臨床神経学
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症例報告
脳梗塞急性期から経時的に錐体路の長大な早期ワーラー変性を観察した1例
荻根沢 真也冨田 大祐梅田 能生梅田 麻衣子小宅 睦郎藤田 信也
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2021 年 61 巻 7 号 p. 477-481

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要旨

症例は,75歳男性.真夏に自宅で倒れているところを発見され搬送入院となった.発熱,脱水所見,多発褥瘡と,右片麻痺,失語があり,頭部CTで左大脳基底核に急性期脳梗塞を認めた.入院4日目の頭部MRI拡散強調画像(diffusion-weighted imaging,以下DWIと略記)で,梗塞巣と同側の中脳大脳脚から橋底部まで連続性の高信号病変を認め,早期ワーラー変性と診断した.経時的な頭部MRIで,ワーラー変性は梗塞巣から延髄錐体交叉に至る錐体路の長大な病変となり,その後DWIで消退し,FLAIR画像で明瞭化した.拡散テンソル画像でも錐体路神経線維束の描出低下を確認できた.長大な早期ワーラー変性の発症には,脱水が寄与した可能性が考えられた.

Abstract

A 75-year-old man was found lying prostrate in a hot room in the middle of summer. On admission, he had high fever, dehydration, and multiple decubitus, in addition to right hemiparesis and total aphasia. Brain CT showed subacute ischemic stroke in the territory of left middle cerebral artery. Brain MRI diffusion-weighted imaging (DWI) 4 days after admission detected high signal intensity lesions in the left pyramidal tract from the midbrain cerebral peduncle to the lower pons, indicating early Wallerian degeneration. The lesions were found to extend to the contralateral pyramidal decussation by MRI DWI day 12, but they had disappeared on day 28. On the other hand, brain MRI FLAIR images detected the lesions clearly day 44. Also, diffusion tensor tractography detects fewer left cerebral pyramidal tracts. No previous reports have documented the time course of such long Wallerian degeneration. This case suggests that dehydration may promote the onset of early and long Wallerian degeneration.

はじめに

脳血管障害発症後のワーラー変性は,一般に発症後1か月程度の時期に頭部MRIで確認される1.一方,発症数日以内に拡散強調像で確認できる場合があり,早期ワーラー変性として知られている2.今回われわれは,脳梗塞急性期に頭部MRI拡散強調像(diffusion-weighted imaging,以下DWIと略記)で中脳大脳脚から錐体交叉に至る長大な早期ワーラー変性を認めた症例を経験した.また,拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging,以下DTIと略記)で,MRI病変に一致した錐体路神経線維束の減少を確認した.これほど長大な病変を経時的に観察し得た報告はこれまでになく,貴重な症例と考え報告する.

症例

症例:75歳,男性

主訴:自宅で倒れていた

既往歴:本態性振戦.

生活歴:独身,独居.日常生活は自立.大酒飲みで喫煙歴もあった.

現病歴:2020年8月某日から連絡がつかなかった.3日後にキーパーソンの甥が,空調のない自宅の部屋のベッド脇に左側臥位で倒れているところを発見し,当院に搬送され入院となった.

入院時現症:血圧152/112 mmHg,脈拍148回/分,不整.体温38.8°C.SpO2 99%(酸素3 l吸入時).心・肺雑音はなかった.皮膚のツルゴールは低下し,左頬部,左上腕,左腸骨部に褥瘡があった.神経学的には,意識レベルがJCS II-30,GCS E2V1M6と呼名で開眼する程度で,自発語はなく,喚語困難と理解障害があり全失語の状態であった.眼位は正中で,右顔面は口角が下垂し,右の上下肢に強い麻痺があり,痛み刺激で逃避は見られなかった.腱反射の亢進はなかったが,右側でバビンスキー反射が陽性だった.NIHSSは20/42であった.

検査所見:血液検査では,白血球13,250/μl, CRP 6.4 mg/dlと上昇していた.血小板6.7 × 104lと低下があり,FDP 401 μg/ml,D-dimer 69.5 μg/mlと高値であった.BUN 62.3 mg/dl,Cre 1.76 mg/dlと腎機能障害があり,Na 153 mEq/lと上昇していた.K 4.6 mEq/l,Cl 114 mEq/lと正常であった.BNP 190 pg/mlで,心電図では心房細動を認めた.入院時の頭部CTでは,左中大脳動脈に高吸収域があり(hyperdense MCA sign),左大脳基底核から放線冠に低吸収域を認め,急性期脳梗塞と診断した.入院4病日の頭部MRI FLAIR画像では,左基底核,島皮質,側頭葉皮質から放線冠レベルの梗塞巣に加え(Fig. 1),MRI DWIで,中脳大脳脚から橋底部にかけて連続性の高信号病変を認めた(Fig. 2A).同部はapparent diffusion coefficient(ADC)マップで低値であった(Fig. 2B).MRAでは,左内頸動脈起始部より描出不良であったが,椎骨脳底動脈の描出は良好であった.同日の血液検査では,Na 149 mEq/lと軽度高値が持続し,K 3.6 mEq/l,Cl 116 mEq/lで入院時と著変はなかった.

Fig. 1 Axial brain MRI findings (FLAIR) on day 4 after admission.

FLAIR (1.5 T; TR 9,000 ms, TE 144 ms) on day 4 after admission reveals high signal intensity lesions in the left corona radiata, basal ganglia, and temporal lobe.

