臨床神経学
Online ISSN : 1882-0654
Print ISSN : 0009-918X
ISSN-L : 0009-918X
短報
レベチラセタムの頓服が発作予防に奏効した囲碁で誘発されるてんかん
佐藤 慶史郎藤本 礼尚
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 61 巻 3 号 p. 204-206

詳細
要旨

囲碁で誘発されるてんかんの発作時脳波,および治療についての報告は少ない.今回,囲碁で誘発されたてんかんの発作時脳波が記録され,抗てんかん薬の頓服により囲碁の継続が可能となった症例を経験した.71歳の男性が1時間ほど囲碁に興じると,数分の強直間代発作を生じるようになったため来院した.発作時脳波では右頭頂部を焦点とした発作波を認めた.囲碁開始1時間前にレベチラセタムを服用させたところ,その後1年以上発作を起こさず囲碁に興じることができた.囲碁で誘発されるてんかんは焦点てんかんと考えられ,抗てんかん薬の頓服で抑制できる可能性がある.

Abstract

There are only a few reports on Go-induced epilepsy. We hereby report a case of Go-induced epilepsy and its ictal electroencephalography (EEG) findings, and treatment. A 71-year-old man reported to our hospital for seizures that lasted for several minutes after he had played Go for approximately an hour. Ictal EEG showed focal to bilateral tonic-clonic seizures of right parietal origin. He was administered levetiracetam 500 mg before the games, and he participated without seizures for more than a year. Go-induced epilepsy is considered to have a focal onset, and it may be controlled with antiepileptic drugs before the games.

はじめに

麻雀や囲碁などのゲームで誘発されるてんかんは,我が国や中国,台湾,韓国を中心に報告されているが,その発作時脳波をとらえた報告は少ない.治療法は誘因を避けることであり,抗てんかん薬の有効性は明らかではない.今回,囲碁で誘発されたてんかんの発作時脳波を記録し,抗てんかん薬の頓服により囲碁の継続が可能となった症例を経験した.

症例

症例:71歳,男性

主訴:囲碁中のけいれん

既往歴:高血圧,大動脈弁狭窄症,高尿酸血症,C型肝炎.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:70歳時に友人と1時間ほど囲碁に興じていると,数分の強直間代発作を認め救急搬送された.その後1ヶ月の間に2度,囲碁中に強直間代発作が誘発された為,当科へ紹介受診した.外来で施行された諸検査では異常を認めず,囲碁以外の日常生活では発作を認めることはなく,対局を控えたところ発作は消失した.半年後に囲碁を再開したところ1局目で発作を認め,確定診断のために入院した.

入院時現症:神経学的所見に明らかな異常を認めなかった.

検査所見:血液検査,頭部MRI,発作間欠期の脳波では明らかな異常所見を認めなかった.

入院後経過:入院後に長時間脳波ビデオモニターを開始した.安静時では明らかな脳波変化を認めなかった.友人と囲碁を打ったところ,午前中2時間におよぶ対局では発作,および脳波異常を認めなかったが,午後1局目の50分が過ぎたところで,発声から左手のジストニア,左を注視し頭部を左へ回旋した後,強直間代発作を認めた.この直前に,脳波では右頭頂部から始まる律動性徐波が出現し,減衰した後に同部から速やかに全般化する発作波を認めた(Fig. 1).囲碁以外のゲーム(将棋,オセロ,トランプ),および作業療法士による負荷(Trail Making Test,仮名拾いテスト),タブレット端末を用いた囲碁ゲームでも発作,および脳波異常は誘発されなかった.

Fig. 1 Ictal electroencephalography (EEG).

Ictal EEG performed with video-EEG monitoring while playing Go. Rhythmic theta activity began in the right parietal region (A). After diffuse attenuation, spike waves began in the right parietal region (B) and spread to the right temporal region at the clinical seizure onset (C). EEG was performed using a bipolar montage with a 60-Hz high-frequency filter. Vertical marker, 50 μv; horizontal marker, 1 sec. EEG: electroencephalography.

後日対人で囲碁を開始する1時間前にレベチラセタム500 mgを内服したところ,3時間ほど対局しても発作を起こすことはなく,脳波異常も認めなかった.退院後も同じ方法で頓服し,従来通り週1回数時間の囲碁に興じたが,1度も発作を起こすことなく1年以上経過した.特にめだった副作用も認めず,あきらめかけていた趣味が継続できたことで本人の治療満足度も高かった.

考察

本症例で,囲碁で誘発されるてんかんは焦点てんかんと考えられること,抗てんかん薬の頓服が有用な可能性があることが示された.

計算や書画,カードゲームやチェスなど,思考・行為により誘発されるてんかんの特徴は,思春期の頃に発症し,男性に多く,強直間代発作を呈し,非誘発性の全般起始発作があり,脳波では全般性のてんかん性放電があるなど,特発性全般てんかん,特に若年ミオクロニーてんかんや若年欠神てんかんとの関連性が報告されている1)~2.一方で,アジア圏を中心に報告が多い麻雀や囲碁などで誘発されるてんかんの多くは30代~50代と前者に比べて年齢が高い.特に報告が多い麻雀てんかんは,成人男性に多く,発症までに長期間を要し,非誘発性の発作がなく,脳波所見が特発性全般てんかんとは異なる,などの特徴があるとされる3)~7.Chuangらは,この違いを非誘発性の発作の有無で分け報告している3.つまり,てんかんの既往がない成人においても,特定の行為のみで発作が誘発される可能性がある.

