臨床神経学
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症例報告
両側軟口蓋麻痺が急速に進行したサイトメガロウイルス感染後のFisher症候群の1例
前田 優香里梅村 敏隆金子 雄紀松本 慎二郎上條 美樹子亀山 隆
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2021 年 61 巻 5 号 p. 305-309

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要旨

症例は35歳男性.下痢,感冒症状後に開鼻声,鼻咽腔逆流,複視,歩行時ふらつきが急速に進行した.神経学的には両側軟口蓋麻痺,両側眼球運動障害,四肢腱反射亢進,四肢末梢の表在感覚障害,体幹と四肢の振動覚低下,体幹失調を認めた.入院時のIgM-CMV抗体が陽性であった.免疫グロブリン静注療法施行後,軟口蓋麻痺と体幹失調は著明に改善した.抗GT1a抗体に加え,抗GalNAc-GD1a抗体,抗GM2抗体が陽性となり,脳神経麻痺である軟口蓋麻痺を合併したと推察された.病態的にはFisher症候群とacute oropharyngeal palsyのoverlapと考えられ,両疾患の連続性が示唆された.

Abstract

A 35-year-old male developed sensory abnormality of peripheral limbs and oral cavity after prior infection with diarrhea and cold symptoms. Hyperrhinolalia, nasopharyngeal reflux, double vision, and wobbling in walking rapidly progressed. Neurological examination revealed palatoplegia, omnidirectional ophthalmoplegia, hyperreflexia, sensory disturbance of extremities, and truncal and limb ataxia due to decreased deep sensation. A peripheral nerve conduction study found a slight decrease in sensory nerve action potential of the median nerve and a decrease in F wave frequency of the median nerve. Serum IgM-CMV antibody was positive on admission. After IVIg therapy, palatoplegia and ataxia markedly improved. In this case, GalNAc-GD1a and GM2 antibodies, which are often detected after CMV infection, were positive in addition to the GT1a and GQ1b antibodies, and it was assumed that these findings were associated with the palatoplegia, which is included in cranial nerve palsy. Pathophysiologically, the present case is considered to be an overlap with acute oropharyngeal palsy (AOP), which is a rare subtype of Guillain-Barre syndrome, and Fisher syndrome (FS). The clinical aspects of the present case suggest a continuous spectrum between AOP and FS.

はじめに

Fisher症候群(FS)は外眼筋麻痺,運動失調,四肢腱反射消失を主徴とし,経過中に咽頭筋麻痺を認めることもあるが1,初発症状としての咽頭筋麻痺は稀とされている2.1996年にO’Learyらは口咽頭筋麻痺を主徴とし,四肢腱反射の減弱・消失を伴うが,外眼筋麻痺や眼瞼下垂を伴わず,四肢の筋力低下はめだたない3症例をacute oropharyngeal palsy(AOP)として報告した3.今回われわれは,開鼻声,鼻咽腔逆流で発症し,病初期にAOPの臨床像を呈したFSの症例を経験した.AOPとFSはそれぞれ血清抗ガングリオシド抗体であるIgG抗GT1a抗体,IgG抗GQ1b抗体との関連が考えられており,臨床像と自己抗体の両者における疾患スペクトラムの連続性が推測されているが,われわれが渉猟した限りではAOPとFSのoverlapした報告例はなく詳細は不明である.本症例は両者の連続性を示唆する貴重な症例と考えられたため文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:35歳 男性

主訴:水を飲むと鼻に抜ける,歩行時ふらつき

既往歴,家族歴,生活歴:特記事項なし.

現病歴:2018年9月上旬,下痢と感冒症状が出現したが,数日で自然軽快した.5日後より,頭重感,四肢末梢と口腔内のしびれ感を自覚した(第1病日).第3病日に話しにくさと開鼻声,飲水時の鼻咽腔逆流(鼻をつまめば飲水可能)を呈した.耳鼻咽喉科と神経内科を受診し,喉頭内視鏡検査で異常を認めず,神経学的所見で体幹部および四肢の振動覚低下を認めたが,四肢粗大筋力は保たれ後日受診となった.第5病日に複視と歩行時ふらつきが出現し,精査目的で入院となった.

一般身体所見:身長168.0 cm,体重76.0 kg,体温37.0°C,血圧148/99 mmHg,脈拍102/分 整,胸腹部異常なく,四肢に浮腫を認めず.

神経学的所見:意識は清明で見当識正常.瞳孔径は4.0 mm/4.0 mmで対光反射は両側遅延.両側の眼球に上転障害あり.注視眼振は認めず.顔面の筋力は正常で感覚障害はなし.両側軟口蓋は挙上不良で,開鼻声と鼻咽腔逆流を認めた.咽頭反射は正常,挺舌は可能で舌の運動障害は認めなかった.頸部および四肢の粗大筋力は正常で,腱反射は四肢で全般性に亢進していたが,Babinski徴候は認めなかった.四肢末梢で触覚と痛覚の軽度低下,胸骨・腸骨稜・四肢遠位部で振動覚が中等度低下していたが,位置覚は正常であった.Romberg徴候は陰性で,指鼻試験・踵膝試験で四肢の運動失調は認めず,片脚立ちで両側とも動揺あり,継ぎ足歩行は不安定であった.

