臨床神経学
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短報
Dipeptidyl peptidase(DPP)-4阻害薬の関与が疑われた首下がり症候群の1例
大田 貴弘吉田 亘佑鈴木 康博黒田 健司木村 隆
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2021 年 61 巻 5 号 p. 329-331

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要旨

薬剤性の首下がりの原因にはDipeptidyl peptidase(DPP)-4阻害薬が含まれるが実際の報告は少なく,またMRI所見の経時的変化を示した報告はない.症例は63歳男性.2019年2月からシタグリプチン50 mg/日内服が開始された.2020年1月中旬から首下がりが出現し4月上旬に精査入院された.頸部伸展筋の筋力低下(MMT 3)を認め,MRIで後頸部筋群にSTIR高信号を認めた.シタグリプチンの関与を疑い入院後中止とし,入院10日目には姿勢は正中位に改善した.中止1か月後のMRIでは後頸部筋群のSTIR高信号は淡くなっていた.DPP-4阻害薬開始後に首下がりを生じた場合は,同薬の関与を疑い内服中止を検討すべきである.

Abstract

There have been a few reports on Dipeptidyl peptidase (DPP)-4 inhibitor-induced dropped head syndrome. However, there has been no known report on temporal changes in MRI findings. The patient described here was a 63-year-old man who was prescribed oral sitagliptin (50 mg/day) in February 2019. He experienced a dropped head from mid-January 2020, and in early April that year, he was admitted to our hospital for further evaluation. Weakness of the cervical extensor muscles (MMT 3) was noted, and MRI findings showed that the posterior cervical muscle group was hyperintense on short inversion time inversion recovery (STIR). We suspected sitagliptin to be the cause of his dropped head and discontinued it. On the 10th day of admission, his posture improved to the median position. One month after discontinuation of sitagliptin, MRI findings showed an improvement in the STIR hyperintensity of the posterior cervical muscle. In conclusion, if the initiation of a DPP-4 inhibitor results in dropped head syndrome, discontinuation of the drug should be considered.

はじめに

薬剤性の首下がり症候群の原因にはDipeptidyl peptidase(DPP)-4阻害薬が含まれる1が実際の報告は少なく,またMRI所見の経時的変化を示した報告はない.今回DPP-4阻害薬の関与が疑われ,MRI所見の経過を追えた首下がり症候群を経験したため報告する.

症例

症例:63歳男性

主訴:首下がり

既往歴:糖尿病,高血圧症,脂質異常症.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2019年2月から糖尿病に対しシタグリプチン50 mg/日内服が開始された.12月中旬から後頸部痛,2020年1月中旬から首下がりが出現し4月上旬に精査入院された.

入院時現症:身長158 cm,体重61 kgで最近の体重減少はなかった.体温36.0°C.皮疹なし.脳神経に異常なし.筋把握痛はなく,頸部の屈曲筋の異常収縮は認めなかったが,頸部伸展筋の筋力低下(MMT 3)を認めた.四肢の筋力低下はなかった.感覚は正常で,四肢腱反射は正常であった.頸部は前屈位であった(Fig. 1A).

Fig. 1 Comparison of the degree of dropped head.

(A) On admission. (B) 10 days after discontinuation of DPP-4 inhibitor. The dropped head has improved. Fig. 1 is published with patient’s permission.

検査所見:血算は正常であった.CK 146 U/lと正常だったが,アルドラーゼ14.7 U/lと上昇していた.空腹時血糖144 mg/dl,HbA1c 7.5%.炎症反応は陰性で,甲状腺機能は正常,抗核抗体40倍未満,抗SS-A抗体・抗ARS抗体・抗ミトコンドリアM2抗体・抗アセチルコリンレセプター抗体はいずれも陰性であった.乳酸・ピルビン酸値は正常であった.

