臨床神経学
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原著
筋萎縮性側索硬化症における新たな緩和ケアスケールの提唱と苦痛症状の解析
清水 俊夫清水 尚子小野崎 香苗新井 玉南木村 英紀森島 亮木田 耕太早乙女 貴子佐藤 新中山 優季高橋 一司
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2021 年 61 巻 6 号 p. 361-367

詳細
要旨

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis,以下ALSと略記)患者の終末期の苦痛を評価するため,新たなALS緩和ケアスケールを提唱した.ALS患者31例に対し,13の自覚症状をスコア化した(0~5点).各スコアの平均は,呼吸苦2.5,疼痛2.4,身の置き所のなさ2.4,口渇3.0,灼熱感2.0,むせ・痰がらみ2.0,嘔気0.4,便秘1.5,不眠2.5,不安3.5,寂しさ2.4,いらいら感2.1,思いの伝わらなさ2.3であった.主成分分析では第1主成分負荷量が>0.7を示したものは呼吸苦,身の置き所のなさ,口渇,不安,寂しさ,いらいら感であり,ALSに特徴的であると考えられた.本スケールによる緩和ケアの有効性の検証が期待される.

Abstract

Objective: We proposed a novel palliative care scale (Amyotrophic Lateral Sclerosis Palliative Care Scale: ALSPCS) for patients with ALS, and analyzed the suffering reported by patients. Methods: Thirty-one patients participated in the study. The ALSPCS has 15 items to evaluate physical and psychological suffering; patients scored their subjective suffering on a scale of 0–5 for each item. This study analyzed 13 of 15 items. Results: The mean scores obtained from the patients were as follows: ‘dyspnea’, 2.5; ‘pain’, 2.4; ‘restlessness’, 2.4; ‘thirst’, 3.0; ‘burning sensation’, 2.0; ‘choking’, 2.0; ‘nausea’, 0.4; ‘constipation’, 1.5; ‘insomnia’, 2.5; ‘anxiety’, 3.5; ‘loneliness’, 2.4; ‘irritation’, 2.1; and ‘communication difficulty’, 2.3. Multiple correlation analysis using Spearman’s rank correlation coefficient showed significant correlations of dyspnea with restlessness, thirst, burning sensation and anxiety; of restlessness with dyspnea, thirst, loneliness and irritation; and of anxiety with dyspnea, thirst and loneliness (P < 0.0038 after Bonferroni’s correction). In the principal component analysis, every item showed a positive loading value in the first principal component. Dyspnea, restlessness, thirst, anxiety, loneliness and irritation had loading values >0.7; thus, these symptoms might be the main features in ALS patients. The total scores or each ALSPCS score showed no significant association with post-assessment survival period. Conclusion: This study, using ALSPCS, showed that the subjective suffering of ALS patients was variable and strongly correlated with each other. Appropriate and comprehensive assessment of physical and psychological affliction with ALSPCS could be potentially useful in verifying the effectiveness of palliative care for end-of-life stage ALS patients in the future.

はじめに

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis,以下ALSと略記)は,上位・下位運動ニューロンが進行的に障害され,呼吸筋麻痺にて死亡する難治性疾患である.現時点で根本的な治療がなく,診断の時点から始まる医療は緩和ケアとしてとられえられ,患者の「生活の質(quality of life,以下QOLと略記)」の維持,向上を目指して行われる12.日本人ALSの場合,発症からの生存期間の中央値は4年とされているが3,2年未満の症例も多く,治療や様々な処置は,急速に進行する病状を予測しながら対応していく必要がある.

ALSの終末期にはALS特有の症状が出現する.がんの終末期と異なり,激しい疼痛の頻度が少ない一方,運動障害,嚥下障害,呼吸筋麻痺,コミュニケーション障害,不安感や大脳辺縁系に関連した精神症状など,ALS患者の苦痛は多岐に渡っている.臨床ではそれらの症状の一つ一つに対して介入していく必要があるが,ALS患者の自覚的な苦痛の評価スケールはなく,介入が適切であるのかどうかの検証は十分されてきていない.また,本邦では2011年にようやく強オピオイドの使用がALSで認められ,日本神経学会の「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013」でもその使用が推奨されたが4,その効果に関するエビデンスは世界的にも乏しい.未だにオピオイドが死期を早めるという誤解が医師の間にもあり,オピオイドの普及も十分ではなく,ALSの終末期緩和ケアが確立されたとは言えない状況が続いている.

