臨床神経学
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症例報告
プリオン蛋白遺伝子のオクタペプチドリピート4回挿入を認めた遺伝性クロイツフェルト・ヤコブ病の1例
堂園 美香延原 康幸丸田 恭子岡本 裕嗣園田 至人髙嶋 博
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2021 年 61 巻 5 号 p. 314-318

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要旨

症例は男性,60歳から物忘れ,歩行障害,動作緩慢が出現,パーキンソン病や多系統萎縮症として近医加療受けていたが,軽度の意識障害も加わり入院となった.意識障害が1年の経過で悪化し無動無反応となった.臨床症状ではミオクローヌスはみられず,四肢の粗大な振戦の不随意運動があり,脳波で周期性同期性放電(periodic synchronous discharge)及び頭部MRI拡散強調画像で大脳皮質の高信号所見を認めなかった.プリオン蛋白遺伝子検査でオクタペプチドリピート(octapeptide repeat,以下OPRと略記)領域に4回の繰り返し挿入変異が確認され遺伝性クロイツフェルト・ヤコブ病と診断された.OPR挿入変異例は報告が少なく,その臨床症状,検査所見に多様性があり,診断には遺伝子検査が重要である.

Abstract

We report a case of a 60-year-old man who presented with symptoms of memory loss, gait disorder, and sluggish movement. We considered both Parkinson’s disease and multiple system atrophy as possible diagnoses and consequently hospitalized the patient owing to the worsening symptoms and the development of consciousness disorder. During the course of the disease, dementia, loss of consciousness, and movement disorders worsened rapidly within one year after admission, and the patient eventually developed mutism. The significant clinical characteristics of our case included no myoclonus and involuntary tremors in the extremities. There was no periodic synchronous discharge on electro­encephalography and cranial MRI with diffusion-weighted images showed no high-intensity findings in cortex. Prion protein genetic analysis identified four repeated insertional mutations in the octapeptide repeat (OPR) region, and the patient was diagnosed with inherited Creutzfeldt–Jakob disease. Cases of OPR insertional mutations are a few in Japan and occur in about 10% of population in Europe. Creutzfeldt–Jakob disease with OPR insertional mutation shows various clinical manifestations and atypical findings on electroencephalography and cranial MRI. Diagnosing for Creutzfeldt–Jakob disease with OPR insertional mutation is important in Prion protein genetic analysis.

はじめに

本邦におけるプリオン病のうち遺伝性プリオン病は19.9%と報告され,約30種類以上の遺伝子変異と欠失や挿入が知られている1.それらの遺伝子変異のなかでオクタペプチドリピート(octapeptide repeat,以下OPRと略記)領域の挿入変異の報告は,サーベイランス委員会による1999年から2017年までの集計1では3,185例中2例とまれであり,また臨床症状が多彩で,典型的な検査異常所見をしめさないこともあり診断に苦慮する場合がある2.今回,我々は60歳で発症し,ミオクローヌスを認めず,脳波での周期性同期性放電(periodic synchronous discharge,以下PSDと略記)の出現がなく,頭部MRIの拡散強調像(diffusion-weighted image,以下DWIと略記)で大脳皮質に特徴的な高信号所見のみられない発症後10年の経過で長期存命しているOPRが4回挿入された遺伝性クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt–Jakob disease,以下CJDと略記)の1例を経験したので報告する.

症例

症例:62歳男性

主訴:歩行障害,呼びかけへの反応の低下

既往歴:55歳時に腰部椎間板ヘルニア手術.

家族歴(Fig. 1):両親は血族結婚ではなく,父は認知症や運動機能障害の症状はみられず78歳で縦隔腫瘍にて逝去,母は30歳代で心疾患にて突然死している.父の同胞3名,母の同胞8名は,脳卒中,心疾患,呼吸器感染症,悪性腫瘍にて逝去されており,これら同胞と確認ができた範囲の彼らの子供らに患者と同様の病状を発症した血縁者はいない.患者の子供3名と患者の妹,弟とその子供らは現在健在である.