囲碁で誘発されるてんかんの発作波は右頭頂葉起始と考えられる.思考・行為により誘発されるてんかんでは,特発性全般てんかんとの関連性が報告される一方で,右半球の局在的な病変,脳波異常も報告されているが1)~2,発作時脳波所見の報告は少ない.麻雀では右頭頂部を焦点とした脳波変化が報告されており,焦点てんかんである可能性が示唆され,空間的思考や実践タスクに関連するネットワークの過剰興奮と蓄積効果を経て最終的に発作に至るという病態生理が推察されている6.本症例は発作に至るまでにある程度の時間を要し,その多くは囲碁の複雑な局面において,いら立ちや興奮を感じた際に生じた.一方で,類似したゲームやタブレットの囲碁では誘発できなかった.このことはLeeらの報告でも指摘されている7.Functional MRIを用いた囲碁中の脳活動に関する報告では,背側前頭前野,頭頂葉,後頭葉,後側頭葉,一次体性感覚野,一次運動野など,多くの皮質領域で活性化を認め,特に右頭頂部の活性化が示されている8.このことから,本症例では単純な視覚刺激や認知課題のみではなく,感情などを含めた複数の要因が右頭頂葉を中心としたネットワークに負荷をかけ,右頭頂葉から生じたてんかん性活動が右前頭葉に伝播して発作に至ったと推察された.近年では特定の脳領域で構成される神経系の機能不全によるsystem epilepsyという概念が提唱されており9,麻雀てんかんと同様に本症例もsystem epilepsyの一型である可能性が考えられた.

囲碁で誘発されるてんかんの治療としてレベチラセタムの頓服は有用であった.こうした認知課題で誘発されるてんかんの治療は,基本的に “誘因を避けること” であり,抗てんかん薬の有用性については明らかではない.Leeらは抗てんかん薬の投与を受けた7例中5例が発作抑制に至ったと報告しているが7,いずれも誘因となった行為の中止,変更,負荷の軽減が必要であった.誘発する行為を避けることなく,レベチラセタムの頓服という形で治療が成功した報告はない.焦点てんかんの第一選択薬は,ガイドライン上カルバマゼピン,ラモトリギン,レベチラセタム,次いでゾニサミド,トピラマートが推奨されている10.副作用や薬効動態から頓服には不向きなものが多いが,レベチラセタムは重症薬疹などの心配が少なく,血漿中濃度が投与後ほぼ1時間で最高値を示すため頓服として使い易い.また,消失半減期(t1/2)は7~9時間であるため,その日の対局程度であれば十分な時間であり,重篤な副作用がなければ長期的な影響は少ないと考えられる.同様の薬効動態を持つものであれば他剤でも効果を期待できる可能性はあるが,症例の蓄積が必要である.

囲碁で誘発されるてんかんは右頭頂葉を起始とした焦点性てんかんで,抗てんかん薬の頓服が有用な可能性があることが示された.特定の思考・行為や認知課題のみで誘発されるてんかんでは,その行為が患者にとって生きがいであることもあり,抗てんかん薬の頓服はこれらをあきらめさせない為の選択肢になる可能性がある.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
  • 1)  Okudan ZV, Özkara Ç. Reflex epilepsy: triggers and manage­mants strategies. Neuropsychiatr Dis Treat 2018;14:327-337.
  • 2)  Goossens LA, Andermann F, Andermann E, et al. Reflex seizures induced by calculation, card or board games, and spatial tasks: a review of 25 patients and delineation of the epileptic syndrome. Neurology 1990;40:1171-1176.
  • 3)  Chuang YC, Chang WN, Lin TK, et al. Game-related seizures presenting with two types of clinical features. Seizure 2006;15:98-105.
  • 4)  An D, Zou X, Chen T, et al. Clinical characteristics and prognosis of mah-jong-induced epilepsy: a cohort review of 56 patients. Epilepsy Behav 2015;53:117-119.
  • 5)  Chang RS, Cheung RT, Ho SL, et al. Mah-jong-induced seizure: case reports and review of twenty-three patients. Hong Kong Med J 2007;13:314-318.
  • 6)  Fukuma K, Ihara M, Miyashita K, et al. Right parietal source in Mahjong-induced seizure: a system epilepsy of focal origin. Clin Case Rep 2016;4: 948-951.
  • 7)  Lee MK, Yoo JS, Cho YJ, et al. Reflex epilepsy induced by playing Go-stop or Buduk games. Seizure 2012;21:770-774.
  • 8)  Chen X, Zhang D, Zhang X, et al. A functional MRI study of high-level cognition II. The game of Go. Brain Res Cogn Brain Res 2003;16:32-37.
  • 9)  Avani G, Manganotti P, Meletti S, et al. The system epilepsys: a pathophysiological hypothesis. Epilepsia 2012;53:771-778.
  • 10)  てんかん診療ガイドライン作成委員会編.てんかん診療ガイドライン2018.東京:医学書院;2018. p. 27-28.
 
© 2021 日本神経学会
feedback
Top