本研究の目的は,ALSの緩和ケアの有効性についてのエビデンス構築の第一歩として,独自に開発したALS緩和ケアスケール(ALS Palliative Care Scale,以下ALSPCSと略記)を提唱し,それを用いてALS患者の苦痛の特徴を解析し,また個々の苦痛症状の相互関連を明らかにすることである.

対象・方法

1. 対象

東京都立神経病院にて2017年10月~2019年9月に入院し,主治医から緩和ケアチーム(palliative care team,以下PCTと略記)による回診の依頼のあった延べ52例の患者のうち,ALS以外の疾患患者,気管切開下人工呼吸療法を受けている患者,複数回入院をした重複例,後述するALSPCSにおける回答項目がゼロの患者を除外した31例の孤発性ALS患者を対象とした.PCTへの依頼はあくまでも主治医および病棟看護師の判断とし,本研究期間中はPCTからの回診要請は行わなかった.31例は,全例改訂Awaji診断基準のclinically definite,clinically probable,clinically probable-laboratory supported,clinically possible ALS基準を満たすか5,上位運動ニューロン徴候を欠く進行性の筋萎縮を示すprogressive muscular atrophyに分類される症例である6.31例中18例は非侵襲的呼吸療法(noninvasive ventilation,以下NIVと略記)を受けていた.回診は1症例に対して入院中に複数回行っているが,初回評価時のみを調査対象とした.症例の内訳はTable 1に示す.全例yes/noレベル以上のコミュニケーションが可能な症例であり,今回の対象患者には臨床上明らかな認知症患者は含まれていなかった.

Table 1  Clinical characteristics of 31 patients with ALS.
No. mean ± SD
Sex (male:female) 12:19
Onset region (bulbar:spinal) 7:24
Age at onset (years) 69.1 ± 7.9
Age at PCT round (years) 72.4 ± 7.6
Disease duration (years) 3.4 ± 2.7
Use of noninvasive ventilation (n, (%)) 18 (58.1)
Use of gastric tube (n, (%)) 20 (64.5)
BMI (kg/m2) 18.7 ± 3.2
FVC (%, n = 18) 43.2 ± 17.1
PCO2 (mmHg, n = 29) 52.7 ± 17.6
Serum albumin (g/dl, n = 30) 3.7 ± 0.4
Duration from onset to the endpoint (years, n = 16) 2.8 ± 1.7
Duration from PCT rounds to the endpoint (day, n = 16) 98 ± 131

ALS: amyotrophic lateral sclerosis, BMI: body mass index, FVC: forced vital capacity, PCO2: arterial carbon dioxide pressure, PCT: palliative care team.

2. 方法

2017年に当院PCTにより作成したALSPCSを用いて患者の自覚的な苦痛症状を評価した(Table 2).ALSPCSの各項目の設定は,我々の臨床経験に加え,ガイドライン・教科書の記載内容や文献から,ALSの代表的苦痛を抽出する形で作成した7)~11.ALSPCSは,現在15項目で運用しているが,項目10「流涎」と11「疲労感」については2020年6月から評価しているため,本研究ではそれ以外の13項目を対象とした.13項目の内訳は,呼吸苦を始めとした身体的苦痛に関する9項目(項目1~9),精神的苦痛に関する3項目(項目12~14),およびコミュニケーション障害に関する1項目(項目15)である.なお各項目を患者に説明する際に用いる文言例はTable 2のとおりである.全例回診前に評価シートを患者に配布し,あくまで自覚症状に基いて各項目について患者自身にスコア化してもらった.患者自身がスコア化しない項目については空欄のままとし,欠損データとして処理した.スコアは0~5点の6段階評価とし,項目1~14についてはWong-Baker FACES® Pain Rating Scale12を参考にし,以下のように設定した.