現病歴:X-2年頃から物忘れ,とぼとぼと歩くような歩行状態で動作が鈍くなり,仕事(ビニール加工工場作業員)に支障を来すようになり,その後退職した.親族の結婚式で誰とも言葉を交わさないことに家族が気づき,近医受診し小刻み歩行の症状からパーキンソン病の診断で加療開始された.レボドパ・ベンセラジド3錠,プラミペキソール4 mg,アマンタジン100 mg,ドロキシドパ600 mg,ドネペジル5 mgが使用された.しかし効果はなく日常生活動作に介助を要するようになったためX年4月他院を受診し,多系統萎縮症と診断されさらにレボドパ・ベンセラジド9錠,プラミペキソール4.5 mg,アマンタジン200 mg,ドロキドパ600 mgへ増量されたが症状の改善は得られなかった.3ヶ月後には,名前を呼んでも返答をしなくなったため当科へ入院精査となった.

入院時所見:身長168 cm,体重47.9 kg,体温37.2°C,血圧101/64 mmHg,脈拍60/分,室内気の血中酸素飽和度98%.一般身体所見で特記事項なし.

Fig. 1 Pedigree of the patient.

□, male; ○, female; /, deceased; ■, affected individual; 6 , six elder brothers; ③, three elder sisters; ↑, proband; I-5~10 and I-11~13, The birth order of elder siblings is unknown.

神経学的所見では,周囲への関心はなくぼんやりとし,動作指示に対しての反応が乏しい.声かけに対してうなずきをするが発語はない.時折発せられる言葉には構音障害を認めなかった.食事はゆっくりと自力で摂食可能だが軽度の嚥下障害がみられた.眼球運動はsaccadicで垂直方向に運動制限があった.体幹と四肢に筋固縮がみられ,歩行は小刻みで明らかな錐体外路症状を認め,体幹は後方へ突っ張った反り返り姿勢で易転倒性がみられた.四肢の腱反射は正常で病的反射は認めず,明らかな筋力低下はなかった.尿便失禁があり終日リハビリパンツを使用していた.

検査所見:血液検査で血算・一般生化学検査に異常はなかった.髄液一般検査・14-3-3蛋白・総タウ蛋白の測定は未施行.脳波はα波優位で,棘徐波およびPSDは認めなかった.頭部MRIではびまん性の萎縮を前頭葉側頭葉優位,小脳半球に認めたが,DWIで大脳皮質や視床,基底核に高信号所見は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 Cranial MRI.

At X, frontal and temporal lobe had atrophied. At X + 2, cerebral atrophy progressed and ventricles were enlarged. At X + 7, the brain stem, cerebellar peduncle, cerebellum and cerebrum significantly showed diffuse atrophy. Throughout the study, no high intensity findings were observed in the cerebral cortex on diffusion-weighted image (DWI). X year: admission; X + 2 year: status of akinetic mutism; X + 7: lasted year; FLAIR: fluid-attenuated inversion-recovery. A–C: DWI, D–H: FLAIR. TR/TE: A. 8,000 ms/130 ms, B. 3107 ms/87 ms/b 1,000 sec/mm2, C. 3,515 ms/87 ms/b 1,000 sec/mm2, D. 8,000 ms/120 ms, E. 1,000 ms/120 ms, F–H. 8,000 ms/120 ms.

入院後経過:入院後は,小刻み歩行や四肢の筋固縮があること,前医での抗パーキンソン病薬に対しての効果が乏しいことから多系統萎縮症の診断のもとリハビリテーション中心に加療をおこない,歩行や声かけに対しての反応には若干改善があったが,声かけをしなければ歩行器を掴んでじっと立ったままで歩き出すことをしなかった.不穏や易怒性はみられず,日中は自発的な発語や行動はなく,周囲からの声かけや介助がなければぼんやりと終日ベッド臥床で過ごしていた.

123I-MIBG心筋シンチグラフィーで心縦隔比は早期2.72(正常2.1~3.4),後期2.94(正常2.3~3.7)と異常を認めなかった.99mTc-ECD脳血流シンチグラフィーでは,両側前頭葉から頭頂葉にかけての集積低下を認めたが,後部帯状回と後頭葉の集積は保たれていた.経時的な頭部MRI所見では多系統萎縮症に特徴的な橋のHot cross bun signや,進行性核上性麻痺を伺わせる中脳被蓋部の萎縮所見はみられず,前頭側頭型認知症を疑う前頭側頭部の局所的な脳萎縮ではなくびまん性の皮質優位の萎縮が進行していたが,DWIで大脳皮質や視床,基底核の高信号所見の出現は認めなかった.臨床症状と画像検査からパーキンソン病類縁疾患は考えにくいため,前医から服用していた抗パーキンソン病薬は徐々に減量,中止しレボドパ・ベンセラジド1.5錠,ドロキシドパ300 mgとしたが,運動症状の悪化は生じなかった.これらから,パーキンソン病類縁疾患や前頭側頭型認知症,アルツハイマー病とは異なる疾患と考えた.

