2021 Volume 61 Issue 3 Pages 172-176
症例は54歳の女性,立位で増強し臥位で改善する頭痛と後頸部痛を主訴に来院した.33歳時より関節リウマチと診断され加療中だった.頸椎MRIとMRミエログラフィーより脳脊髄液漏出症と診断した.また,頸部X線で環椎の前方突出所見を認め環軸椎亜脱臼と診断した.環軸椎亜脱臼の部位に一致して画像上脳脊髄液の漏出を認め,物理的圧迫により硬膜が破綻し脳脊髄液漏出症を惹起したと考えた.症状は補液により軽快し第25病日に自宅退院となった.環軸椎亜脱臼などによる頸部硬膜の破綻が脳脊髄液漏出症の原因の一つとなりうる可能性が示唆された.
A 54-year-old woman presented at the hospital with headache and posterior neck pain, which worsened when standing or in the sitting position and improved when in the supine position. A diagnosis of rheumatoid arthritis was made at the age ofin 33 years, and the patient has been taking methotrexate and methylprednisolone. Cervical MRI and magnetic resonance myelography showed the appearance of CSF leakage, resulting in a diagnosis of spontaneous intracranial hypotension. A diagnosis of atlantoaxial subluxation was also made based on the abnormal anterior position of the atlas (C1) in the cervical X-ray image. The CSF leakage corresponded with the atlantoaxial subluxation region, which indicated that spontaneous intracranial hypotension was caused by the compression of the dura mater. These symptoms were improved following treatment with the intravenous drip of the extracellular fluids, and she was discharged from the hospital on day 25. The disruption of the dura matter induced by atlantoaxial subluxation is a rare complication but is worth considering when determining the etiology of spontaneous intracranial hypotension.
脳脊髄液漏出症は立位や座位で増強し臥位で軽快する性状の頭痛を特徴とする疾患である1).原因は様々であるが,今まで特発性とされてきた症例の多くが椎体病変を原因とする可能性が近年指摘されている2).脳脊髄液漏出症と環軸椎亜脱臼を合併した報告は稀であるが,脳脊髄液漏出症を引き起こしうる椎体病変として症例の蓄積が必要と思われたため報告する.
患者:54歳女性
主訴:頭痛,後頸部痛
既往歴:33歳:関節リウマチ.
内服薬:メチルプレドニゾロン4 mg/日,メトトレキサート4 mg/週.
家族歴:特記すべき事項なし.
現病歴:X年Y月某日起床し,体を起こした後より後より頭痛と後頸部痛を自覚していた.症状出現までに外傷歴はなく,カイロプラクティックの施術,激しい運動,等も行わなかった.その後近医を受診したが症状は改善せず,10日後に当院救急外来を受診した.立位と座位で増強し臥位で改善する頭痛,後頸部痛,めまい感を認めたため脳脊髄液漏出症を疑い当科入院となった.
一般身体所見:血圧160/95 mmHg,脈拍65回/分・整,体温36.3°C,胸腹部所見に異常所見を認めなかったが,立位と座位で増強し臥位で改善する頭痛を認め,3分間以上の座位を保持できなかった.
神経学的所見:意識は清明で,脳神経,運動系,感覚系,腱反射,協調運動,自律神経に異常なかった.歩行は頭痛のため評価不能だった.
入院時検査所見:全血算に異常はなく,血液生化学検査でも異常はなかった.リウマトイド因子は7.0 IU/mlと基準値内で,各種自己抗体検査では抗核抗体が160倍と上昇していたが,その他特異的な自己抗体は検出されなかった.胸部単純X線では心拡大はなく,肺野に異常陰影を認めなかった.頭部MRIでは脳実質に異常を認めなかったが,造影T1強調像でびまん性の硬膜肥厚を認めた(Fig. 1).頸椎MRIとMRミエログラフィーで軸椎(C2),C3椎体間の脊柱管内から背側皮下組織へ連続する高信号所見(Fig. 2~4)を認めた.また,頸部単純X線で環椎(C1)の前方突出所見(Fig. 5)を認めた.

(A, B) T1-weighted MRI with gadolinium contrast shows diffuse thickness of the dura mater (white arrow).

(A) T2 weighted MRI image of the cervical and thoracic spine shows high T2 extra-dural collections dosally from C2 to T4. (B) T2 extra-dual collections remain high in T2 fat suppression MRI (white arrow), which means the CSF leaks.

(A) is C1 to C2 and (B) is C4 to C5. These axial T2 weighted MRI image also show the CSF leaks (white arrows).

Magnetic resonance myelography showing CSF leakage located at the C2 levels (white arrow).

Cervical X-ray image shows atlantoaxial subluxation, which is stable in flexion and extension position of neck.
臨床経過:細胞外液の補液で加療した(第1病日から第7病日まで1,500 ml,第8病日から第10病日まで1,000 ml,第11病日500 ml).第4病日には60分間の座位保持が可能となったが頭痛とめまい感は残存,第7病日には60分間の座位でめまい感を認めるのみとなった.第10病日に症状は軽快し,リハビリテーションを行ったのち第25病日に自宅退院となった.整形外科と協議し,環軸椎亜脱臼については保存的加療の方針となった.退院後は症状の再燃を認めず,発症から65日で施行したMRミエログラフィー(Fig. 6)ではC2~C3間から皮下組織へと連続する高信号域が消失していた.