Table 2  ALS Palliative Care Scale assessed by patient-reported suffering.
Physical sufferings (English) (Japanese) Score of patient-reported suffering Explanations to patients in Japanese
1. Dyspnea 呼吸苦 0 1 2 3 4 5 (息切れがする,呼吸がしずらい,動くと息苦しい)
2. Pain 疼痛 0 1 2 3 4 5 (痛い,関節が痛い,皮膚が痛い,筋肉がつって痛い)
3. Restlessness 見の置き所のなさ 0 1 2 3 4 5 (じっとしていられない,体の位置が決まらない.むずむずする)
4. Thirst 口渇 0 1 2 3 4 5 (喉が渇く,口が渇く,冷たい水がほしい)
5. Burning sensation 灼熱感 0 1 2 3 4 5 (体が熱い,頭が熱くなる,冷たい空気を入れてほしい)
6. Choking むせ・痰がらみ 0 1 2 3 4 5 (唾液や痰がのどにからんで苦しい,むせる,咳がとまらない)
7. Nause 嘔気 0 1 2 3 4 5 (吐き気がする,気持ち悪い)
8. Constipation 便秘 0 1 2 3 4 5 (便が出ない,お腹が張って苦しい)
9. Insomnia 不眠 0 1 2 3 4 5 (眠れない,何度も眼が覚める,朝早く起きてしまう)
10. Drooling* 流涎 0 1 2 3 4 5 (唾液が口から漏れてしまう,よだれが出る)
11. Fatigue* 疲労感 0 1 2 3 4 5 (体がだるい,疲れやすい)
Psychological sufferings (English) (Japanese)
12. Anxiety 不安 0 1 2 3 4 5 (これからが不安である,気持ちがふさぐ,心配事がある)
13. Loneliness 寂しさ 0 1 2 3 4 5 (寂しい,一人でいるのがつらい,誰もわかってくれない)
14. Irritation いらいら感 0 1 2 3 4 5 (いらいらする,気持ちが落ち着かない,人を責めたくなる)
15. Communication difficulty 思いの伝わらなさ 0 1 2 3 4 5 (自分の考えが相手に伝わらない,理解してもらえない)

*‘Drooling’ and ‘fatigue’ were added in the scale in June 2020, and were not investigated in the present study. ALS: amyotrophic lateral sclerosis.

0:症状はまったくない.

1:わずかに症状がある.

2:それよりも少しだけ症状がある.

3:中等度に症状がある.

4:かなり症状が強い.

5:想像できる最も強い症状がある.

項目15の「思いの伝わりにくさ」については,以下に示す6段階評価を用いた.

0:すべて伝わる.

1:ほとんど伝わる.

2:少し伝えられないことがある.

3:半分くらいしか伝わらない.

4:ほとんど伝わらない.

5:まったく伝わらない.

ただし,患者にはWong-Baker顔面スケールの図は提示せず,スケールの内容については文章または口頭で提示した.PCT回診時には,このALSPCSを用い,スコアが悪い項目を重点的に評価し,主治医やスタッフへの助言を行った.なお,回診前にはALSPCS以外の苦痛症状,呼吸状態,栄養状態,嚥下機能,リハビリテーションの施行状況,臨床心理士からの情報,血液データや呼吸機能検査データなどを収集し,患者状況の把握に務めた.

解析は,まず31例全例における各項目スコアの平均値と標準偏差(SD)を算出し,どの症状が最も強く認められるかを検討した.次に,Spearman順位相関係数を用いて多変量相関を行い,13項目のうちすべての2項目間の相関解析をした.この際Bonferroni補正を行い,P < 0.0038を統計学的有意とした.またALS患者の苦痛を総合的に評価し,かつどの項目が苦痛の主要素となるかを検討するために,主成分分析を行った.主成分分析には,相関係数行列を用い,第1主成分から第4主成分までを求め,それぞれの固有値(eigenvalue),寄与率(proportion),累積寄与率(cumulative),Bartlett検定によるP値,および各主成分分析における各項目の主成分負荷量(loading)を求めた.