X + 1年頃から痙攣様の四肢の粗大な振戦・身震いのような不随意運動が生じ,その頃から意識レベル,嚥下機能,四肢運動機能全てが急速に悪化し完全臥床状態となった.不随意運動は,脳波ではてんかん波を認めず抗痙攣剤を使用しても抑制できず,しばらくすると自然と治まることが連日繰り返しみられていた.経鼻経管栄養となり,上肢は伸展位,下肢は屈曲位の肢位を呈し,関節拘縮が高度となった.

進行のはやい認知症状,意識障害および頭部MRIにてびまん性の脳萎縮の進行を認めたことからプリオン病を疑いプリオン蛋白遺伝子検査をおこない,OPR領域の4回挿入変異が判明し遺伝性プリオン病と診断した(Fig. 3).Codon129はMM型であった.プリオン蛋白遺伝子検査の同意を患者から得ることは困難だったため,疾患についての十分な説明を患者の妻と子供らにおこない検査の了解と同意を得た.この同意について当院の倫理委員会の承認を得ている.結果を妻と子供へ,プリオン病であること,血縁者に発症者がいないこととこれまでの報告から子供らの発症リスクは低いと思われることを説明した.その後,不随意運動は消失し,無動性無言症状態となったが,自発呼吸は安定していた.頭部MRIでは,大脳皮質の萎縮がびまん性に広がり,側脳室の拡大,小脳半球・脳幹部の萎縮も進行しているが,DWIの大脳皮質や視床,基底核に高信号所見は認めなかった(Fig. 2).X + 8年目に長崎大学へ依頼し測定した髄液中の総タウ蛋白657 pg/ml(異常値 >1,300 pg/ml),14-3-3蛋白 検出せず(異常値 半定量 >500 ug/ml),RT-QUIC法:陰性と異常を認めなかった.発症から10年を経過して現在も小康状態にある.

Fig. 3 Nucleotide and amino acid sequences.

A: Normal nucleotide and amino acid. B: Four repeat insertion was between the second and third R2, as indicated by the closed box. Underlined section shows a site of point mutation. R2a and R3g indicate a new amino acid sequence with a silent mutation.

考察

本症例は,経過中にミオクローヌスの出現がなく,脳波でPSDが確認できなかったこと,頭部MRIのDWIで大脳皮質の高信号所見が認められなかったことが臨床的な特徴で,プリオン蛋白遺伝子にOPRの4回挿入変異が確認された希少な症例である.

OPR領域の遺伝子はプリオン蛋白遺伝子のcodon51と91の間にあり,アミノ基末端側(N末端)に存在する.OPR配列は,一つの9個のアミノ酸配列(R1=PQGGGGWGQ)のあとに8個のアミノ酸繰り返しが4回反復(R2,R3,R4=PHGGGWGQ)し構成されている(R1-R2-R2-R3-R4)3)~5.本例はこのリピート領域に4回の挿入(R1-R2-R2a-R3-R3g-R2-R2-R3-R4)が認められた(Fig. 3).

臨床症状はOPR挿入回数が5回を境に分かれており,特に挿入回数が5回以上では挿入回数が多くなると発症年齢が若年化する逆相関がみられていることが特徴である67.これまでの報告では挿入回数が5回以上の長い例が多く,4回以下の報告は少ない.

