臨床神経学
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症例報告
三叉神経領域の帯状疱疹をアメナメビルで治療後に帯状疱疹性髄膜脳炎と脳血管炎を合併した1例
谷口 葉子加納 裕也北村 太郎三浦 敏靖山田 健太郎
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2021 年 61 巻 4 号 p. 239-242

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要旨

症例は1ヶ月前に三叉神経第一枝領域の帯状疱疹をアメナメビル内服で治療された78歳女性.帯状疱疹後神経痛に対し入院治療中に左片麻痺が出現し,頭部MRIで右放線冠に急性期梗塞を認め転院した.発熱と意識障害がみられ,髄液検査と頭部造影MRIで帯状疱疹性髄膜脳炎と脳血管炎の合併と診断した.抗血栓療法に加えアシクロビル点滴とステロイドパルス療法で加療したが,意識障害が遷延した.アメナメビルは髄液移行性がほとんどないため,結果的に脳神経領域の帯状疱疹に対して不完全な治療となり,本例が重症化した経過に関連している可能性が示唆された.

Abstract

A 78-year-old woman was diagnosed with herpes zoster in the first branch of the trigeminal nerve and was treated with amenamevir. Subsequently, she was hospitalized for postherpetic neuralgia. Fever and unconsciousness were observed, and a diagnosis of varicella-zoster virus meningoencephalitis and vasculitis was made. In addition to the antithrombotic therapy, she was treated with intravenous acyclovir and steroid pulse therapy; however, her unconsciousness persisted. Amenamevir was not transferrable to the spinal fluid and resulted in an incomplete treatment of herpes zoster in the cerebral nerve region, suggesting that this case may be related to the severe course of the disease.

はじめに

帯状疱疹性脳血管炎は水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus,以下VZVと略記)の再活性化や初感染によって,自己免疫性に脳梗塞や動脈瘤,動脈解離を来す病態である1.1997年から2001年の間に帯状疱疹に罹患した18歳以上の症例のうち,1.47%が1年以内に脳卒中を発症していた2.またアメナメビルは2017年に発売された帯状疱疹に対する治療薬で,ヘルペスウイルスに対し新規作用機序を有し,1日1回投与でクレアチニンクリアランスによる投与量設定の変更を行う必要がないことが特徴である3

三叉神経第一枝領域に発症した帯状疱疹に対しアメナメビル内服で治療を行い,帯状疱疹性髄膜脳炎と脳血管炎を合併した1例を報告する.

症例

症例:78歳,女性

主訴:意識障害,左片麻痺

既往歴:高血圧症,70歳時に左乳癌に対し乳房部分切除とリンパ節郭清術を受け,残存乳房への放射線照射とアナストロゾール内服を5年間継続し以後は1年毎に外来受診していた.

生活歴:日常生活動作は自立していた.

内服薬:ロサルタンカリウム.

現病歴:2019年2月下旬に右前額部痛を自覚し,3月上旬に当院救急外来を受診した.疼痛部位に一致して水疱を認め,右三叉神経第一枝領域の帯状疱疹と診断されアメナメビルを7日間処方された.皮疹は改善したが右前額部痛が増悪し,帯状疱疹後神経痛に対する疼痛緩和目的で3月末から他院麻酔科に入院した.プレガバリンとアミトリプチン内服で疼痛は改善したが,入院後から発熱が持続し精査されたが熱源は不明だった.入院から約2週間後の4月初旬に,前日までと比較して活気が低下し左口角下垂と左上下肢脱力が出現した.翌日には指示に従えなくなり,頭部MRIで右放線冠に急性期脳梗塞を認め当院へ転院となった.

一般理学所見:体温38.2°C,血圧171/105 mmHg,脈拍98回/分,SpO2 97%.右前額部の三叉神経第一枝領域に一致して皮疹治癒後の色素沈着を認めた.神経学的所見:Japan Coma Scale 10の意識障害を認め,常に落ち着きなくベッド上で動き回っていたが,簡単な指示動作は可能であった.項部硬直やKernig徴候などの髄膜刺激徴候は認めなかった.軽度の左口角下垂を認め,左上下肢ともに挙上保持は可能だが動揺がみられた.

検査所見:血液検査ではWBC 5,520/μl,CRP 0.1 mg/dlと炎症所見はなく,その他の生化学検査もHbA1c 6.7%であった以外には異常はなかった.凝固系ではPT,APTT,Dダイマー,アンチトロンビンIIIはいずれも正常範囲内であった.脳脊髄液検査では細胞数25/μl(単核球25/μl),蛋白72 mg/dl,糖60 mg/ml(同時血糖131 mg/dl)と単核球優位の細胞数増加と髄液蛋白上昇がみられた.入院3日目の血清VZV-IgM(EIA)1.24,VZV-IgG(EIA)≧128,同日の髄液VZV-IgG(EIA)≧12.8と上昇していた.なお採取できた髄液が少量だったため,VZV-DNAのPCR検査は実施できなかった.頭部MRIでは,DWIで右放線冠に急性期脳梗塞がみられた(Fig. 1A).さらにガドリニウム(Gd)造影MRIで右中大脳動脈(middle cerebral artery,以下MCAと略記)-M1遠位や右前大脳動脈(anterior cerebral artery,以下ACAと略記)に壁肥厚や造影効果を認めた(Fig. 1B).FLAIR画像では右三叉神経から三叉神経脊髄路核(spinal trigeminal nucleus and tract,以下STNTと略記)に沿った高信号域がみられ(Fig. 1C, D),DWIでも同部位に高信号域を認めた.さらに造影FLAIR画像で右頭頂葉や右後頭葉,左弁蓋部脳表に斑状の造影効果がみられ髄膜炎に伴う変化と考えられた(Fig. 2A, B).