頸部MRIでは,後頸部筋群(僧帽筋,頭半棘筋,頭板状筋)にshort inversion time inversion recovery(STIR)高信号を認めた(Fig. 2A).四肢MRIでは異常信号は認めなかった.針筋電図(左上部僧帽筋・頭板状筋・上腕二頭筋・前脛骨筋で施行)ではいずれの筋でも安静時自発放電は認めなかった.弱収縮では運動単位電位の振幅・持続時間は正常で,最大収縮では早期動員は明らかではなく,干渉は良好であった.反復刺激試験(両側僧帽筋で施行)では有意なCMAPの減衰はなかった.

Fig. 2 Time course of MRI findings before and after discontinuing Dipeptidyl peptidase (DPP)-4 inhibitor.

Axial short inversion time inversion recovery (STIR) cervical MRI. (A) Before discontinuation of DPP-4 inhibitor. (B) One month after discontinuation of DPP-4 inhibitor. The STIR hyperintensity of the posterior cervical muscle group (trapezius muscle, semispinalis capitis muscle, splenius capitis muscle) (▲) has improved.

経過:首下がり症候群の原因は頸部伸筋群に限局するミオパチーと考えた.発症前にシタグリプチンの内服が開始されており,薬剤性の関与を疑い入院後に同薬を中止としたところ,入院5日目頃から首下がりは徐々に改善傾向となり,入院10日目には姿勢は正中位に改善した(Fig. 1B).中止1か月後の採血ではアルドラーゼ11.7 U/lと改善傾向となり,頸部MRIでは後頸部筋群のSTIR高信号は淡くなっていた(Fig. 2B).

考察

首下がり症候群にDPP-4阻害薬が関与し得ることと,内服中止により臨床所見・MRI所見ともに改善傾向を示すことが示唆された.DPP-4阻害薬の関与が疑われた首下がり症候群の報告は過去に1例あり2,ビルダグリプチン100 mg/日開始6か月後に首下がりを生じ,採血で高CK血症,MRIで後頸部筋群にT2高信号を認め,中止3週間後に姿勢は改善した.本例と同様に,病態としては頸部伸筋群に限局するミオパチーが疑われた.針筋電図で運動単位電位の振幅低下や,早期動員を認めなかった点も本例と同様であった.この理由について言及はなされていないが,可逆的な経過からは,運動単位電位の変化を及ぼすほどには筋変性が進行せず,有意な線維密度の減少に至らなかったと解釈することができるかもしれない.頸部伸筋群に限局したミオパチーであるisolated neck extensor myopathy(INEM)では,MRI T2強調像で頸部伸筋群に非特異的なびまん性浮腫を認めることが報告されている3.頸部伸筋群のミオパチーを呈した本例でも同様の所見がみられ,内服中止により,臨床所見に加えMRI所見も短期間で改善傾向を示した.可逆的な変化であることが画像所見からも示唆され,このことからも,筋変性がそれほど進行していなかったことが疑われた.

本例・既報告ともに筋生検は行われておらず,病理学的検討はなされていないが,DPP-4阻害薬と炎症の関連としては,DPP-4の前駆蛋白は全身諸臓器やT細胞の細胞膜上にCD26として発現しており,阻害されるとTh1/Th2比がTh1優位となり,炎症が惹起されるという報告がある4.またDPP-4阻害薬と多発関節炎の関連は多く報告されており,DPP-4阻害薬がStromal cell derived factor-1,Matrix metalloproteinase-1/3といった炎症性サイトカインを活性化する機序などが推察されている5.DPP-4阻害薬が頸部伸展筋に親和性の高い,何らかの炎症性サイトカインを活性化させることでミオパチーを惹起する仮説は可能性としては考えられる.

経口血糖降下薬の中でDPP-4阻害薬が選択される頻度は高い6が首下がり症候群の報告は少なく,DPP-4阻害薬内服中に首下がり症候群を発症した場合であっても,関連性が疑われずにINEMなどの特発性の限局性ミオパチーとして管理される例もあることが推察される.DPP-4阻害薬開始後に首下がりを生じた場合は,同薬の関与を疑い内服中止を検討すべきである.

Notes

本報告の要旨は,第106回日本神経学会北海道地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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