入院時検査所見:血算,生化学で特に異常を認めなかった.自己抗体は抗核抗体320倍,抗SS-A <0.5 U/ml,抗SS-B 1.5 U/ml,髄液は無色透明,細胞数:5/μl(多形核球0%,単核球100%),蛋白28 mg/dl,糖62 mg/dlであった.培養検査で,咽頭培養ではHemophilus influenzae(3+),便培養ではCampylobacter jejuniは検出されなかった.後日,第5病日に提出した抗ガングリオシド抗体のIgG抗GQ1b抗体とIgG抗GT1a抗体が強陽性,IgM抗GM2抗体とIgM抗GalNAc-GD1a抗体が陽性と判明した(Table 1).血清サイトメガロウイルス抗体価はCMV-IgM 13.81(基準値:0.8未満)およびCMV-IgG 16.3(基準値:2.0未満)と上昇を認めた.入院時に施行した頭部MRIでは異常所見はなく,末梢神経伝導検査では正中神経の感覚神経活動電位振幅の軽度低下と正中神経のF波出現率の低下を認めた.

Table 1  Results of anti-ganglioside antibody of the present case.
IgM IgG IgG
Glycolipid + PA
GM1
GM2 0.318 (<0.1)
GM3
GD1a
GD1b
GD3
GT1b
GQ1b 0.715 (<0.1) 0.872 (<0.1)
Gal-C
GalNAc-GD1a 0.325 (<0.1)
GT1a 0.732 (<0.1) 1.162 (<0.1)
GD1a/GD1b

Results are displayed in the OD value based on the ELISA response. OD: optical dencity, PA: phosphatidic acid.

入院後経過:上気道および下痢の先行感染から約1週間後,四肢末梢と口腔内異常感覚に始まり,第3病日から両側軟口蓋麻痺が急速に進行し,その後外眼筋麻痺と体幹失調を認めたため,Guillain-Barrè症候群(GBS)またはFSのオーバーラップと考え,入院翌日(第7病日)から免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)0.4 g/kgを5日間施行した.軟口蓋麻痺は速やかに改善し,IVIg 1週間後には開鼻声と鼻咽腔逆流は認められなくなった.眼球運動障害は入院後から両側上転障害に両側外転障害が加わったが(Fig. 1),IVIg数日後から改善を認め,運動失調も徐々に改善した.この時期には四肢の腱反射は全般性に低下していた.第17病日には独歩可能となり,両側の眼球外転障害と体幹失調を残し第27病日に退院した(Fig. 2).その後は総合ビタミン剤の内服を継続し,発症約2か月後には眼球運動障害は完全に回復し,運動失調も改善した.同時期に施行した末梢神経伝導検査においては,正中神経の感覚神経活動電位振幅およびF波出現率の改善を認めた.

Fig. 1 External ophthalmoplegia.

Bilateral upturn and abduction were impaired on day 6. Fig. 1 is published with patient’s permission.

Fig. 2 Clinical course.

After treatment with IVIG, neurological symptoms remarkably improved. On day 27, he was discharged in ambulatory state.

考察

本症例の特異的な点は両側軟口蓋麻痺による開鼻声,鼻咽腔逆流が急速に進行した後,外眼筋麻痺,運動失調を主体とする神経症候が短期間で出現したことである.抗ガングリオシド抗体は抗GQ1b抗体より抗GT1a抗体がより高値であり,抗GalNAc-GD1a抗体や抗GM2抗体も陽性であった.

FSは外眼筋麻痺,運動失調,四肢腱反射消失を主徴とし,経過中に咽頭筋麻痺を認めることもある1.Berlitらは223例のFSにおいて全経過中に40%に咽頭筋麻痺を認めたと報告した4.しかし,FSにおいて咽頭筋麻痺を初発症状として認めた症例に関しては,Kogaら2が156例中2例のみで稀であったと報告している.AOPは1996年にO’Learyら3によって報告された,口咽頭筋麻痺を主徴とし,腱反射の減弱又は消失を伴うが,外眼筋麻痺や眼瞼下垂を伴わず,四肢筋力低下はめだたないGBSの亜型である.AOPは一般的に予後良好であり,数日から数カ月程度で自然軽快するとされているが,神経症状が急速に進行する例も報告されており,症状の変化には十分注意を要すると考えられる.岡崎ら5は開鼻声,嚥下障害が急速に進行したAOPを報告しており,経過中に体幹失調を認めたものの眼球運動障害や眼瞼下垂は認められなかった.また地村ら6は開鼻声,鼻咽腔逆流で発症したAOPを報告しているが,他の脳神経症状や運動失調は認めず,無治療で約1か月後に自然軽快した.一方,Pharyngeal-cervical-brachial weakness(PCB)は1986年にRopperら7により提唱されたGBSの亜型であり,亜急性に咽頭筋,頸部,上肢近位部の筋力低下をきたすが,下肢筋力は保たれ上肢の腱反射が低下あるいは消失するとされる.永島ら8は開鼻声,嚥下障害で発症し,経過中に頸部,上肢筋力低下,外眼筋麻痺が加わり,病初期にAOPの臨床像を示したPCB症例を報告している.FS,AOP,PCBは主徴となる神経症候の相違はあるものの連続した疾患スペクトラムである可能性が考えられるが,本症例では咽頭反射はほぼ保たれており,頸部および上肢の筋力低下は認められず,臨床像としてPCBではないと思われた.