Fig. 1 Head MRI on admission.

The DWI showed acute cerebral infarction in the right corona radiata (A). Gadolinium (Gd)-enhanced MRI showed wall thickening and contrast effects in the distal right middle cerebral artery-M1 and the right anterior cerebral artery (B: arrows). On FLAIR, the right trigeminal nerve to the trigeminal spinal tract nucleus (spinal trigeminal A high signal range along the nucleus and tract was observed (C, D: arrows).

Fig. 2 Leptomeningeal enhancement.

Gd-FLAIR revealed leptomeningeal enhancement of the right parietal lobe, right occipital lobe and left valvular (A, B: arrows).

入院後経過:帯状疱疹性脳血管炎により脳梗塞を発症し,髄膜脳炎の合併により意識障害を来したと診断した.脳梗塞に対しアスピリン100 mg/日とクロピドグレル75 mg/日の内服とアルガトロバン点滴を開始し,髄膜脳炎に対してアシクロビル1,500 mg/dayの静脈内投与(計21日間)と2回のステロイドパルス療法を行った.治療開始後は速やかに解熱し左上下肢麻痺も改善したが,色鮮やかな幻覚や食事の自己摂取が困難であるなど意識障害が遷延した.頭部MRIではSTNTに沿った信号変化は著変なく,右MCA-M1からM2,右ACA-A1からA2,右後大脳動脈(PCA)-P2の血管壁の造影効果は増強し両側頭頂葉脳表の造影病変も若干増悪していたが,再検した髄液では細胞数や髄液蛋白は改善しており髄膜脳炎としては治癒傾向にあると考えた.意識障害遷延の原因は髄膜脳炎の後遺症と判断し,脳梗塞再発予防としてアスピリン100 mg/日単剤へ変更し入院48日目に回復期リハビリテーション病院へ転院した.

考察

三叉神経第一領域に生じた帯状疱疹に対しアメナメビル内服で治療後,約1ヶ月の経過で髄膜脳炎と脳血管炎に至りアシクロビルで再治療後も意識障害が遷延した1例を経験した.頭部MRI所見では右三叉神経からSTNTに沿った異常を認め,VZVが三叉神経節から頭蓋内へ侵入した所見と考えられた.帯状疱疹による重症合併症を来した要因として,髄液移行性の低いアメナメビルで初期治療を受けたことも関連していると示唆された.

三叉神経領域の帯状疱疹後にSTNTに病変を認めた症例は過去にいくつか報告がある45.それらの報告では信号変化が生じる機序について詳述されていないが,VZVの直接浸潤に伴う変化とされており本例も同様の機序と考えられる.また脳血管炎の発症は帯状疱疹の発症から平均4.1ヶ月程度とされ6,特に発症から5~12週以内が合併する危険が高いと報告もあり7,本例でもその時期に合併していた.本例では比較的短期間に変動する脳主幹動脈の壁の肥厚と造影効果がみられ,既報告の帯状疱疹性脳血管炎の血管所見と合致していた8.髄液VZV-IgG抗体価上昇の所見も併せると,一連の経過はVZV再活性化が原因であり,三叉神経節から下行性に皮疹を生じ上行性にSTNTの所見を認めたと考えられた.

帯状疱疹を発症した場合,治療としてアシクロビルやアメナメビルのような抗ウイルス薬を選択する.髄膜脳炎の場合はアシクロビルを選択するがアシクロビル点滴の髄液移行性は50%程度である9.一方でアメナメビルは皮疹に対する治療薬であり,髄膜脳炎を併発した場合は適応ではない3.髄液移行性についてはマウスに対し脳や脊髄に対しほぼ移行性がないことから10,ヒトにおける髄膜移行性も同様に低いと考えられる.帯状疱疹性髄膜脳炎のうち24%に皮疹がみられなかったとの報告もあるほか11,帯状疱疹罹患後に髄膜脳炎を合併する頻度は12%程との報告もある12.帯状疱疹性髄膜脳炎の頻度は比較的高いと想定されるほか,本例では眼部帯状疱疹が先行症状であり,眼部帯状疱疹は脳血管炎を合併しやすいとの報告もあるため13脳血管炎や髄膜脳炎を合併する頻度は比較的高いと考えられる.さらにGuillain-Barré症候群を発症後に右C7~Th1領域の帯状疱疹を合併し,アメナメビル投与で皮疹は消退した一方で頸髄神経根炎もみられVZVの関与は否定できないとする報告もある14.VZVが髄節から頭蓋内へ移行し髄膜脳炎や脳血管炎など重症合併症を来した一因に,アメナメビルで初期治療を受けたことも関連している可能性が考慮された.

三叉神経第一枝領域の帯状疱疹をアメナメビルでの治療後に,難治性の合併症を来した1例を経験した.脳神経領域,特に三叉神経領域に生じた帯状疱疹に対してはアメナメビルの使用には留意が必要である.

Notes

本報告の要旨は第155回日本神経学会東海北陸地方会(金沢)で発表した.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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