(A) is magnetic resonance myelography taken on admission and (B) is day 65. These are showing an improvement of CSF leakage (white arrows).
本症例は関節リウマチによる環軸椎亜脱臼により引き起こされたと考えられた脳脊髄液漏出症の1例である.国際頭痛分類第3版によれば,A)C項を満たす頭痛,B)低髄液圧(60 mm水柱未満)または画像上髄液漏出所見を認める,C)頭痛は低髄液圧または髄液漏出に伴って出現する,D)その他の診断では説明できない,以上のA~D項を満たす場合に低髄液圧性頭痛の診断となる3).本症例は立位と座位で増悪し臥位で軽快する頭痛を認めたほか,画像上は造影MRIにおける硬膜増強効果,MRミエログラフィーにおける硬膜外脳脊髄液の存在を認めたため,低髄液圧性頭痛と診断した.また,病変とくも膜下腔の連続を認めたことから,嘉山らの脳脊髄液漏出症の診断指針における脳脊髄液漏出症の画像診断基準では,脳脊髄液漏出の「強疑」所見であった4).硬膜増強効果は肥厚性硬膜炎でも生じうるが,頭痛が臥位で軽快したことから脳脊髄液漏出症に伴う変化と判断した.
脳脊髄液漏出症は1938年に初めて報告5)された疾患で,立位や座位で増強する頭痛が典型的だが多彩な症状を呈する.1年毎の罹患率は10万人あたり5人とされ,好発年齢は40~50歳,男性より女性が多いと報告されている1).脳脊髄液漏出症に対してはまず安静,輸液,カフェイン摂取,などの保存的加療を行うが,保存的加療に抵抗性の場合,患者の自己血を硬膜外腔へ注入して漏出口を塞ぐepidual blood patchの有効性6)や,漏出部位を直接狙うtargeting blood patchの有効性7)が報告されている.これらの治療で軽快しない場合に外科的治療が考慮される.髄液漏出の好発部位については様々な報告がある.頸胸椎移行部,腰椎に多く分布していたという報告7)や頸椎,胸椎レベルに多いとする報告8)があるが,実際にdigital subtraction myelography(DSM)で漏出部位を検討したFarbらの報告2)では胸椎レベルに多く分布していた.また,ミエログラフィーでC1~C2間に髄液漏出所見を認めることがあるが,他所から漏出した髄液が髄外を通ってC1~C2レベルまで到達し結合織を経由して漏出しているためにC1~C2間が真の漏出部位に見えるFalse localizing sign9)である可能性を想定する必要がある.漏出部位の同定にはCTやMRIによるミエログラフィーが用いられることが多いが,脳脊髄液の漏出が速い場合は判断困難となる場合もあり,正確な漏出部位の同定にはDSMが有用である10).本症例はMRミエログラフィーでC1~C2間が漏出部位と考えられ,false localizing signである可能性も検討されたが,椎体による圧迫と一致した部位であるため真の漏出部位と考えたこと,保存的加療のみで軽快したこと,などの要因から侵襲を伴うDSMは施行しなかった.
脳脊髄液漏出症は様々な原因で発症することが知られている.腰椎穿刺に伴う医原性のもの9),椎間板変性症11)のような椎体病変を原因とする症例や,Marfan症候群などの先天性の結合織異常に伴う症例12)も報告されている.近年では,これまで特発性とされた症例の大半が,機械的裂傷,CSF-venous fistula,神経根からの漏出,等の要因によって生じたのではないかと考えられている2).環軸椎亜脱臼に脳脊髄液漏出症を合併した症例は本邦で谷口らにより1例が報告13)されたのみである.この報告では椎体の不安定性を原因とした炎症により癒着が生じ,環軸椎間の不安定性による組織の破綻が生じたことが原因と考えられ,環軸関節後方固定術を施行している.本症例では可動性のない安定した椎体病変であったにも関わらず同部での脳脊髄液の漏出を認めており,環軸椎亜脱臼それ自体が脳脊髄液漏出症のリスクとなる可能性が示唆された.
関節リウマチによる関節への影響は四肢末梢の小関節で最も多く認められるが,2番目に頻度が高いのが頸椎関節である.環軸椎亜脱臼で最も一般的な症状は頸部痛で,40~80%に認める.脊髄圧迫により多彩な神経症状を呈し,筋力低下,異常感覚,歩行障害等が生じる.頸髄延髄接合部の圧迫が生じれば,耳鳴,めまい感,複視,嚥下障害を認める例も報告されている14).環軸椎亜脱臼の手術適応については明らかなエビデンスがないものの,脊髄圧迫に伴う神経症状やミエロパチーを呈する症例では保存的治療を行うと予後不良である可能性が示唆されている15)16).本症例で生じた脳脊髄液漏出症を神経症状と捉えるべきかについては文献が乏しく判断困難であったが,環軸椎亜脱臼症例13)の合併症状として報告のある筋力低下,感覚障害,腱反射亢進,などの神経症状を認めておらず経過観察することとした.今後再発する場合には手術を検討する必要があるかもしれない.
環軸椎亜脱臼を合併した脳脊髄液漏出症の1例を経験した.脳脊髄液漏出症と診断した場合は椎体病変の精査が必要であり,特に関節リウマチを有する場合は環軸椎亜脱臼も脳脊髄液漏出症の原因となりうる可能性を考慮する必要がある.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.