最後にALSPCSのスコアと性別,発症年齢,発症部位,評価時までの罹病期間,評価時年齢との関連を検討した(Mann-Whitney U test,Spearman順位相関係数).また,ALSPCSの各スコアと生命予後との関連も検討した.エンドポイントを死亡もしくは気管切開とし,PCT回診日からのエンドポイントまでの期間とスコアとの関連をCox比例ハザードモデルによる単変量解析にて検討した.調査終了日を2020年3月31日とし,生存例および追跡中止例は打ち切り例とした.

検定はすべて両側検定とし,多変量相関解析以外は,P < 0.05を有意とした.統計解析ソフトウェアはJMP 13.0 for Macintosh(SAS Institute Inc. Cary, North Carolina, USA)を使用した.

本研究は東京都立神経病院倫理委員会の承認を得て行われた(承認番号TS-R02-012,2020年5月30日承認).また対象患者全例においてPCT回診を受けることに関して口頭での同意を得た.本研究そのものに対する同意は,当院ホームページ上での「オプトアウト」の機会提示によって行われた.

結果

ALSPCSの合計は,24.2 ± 13.1(平均 ± SD)であり,全13項目を回答した19名の患者における合計は27.8 ± 13.7だった.観察期間中にエンドポイント(死亡もしくは気管切開)に至ったものは16例であった(Table 1).

ALSPCSの各項目別のスコアの平均をFig. 1に示した.灼熱感,嘔気,便秘以外はいずれも平均で2を超えており,ALS患者の苦痛症状は多岐にわたっていた.平均値が2.5を超える項目は,身体症状としては呼吸苦,口渇,不眠,精神症状としては不安であった.

Fig. 1 Mean values and standard deviations of each item of the Amyotrophic Lateral Sclerosis Palliative Care Scale (ALSPCS) in 31 patients with ALS.

多変量相関解析の結果をTable 3に示す.呼吸苦が他の5項目(身の置き所のなさ,口渇,灼熱感,嘔気,不安)と,身の置き所のなさが他の4項目(呼吸苦,口渇,寂しさ,いらいら感)と,口渇が他の3項目(呼吸苦,身の置き所のなさ,不安)と,不安が他の3項目(呼吸苦,口渇,寂しさ)と,寂しさが他の3項目(身の置き所のなさ,不安,いらいら感)と,いらいら感が他の2項目(身の置き所のなさ,寂しさ)と有意な相関(P < 0.0038)を示した.