抗ガングリオシド抗体は抗糖脂質抗体の一種であり,末梢神経の髄鞘を構成する糖脂質を標的とした抗体である.抗ガングリオシド抗体にはある程度の標的部位の局在性が示唆されており,GBSとその亜型は,検出される抗ガングリオシド抗体の種類と臨床像との間に相関があると指摘されている9.抗GQ1b抗体は外眼筋麻痺と強い関連性があるとされ,GBSの亜型であるFSでは血清IgG抗GQ1b抗体が90%以上の陽性率を示す9.一方,GT1a糖鎖抗原はヒト舌咽神経,迷走神経の糖脂質に存在しており10,咽頭,頸部,上肢近位部に抗原特異性が高い.PCBでは抗GT1a抗体価の上昇が認められ,抗GT1a抗体が咽頭筋麻痺の発症に関与していると考えられている11.O’Learyらの報告したAOPの3症例においても本症例と同様にIgG抗GT1a抗体,IgG抗GQ1b抗体が陽性となっており神経症候だけでなく,自己抗体の面からもAOPとFSの連続性が示唆される.本症例ではIgM-CMV抗体が陽性となり咽頭培養でH. influenzaeが検出された.Kogaら1213の報告によれば先行感染の頻度ではH. influenzaeがCMVより約2.5倍高く,眼球運動障害以外の脳神経麻痺は,H. influenzaeが先行感染と考えられたFSでは 13例中1例で稀であるのに対して,CMVが先行感染と考えられたFSでは6例中3例と半数に認められたとしている.さらに,球麻痺については,H.influenzae-related FSでは13例中1例のみであったが,CMV-related FSでは50%に認めている.本症例では急速に進行した軟口蓋麻痺が主症状となっており,より脳神経麻痺をきたしやすいCMVが発症により関与したと考える方が臨床症候との関連を説明しやすい.CMV感染後のGBSは臨床症候として顔面神経麻痺や球麻痺などの脳神経麻痺の合併頻度が高く,人工呼吸器の使用を要するなどの重症例が多いなどの特徴も報告されている14.GalNAc-GD1a抗原は局在・分布の特異性は乏しいが,抗GalNAc-GD1a抗体陽性例では脳神経麻痺の合併が比較的多いとされる15.またIgM抗GM2抗体はGBSにおけるCMVの先行感染,顔面神経麻痺との関連が示唆されているが16,本症例では顔面神経麻痺は認められなかった.本症例では抗GT1a抗体に加え,CMV感染後に検出されやすい抗GalNAc-GD1a抗体や抗GM2抗体が陽性となり,脳神経麻痺である軟口蓋麻痺を発症したと推察された.GalNAc-GD1a抗原が舌咽・迷走神経に抗原特異性が高いかどうかは症例集積による検討が必要である.本症例は病態的にはGBSの稀な亜型であるAOPとFSのoverlapと考えられ,両疾患が連続のスペクトラムであることが示唆された(Table 2).なお,本症例では,CMV感染後の急性炎症性脱髄性多発ニューロパチーで報告されているランビエ絞輪蛋白モエシン20に対する抗体については測定していない.

Table 2  Neurological signs in AOP, FS, and the present case.
#1AOP #2FS Present case
Ophthalmoplegia + +
Ataxia + +
Areflexia ± + +
Dysarthria + ± +
Dysphagia + + (approximately 30%) +
Palatoplegia + +
Hyperrhinolalia, Rhinopharyngeal regurgitation + +
Facial palsy + (approximately 30%)
Muscle weakness
Sensory abnormalities of extremities ± + (approximately 30%) +
Hypopallesthesia ± + (approximately 30%) +
Anti-ganglioside antibody GT1a, GQ1b GT1a, GQ1b GT1a, GQ1b

The clinical aspects of the present case suggested a continuous spectrum between AOP and FS. AOP: acute oropharyngeal palsy, FS: Fisher syndrome. #1 Summarized from 7 past cases (Ref. 3, 5, 6, 17, 18), #2 Mori, et al (Ref. 19).

Acknowledgments

謝辞:本症例の抗ガングリオシド抗体検査を施行していただきました近畿大学医学部神経内科楠進先生,山名正樹先生,吉川恵輔先生ならびに外来診療にご協力いただいた尾張温泉かにえ病院神経内科下野哲典先生に深謝いたします.

Notes

本論文の要旨は第154回日本神経学会東海北陸地方会(2019年6月15日)で発表した.(阿部優香里)

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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