸症状がなくても認められることが多く2,軽症例の診断契機になりうる.

嗅覚検査ではスティック型嗅覚検査法のthe odor stick identification test for Japanese(OSIT-J)が普及している.12種類の臭いをそれぞれ四つの選択肢の中から選び嗅覚同定能力を点数化する検査で,耳鼻科疾患の他,パーキンソン病の嗅覚障害評価に用いられ3,その点数は嗅覚感度の評価であるT&Tオルファクトメーターやアリナミンテストと相関性がある4.我々は非肺炎合併のCOVID-19例にOSIT-Jで経時的評価を行ったため報告する.

症例

症例:53歳男性

主訴:嗅覚消失

既往歴:気管支喘息,神経線維腫症I型,適応障害,僧帽弁逸脱症僧帽弁形成術後,口唇ヘルペス.

現病歴:2020年4月上旬から発熱した別居の叔父の食事の準備などをしていた.4月中旬に叔父がCOVID-19と診断され入院し,保健所から自宅待機の指示を受けた.その間,食事の臭いと味を感じなくなっていた.PCR検査で本人の感染が確認され,叔父が入院した9日後に当科に入院した.

一般身体所見:身長161 cm,体重55 kg,血圧110/68 mmHg,脈拍78/分・整,体温36.8°C,呼吸数15/分,SpO2 99%.軽度咽頭痛を自覚し,鼻閉,鼻汁はなく呼吸音は清であった.前胸部手術痕あり.体幹,頸部に散在するカフェ・オ・レ斑と神経線維腫を認めた.その他に特記すべき所見はなかった.

神経学的所見:意識清明で嗅覚消失を認めた以外,明らかな麻痺や感覚障害などはなかった.

検査所見:採血上,白血球7,200/μl,CRP 0.04 mg/dlで炎症反応はなかった.胸部単純CTで肺炎像はなかった(Fig. 1).入院初日のOSIT-Jは1点であった.感染拡大防止のため,頭部画像検査は行わなかった.

Fig. 1 Chest X-ray and CT on admission.

There were no pneumonia manifestations on the chest X-ray (A) or CT (B, C, D, E).

入院後経過:入院初日からシクレソニド吸入を始め呼吸症状の悪化なく経過した.入院3日目,杏子味のジャム,パイナップルの臭いと味を自覚した.入院7日目に再度OSIT-Jを施行し9点に回復.入院8日目にボディーソープの臭いがわかるようになった.入院9日目に白米の臭いと味を自覚した.入院16日目にはOSIT-Jが11点まで改善(Table 1).入院20日目と22日目にPCR検査で陰性を確認し,入院25日目に自宅退院した.

Table 1  Results of the odor stick identification test for Japanese (OSIT-J).
Patient’s answer
Oder type 1st hospital day 7th hospital day 16th hospital day
India ink no smell detected correct correct
Wood correct correct correct
Perfume no smell detected correct correct
Menthol no smell detected no smell detected correct
Mandarin orange detectable but not recognizable detectable but not recognizable correct
Curry detectable but not recognizable correct correct
Cooking gas no smell detected sweaty socks (incorrect) sweaty socks (incorrect)
Rose no smell detected correct correct
Hinoki (Japanese cypress) no smell detected correct correct
Sweaty socks detectable but not recognizable correct correct
Condensed milk no smell detected correct correct
Roasted garlic no smell detected correct correct
Score 1 9 11

We did not tell the patient the correct answers during each test to avoid the practice effect.

考察

本例はCOVID-19における嗅覚障害に対してOSIT-Jを用いた評価を行った初めての報告である.入院時のOSIT-Jは1点であったが入院16日目に11点まで回復した.既報告ではCOVID-19における嗅覚消失は来院3週間以内にほとんどの例で改善しており5,本例の点数の推移と合致している.また,点数の改善に学習効果が影響しないよう検査時に正答は本人に伝えなかった.更に,既報告では嗅覚の識別能評価を選択式の検査で短期間に繰り返し行っても学習効果は示されていない6.OSIT-JはCOVID-19の嗅覚障害における嗅覚同定能力の測定法として有用性が示唆された.

COVID-19で嗅覚障害が出現する機序として,嗅上皮および嗅球のウイルス感染の可能性が指摘されている.Lechienらは鼻閉,鼻汁を伴わない場合でも79.7%で本例のように嗅覚障害を認めたと報告しており2,鼻腔自体の炎症のみでは病態を説明できない.また,SARS-CoV-2が感染する際の受容体であるangiotensin converting enzyme-2(ACE-2)の遺伝子は嗅上皮の支持細胞および幹細胞で発現している7.更にマウスを用いた実験では,嗅球までウイルスが伝播することが確認されている8.ウイルスが嗅上皮から嗅球へと感染することで,肺での感染が進行せずに嗅覚障害を引き起こすことが示唆される.肺炎が認められない例において嗅覚障害が見られる原因として,ウイルスの増殖部位が異なるためと考えられる.

本例では呼吸症状がほとんどないまま嗅覚障害のみを呈していたが,同様の症例は少なくない.2020年2月の大型客船ダイヤモンドプリンセス号での集団感染では,感染者の58.9%で発熱およびSpO2低下がなかったと報告されている1.一方,MoeinらはCOVID-19症例群と正常コントロール群に嗅覚の評価を行い,感染者の98%で嗅覚の低下を確認したと報告している9.PCR検査でも初発症状の出現時点で38%が偽陰性であったと報告されており10,精査を受ける機会の少ない非肺炎合併例ではCOVID-19と診断されにくいが,嗅覚検査により見逃しが減少する可能性がある.Moeinらの行った嗅覚評価は,台紙に塗布したマイクロカプセルを用いるthe University of Pennsylvania smell identification test(UPSIT)であったが9,日本人になじみのない嗅素も使用されている.OSIT-Jは日本人に向けて開発されており,本例でも初期の点数低下と回復過程を確認し得たことから,国内のCOVID-19疑い症例の評価に活用できると考えられる.また,OSIT-Jは室温調節や静脈注射が不要で検査キットのみで施行可能であり,簡便なスクリーニングに適している.軽症例でも感染拡大を防止するには自宅待機など適切な対応が必要であり,感染者の見逃しを減らす方法としてOSIT-Jが利用できる可能性が考えられた.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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