Table 3  Multiple correlation analysis with Spearman’s rank correlation coefficient between each score of the ALSPCS.
Dyspnea Pain Restlessness Thirst Burning sensation Choking Nausea Constipation Insomnia Anxiety Loneliness Irritation Communication difficulty
Dyspnea rs 0.2050 0.6667 0.7553 0.6079 0.1259 0.6236 0.3607 0.1494 0.6113 0.5492 0.4400 0.0769
P 0.3366 0.0002 <0.0001 0.0016 0.5399 0.0025 0.0991 0.4964 0.0009 0.0066 0.0277 0.7088
Pain 0.2050 0.1986 0.0855 −0.0500 0.4183 0.2304 0.5280 0.3141 0.0496 −0.0780 0.2041 0.5583
0.3366 0.3522 0.7052 0.8167 0.0420 0.3150 0.0139 0.1444 0.8181 0.7236 0.3502 0.0056
Restlessness 0.6667 0.1986 0.7319 0.4399 0.2076 0.2334 0.2255 0.1653 0.5431 0.7849 0.7374 −0.2341
0.0002 0.3522 <0.0001 0.0278 0.3304 0.3087 0.3130 0.4509 0.0041 <0.0001 <0.0001 0.2601
Thirst 0.7553 0.0855 0.7319 0.2328 0.2051 0.3769 0.0515 0.2579 0.6036 0.6252 0.5288 −0.1691
<0.0001 0.7052 <0.0001 0.2851 0.3478 0.1014 0.8291 0.2590 0.0023 0.0024 0.0095 0.4405
Burning sensation 0.6079 −0.0500 0.4399 0.2328 0.5258 0.1497 0.2758 0.6483 0.1894 0.0182 0.0478 0.7380
0.0016 0.8167 0.0278 0.2851 −0.1362 0.3257 0.2430 −0.1005 0.2714 0.4880 0.4080 0.0720
Choking 0.1259 0.4183 0.2076 0.2051 0.5258 0.2839 0.0383 0.1295 0.8890 0.8109 0.2289 0.1402
0.5399 0.0420 0.3304 0.3478 −0.1362 0.2452 0.4442 0.3183 0.0301 0.0528 0.2551 0.3035
Nausea 0.6236 0.2304 0.2334 0.3769 0.1497 0.2839 0.3110 0.0710 0.2730 0.1108 0.0667 0.1296
0.0025 0.3150 0.3087 0.1014 0.3257 0.2452 0.1820 0.7598 0.2312 0.6325 0.7738 0.5756
Constipation 0.3607 0.5280 0.2255 0.0515 0.2758 0.0383 0.3110 0.3140 0.3109 0.1866 0.1143 0.6389
0.0991 0.0139 0.3130 0.8291 0.2430 0.4442 0.1820 0.1657 0.1591 0.4180 0.6124 0.0010
Insomnia 0.1494 0.3141 0.1653 0.2579 0.6483 0.1295 0.0710 0.3140 0.2929 0.1908 0.1926 0.0856
0.4964 0.1444 0.4509 0.2590 −0.1005 0.3183 0.7598 0.1657 0.1750 0.3831 0.3786 0.6978
Anxiety 0.6113 0.0496 0.5431 0.6036 0.1894 0.8890 0.2730 0.3109 0.2929 0.6744 0.5408 −0.0334
0.0009 0.8181 0.0041 0.0023 0.2714 0.0301 0.2312 0.1591 0.1750 0.0004 0.0052 0.8739
Loneliness 0.5492 −0.0780 0.7849 0.6252 0.0182 0.8109 0.1108 0.1866 0.1908 0.6744 0.6571 −0.2902
0.0066 0.7236 <0.0001 0.0024 0.4880 0.0528 0.6325 0.4180 0.3831 0.0004 0.0007 0.1792
Irritation 0.4400 0.2041 0.7374 0.5288 0.0478 0.2289 0.0667 0.1143 0.1926 0.5408 0.6571 0.0353
0.0277 0.3502 <0.0001 0.0095 0.4080 0.2551 0.7738 0.6124 0.3786 0.0052 0.0007 0.8640
Communication difficulty 0.0769 0.5583 −0.2341 −0.1691 0.7380 0.1402 0.1296 0.6389 0.0856 −0.0334 −0.2902 0.0353
0.7088 0.0056 0.2601 0.4405 0.0720 0.3035 0.5756 0.0010 0.6978 0.8739 0.1792 0.8640

Upper and lower tracec indicate rs value and P-value, respectivdly. Bold letters indicate statistically significant correlations after Bonferroni's correction (P < 0.0038).

主成分分析の結果をTable 4に示す.第1主成分(principle component(PC)1)の固有値は5.0231で高い値ではなかったが,第4主成分(PC4)で累積寄与率が70%を超えた.Bartlett検定はPC4までいずれも有意であった.主成分負荷量は,第1主成分においては,呼吸苦,身の置き所のなさ,口渇,不安,寂しさ,いらいら感が0.7以上の高い値を示した.一方第2主成分において0.7以上の示したものは,第1主成分でそれぞれ0.3217,0.1143と低い負荷量だった疼痛と思いの伝わりにくさのみであった.Fig. 2は第1主成分と第2主成分における負荷量プロットを示すが,第1主成分ではすべての項目が正の値を示した.第1主成分で最も負荷量の大きい項目(呼吸苦,身の置き所のなさ,口渇,不安,寂しさ,いらいら感)は,第2主成分では負の値を示し,疼痛と思いの伝わりにくさが高い正の値を示していた.