挿入回数が1~4回の症例について,発症年齢は平均64.4歳,罹病期間は短い傾向にある8)~10.臨床症状は弧発性CJDに類似しており発症後急速進行し,認知症,ミオクローヌス,小脳症状を生じると報告されている411)~13.検査所見では,典型的な脳波所見陽性は48%,頭部MRI所見陽性36%,髄液14-3-3陽性は62%であった4.本症例の症状の特徴である四肢の粗大な振戦を伴う不随意運動が,他の4回挿入変異を伴う例でも報告されている.本例とは症候も挿入配列数も類似するが,挿入されたアミノ酸の配列は異なっている.この不随意運動について磯崎ら14は表面筋電図の検討から痙攣発作とは異なり全身の粗大な身震い(shivering)の発作性運動でdystonic tremor~myoclonic dystoniaと表現し,病状進行にともない脳内ドパミンあるいはセロトニンニューロンにおける機能異常に関連したのではないかと推測している14

一方,挿入回数が5回以上と多い症例では,発症年齢が平均37.9歳と若年化しており,罹病期間は長くなる5915.臨床症状は多彩な症状を呈しており一定ではない.易怒性,性格変化,行動異常などが強く現れる症例は,前頭側頭型認知症や統合失調症と診断され,進行性認知症がめだつ例はAlzheimer病と診断されることがある6716.また挿入回数が8回以上では症状がGSSに似た表現型であると報告されている.脳波・頭部MRIで診断に有用な所見が得られることが少ない4

本遺伝子変異の浸透率については,挿入回数が5回以上の症例では優性遺伝を示す報告71517もみられるが,4回以下の症例では家族歴がみられない報告が多いことから,挿入回数の少ない症例での浸透率は低い281318と考えられている.

本症例では,病初期の緩徐進行性の運動機能障害に注目していたため入院当初はパーキンソン病類縁疾患を検討していた.その後,不随意運動が出現し急速に進行する認知症状と運動機能障害,頭部MRIの脳萎縮の進行からプリオン病も検討した.しかしミオクローヌスの出現がなく,脳波でPSDが確認できなかったこと,頭部MRIのDWIで大脳皮質や視床,基底核に高信号所見がみられなかったためプリオン病の診断は困難であった.この時点までに髄液検査で14-3-3蛋白や異常型プリオン蛋白(RT-QUIC法)などを検討していなかったことは反省点である.そのため遺伝子検査を優先させた結果,OPR領域の4回挿入というまれな遺伝子変異と判明した.また,弧発型CJDが発症後1年程度で死亡することや,短い挿入変異を持つ23例の平均罹病期間が半年だった報告2,5例中4例の罹病期間が1年以内であった報告8や,さらに本症例の挿入配列とは異なるが同じ4回の挿入回数を持つ10例のうち5例が発症後約1年以内に死亡し,その他の罹病期間は3~7年間だった報告13と比べて,本症例が発症後10年も長期存命であることは特徴的といえ興味深い.

OPR挿入変異のプリオン病発症への関与については,OPRは生体機能に不可欠な二価銅イオンの結合部位でありこれは神経保護作用があり719,挿入変異により銅結合に対する特性の変化が生じ10,正常プリオン蛋白分子の構造変化が引き起こされることで,PrPscのI型,II型とは異なるプロテアーゼ抵抗性を持つ異常なプリオン蛋白が出現することがプリオン病の発症起因となり,さらにこの異常プリオン蛋白の種類の違いが発症の若年化や臨床症状の表現型を多彩なものにしている可能性を指摘されている411.本例の髄液RT-QUIC法が陰性だったことは,この異常プリオン蛋白の種類の違いが影響している可能性も示唆され,OPR挿入変異症例に特徴的な結果なのか興味深く,今後の検討が必要である.

急速進行型の典型例では臨床症状で比較的診断は容易であるが,緩徐進行例で脳波・MRIの異常所見が少ない場合には,診断が困難となる.本例のようにCJDに特異的な検査結果が得られない症例も存在しており,アルツハイマー病などに比し,進行のはやい認知症・精神症状や運動機能障害を呈する症例では,プリオン蛋白遺伝子の検査を積極的に実施することが大切である.

Acknowledgments

謝辞:当院の元主治医有里敬代先生へ深謝します.

プリオン蛋白遺伝子を解析いただいた鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経病学講座脳神経内科・老年病学講座の吉村明子さんへ深謝します.

髄液総タウ蛋白,14-3-3蛋白,RT-QUIC法を測定いただいた長崎大学医歯薬総合研究科医療科学専攻保健科学分野(脳神経内科学専攻)佐藤克也先生へ深謝します.

Notes

本報告の趣旨は,第225回日本神経学会九州地方会にて発表しました.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2021 日本神経学会
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