Table 4  Principal component analysis of the ALSPCS score.
PC1 PC2 PC3 PC4
Eigenvalue 5.0231 2.4547 1.2869 1.0229
Proportion 38.6% 18.9% 9.9% 7.9%
Cumulative 38.6% 57.5% 67.4% 75.3%
P-Value <0.0001 <0.0001 <0.0001 <0.0001
Loading
  Dyspnea 0.8433 −0.0167 −0.2233 −0.2936
  Pain 0.3217 0.7174 0.1731 0.2097
  Restlessness 0.8158 −0.2429 0.1483 0.2004
  Thirst 0.7514 −0.2556 0.2893 −0.1839
  Burning sensation 0.6467 −0.1816 −0.6329 0.0464
  Choking 0.3793 0.5736 0.3616 0.0154
  Nausea 0.5580 0.2615 −0.2523 −0.6284
  Constipation 0.5610 0.6273 −0.2495 0.0718
  Insomnia 0.3934 0.2744 0.5804 −0.2813
  Anxiety 0.7166 −0.2095 0.1215 0.0411
  Lonliness 0.7613 −0.4694 0.0141 0.1611
  Irritation 0.7276 −0.1588 0.0751 0.4925
  Communication difficulty 0.1143 0.7917 −0.2945 0.2588

PC1 to PC4: 1st to 4th principle components. Bold letters indicate high loading values larger than 0.7.

Fig. 2 Loading plot graph of the principal components 1 (PC1) and 2 (PC2) used in the principal component analysis.

Percentages for PC1 and PC2 in the X and Y axes indicate the proportion of each principal component.

性別,発症年齢,発症部位,評価時までの罹病期間,評価時年齢と,ALSPCSの総得点および各スコアには有意な関連がなかった.Cox単変量解析による生存期間の解析では,ALSPCSの総得点および各スコアは,いずれもPCT回診時からの生存期間とは有意な関連を示さなかった(総得点の単位リスク比1.03,95%信頼区間0.99~1.06,P = 0.1117).

考察

本研究の結果をまとめると,第一に,ALS患者の苦痛は多岐にわたっていることである.灼熱感,嘔気,便秘以外の10項目で2以上のスコアを示した.また,そのなかでも呼吸苦,身の置き所のなさ,口渇,不安はスコアが高く,これらの症状がALSの代表的な苦痛症状と言える.さらに主成分分析の結果からは,寂しさ,いらいら感などもALS患者においては強い症状であった.次に,相関解析の結果からそれぞれの症状は個別に出現するのではなく,互いに関連しあって出現していくことが示唆された.

臨床現場において,運動症状や嚥下障害,呼吸障害が急速に悪化するALS患者の苦痛を評価するスケールを作成するためには,以下のポイントが重要であると考えられる.第一に,あくまでも患者の主観的症状を評価の対象とすることである.ALSの機能評価,重症度評価,進行度評価のスケールは確立されたものがあるが1314,客観的な重症度や進行度が苦痛と相関するとは限らない.また苦痛の緩和を最終目標にするため,スコアは緩和ケアの介入によって変動するものでなければならない.本研究においてALSPCSが生命予後とは有意な関連を示さなかったことは,ALSPCSは疾患の進行とは独立したスケールであることを示している.次に,苦痛のただなかにある患者が短時間で簡便にできる必要がある.上肢の運動障害や構音障害,呼吸苦がある場合,記述式スケールは困難であり,文章の読解を要求する時間のかかるスケールも難しい.最低限のyes/noの意思伝達により短時間でチェックできるものが望ましい.そのため短い簡単な表現で各項目を表現し,かつ応答も0~5点を選ばせる方法をとった15.また,スケールはできるだけ苦痛全般を網羅的に扱う必要があるため,身体症状,精神症状,コミュニケーションの問題をスケールに入れ込む必要がある.以上の観点から,我々は項目数を15程度とし,短時間で簡便に,かつ繰り返し使えるスケールを作成した.スケールが簡便であることは医療スタッフの負担軽減にもつながる重要な要素でもある.

これまでにもALS患者の苦痛や症状を評価する試みは多数報告されているが,評価の対象症状が限定されているものが多く16)~18,苦痛の全体像をとらえられるようなスケールは報告されていない.また細かく時間のかかるものが多く,臨床応用には限界があり,普及には至っていない.我々の開発したALSPCSは容易に臨床応用が可能であり,実際我々はALS患者の入院時にはこのALSPCSはルーチンで使用し,定期的に看護師がベッドサイドで評価を行っている.また,オピオイド使用前後や,排痰ケアの前後,酸素導入の前後など,介入のたびに症状がどう変動するかも,このスケールを用いて評価している.

主成分分析の結果,第1主成分においてすべての項目が正の負荷量を示したことは,13項目は概ねALSの苦痛症状を満遍なく評価していることを示唆している.ただし,興味深いことに第2主成分においては第1主成分においては低負荷量だった「思いの伝わらなさ」と「疼痛」が最も強い負荷量を示した.このことは,この二つの症状は他の苦痛とは異なった種類のものであることを示唆している.実際,多変量相関解析でも,ALSの主要な苦痛症状はこの二つの症状とは有意な相関を示さなかった.関連していない苦痛は個別に介入する必要があり,コミュニケーション対策と疼痛対策は独自に進めていかなければならないと言える.

本研究の課題は,まず症例数が少ないことがあげられるが,今後さらに症例数を増やして評価する予定である.次にこのスケールが本当にALS患者の全苦痛を正しく表現しているかどうか,検者間や施設間での再現性はどうなのかなど,妥当性の検証をしていく必要がある.検者の誘導によりスコアが変動する可能性はある.ただ,評価対象はあくまでも患者の自覚症状であり,患者本人が評価することを考慮すると,検者間のばらつきは少ないと考える.また,今回症状をスコア化するにあたりWong-Baker FACESの顔面スケール10を参考にしたが,Wong-Bakerスケールは疼痛に特化したものであり,ほかの症状への転用は禁じられている.ALSの諸症状がこの疼痛スケールにおける評価基準に合致するのかどうか,また連続変数ではないスコアが本当に直線状の量的変化を表現するのかどうかは検証が必要である.しかしながらALSPCSにおいては顔面の図を患者に提示しておらず,我々はALSPCSがWong-Bakerスケールとは独立して使用可能であると考えている.次に,15項目のうち精神症状については3項目を組み入れたが,これで十分かどうかは今後再考の余地がある.不安,寂しさ,いらいら感だけでは表現できない「気分の落ち込み」「怒り」「喪失感」「絶望感」などと言った「うつ症状」や「不条理感」17などのスピリチュアルケアに関連する項目などは今後スコアに入れ込む必要があるかもしれない.最後に,ALSPCSとQOLとの関連は今後の検討課題である.QOLを規定するものは苦痛以外にも様々な要素があり,必ずしも両者が平行して変化するとは限らない19.ただ,患者が苦痛を訴えている時に優先されるのはQOL評価ではなく,苦痛評価とその治療であることは言を俟たない.

今後,このALSPCSを使ってALS患者の苦痛の全貌をさらに明らかにしていくことは,効果的な緩和ケアの確立に寄与することと思われる.とくに終末期緩和ケアという介入によりこのスケールがどう変化するかを調べることは,行っている終末期医療の妥当性を検証するために有用であろう.とくに強オピオイド2021や抗不安薬,抗うつ剤といった薬物療法,酸素療法,呼吸リハビリテーション,NIVなどの緩和医療がどう効果があるのか,このALSPCSを用いて検証し,新たなエビデンスの構築がなされていくことが期待される.

Acknowledgments

謝辞:東京都立神経病院緩和ケアチームのメンバー(本間武蔵氏,笠原良雄氏,原田明子氏,林 光子氏,山口拳人氏,阪口優理氏,井上眞里氏,小林崇史氏)に感謝します.また,患者サポートおよび臨床研究サポートに尽力いただいた東京都医学総合研究所難病ケア看護ユニットの松田千春氏,原口道子氏に深謝いたします.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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