Fig. 2 Serial axial brain MRI findings.

Diffusion-weighted imaging (DWI: 1.5 T; TR 5,500 ms, TE 92.9 ms) on day 4 shows high signal intensity lesions extending from the left midbrain cerebral peduncle to the lower pons (A), appearing as low signal intensity lesions on apparent diffusion coefficient (ADC) map (1.5 T; TR 5,500 ms, TE 92.9 ms) (B), which disappear on day 28 (C). Fluid-attenuated inversion recovery imaging (FLAIR: 1.5 T; TR 9,000 ms, TE 143 ms) on day 28 shows the high signal intensity pyramidal tract lesions (D), which become clearer on day 44 (E).

頭部画像所見の経過:血管支配によらない連続性の錐体路病変から,早期ワーラー変性と診断し,画像の経時的変化を観察した.入院12病日の頭部MRIでは左中脳大脳脚からのDWI高信号病変が,延髄錐体交叉を超えて右側の錐体路にまで至った(Fig. 3).入院18病日のDTIをもとに描出された神経線維束画像(tractography)で,MRI DWIの画像に一致して,梗塞巣から順行性に錐体路線維の描出低下を認めた(Fig. 4).入院28病日でワーラー変性部はすでに頭部MRI DWIで消退し(Fig. 2C),入院28病日(Fig. 2D),44病日のFLAIR画像(Fig. 2E)では高信号病変が次第に明瞭化した.

Fig. 3 Coronal brain MRI findings on day 12 after admission.

Diffusion-weighted imaging (DWI: 1.5 T; TR 5,500 ms, TE 89.5 ms) shows high signal intensity lesions spreading to the ipsilateral internal capsula (A), midbrain (B), upper pons (C), lower pons (D), and contralateral medulla oblongata (E), indicating early Wallerian degeneration.

Fig. 4 Coronal diffusion tensor tractography on day 18 after admission.

Diffusion tensor tractography (DTT: 1.5 T; TR 10,000 ms, TE 111 ms. GE Medical systems Signal HDxt) shows the right cerebral pyramidal tracts clearly when the region of interest (ROI) is set on the right midbrain cerebral peduncle (A). When the ROI is set on the left midbrain cerebral peduncle, DTT detects fewer left cerebral pyramidal tracts (yellow square) (B).

経過:発症後数日経過した心原性脳塞栓症で,入院時は補液を中心に脱水の改善を行い,入院4病日から,直接経口抗凝固薬による二次予防を行った.入院時よりリハビリを開始し,入院約7病日で全失語はわずかに改善し,簡単な意思疎通が可能となった.しかしながら,右上下肢の麻痺は高度に残存し,痛み刺激で僅かに逃避が見られる程度であった.意欲低下があり,経口摂取量は少量で,末梢静脈栄養を行った.入院46病日に長期療養目的で他院に転院した.転院時NIHSS 18/42,modified Rankin scaleは5であった.

考察

本例は,脳梗塞発症後早期にMRI DWIで梗塞巣から錐体路にそった順行性の高信号病変を認め,発症時期と画像所見から早期ワーラー変性と診断した.

ワーラー変性は,神経損傷後に二次性に生じる軸索変性と脱髄である.中枢神経系では,末梢神経に比してワーラー変性は緩徐に進行する3.脳血管障害では,発症後約1か月以降に頭部MRI DWIやFLAIR画像で高信号病変として確認される4.一方,発症数日から1週間程度の時期に早期ワーラー変性を認めることがあり,画像所見上,MRI DWIで高信号を示すことから脳梗塞との鑑別としても重要である2.DWIが最も明瞭に病変部を確認できるが,小血管病や慢性虚血性変化がある場合,T2 shine throughの可能性もあり,ワーラー変性の評価としてADCマップ低値の確認が有用である5.また,本例でも見られたように,DWIで高信号を示した病変部は,消退することもあるが,その後FLAIR画像では高信号となり,長期的には変性から萎縮をきたす不可逆的な変化である.

脳血管障害発症後,錐体路の早期ワーラー変性は,頭部MRI DWIでしばしば確認される67.しかしながら,本例のように,長大な病変に対してDWIのみでなく,FLAIRと併せ経時的な観察をしえた報告はなく,貴重な報告と考える.

MRIでワーラー変性を確認される部位は,軸索が豊富な錐体路がもっとも多い8.本例では,DTIを用いた神経線維束画像により,ワーラー変性に伴う錐体路神経線維束の描出を試みた.正常では,運動線維が密に走行している部分を関連領域(Region of Interest,以下ROIと略記)として設定することで錐体路が良好に描出できる9.本例では,脳梗塞と同側および反対側の中脳大脳脚にROIを設定し,脳梗塞巣から同側の中脳大脳脚,延髄にかけて順行性に錐体路線維の脱落を確認することができた(Fig. 4B).

一方,錐体路のワーラー変性は,逆行性にも進展することが知られている(retrograde Wallerian degeneration)10.Kimらは,脳梗塞後のDTIで,錐体路神経線維束が,大脳皮質に向かう逆行性にも描出低下していることを示し,逆行性のワーラー変性の可能性があると指摘している11.本例では,大脳皮質から梗塞巣への錐体路神経線維束の描出は著しく低下していた.放線冠レベルでの梗塞の影響で,異方性拡散が低下し神経線維束が描出低下した可能性があり,逆行性のワーラー変性のみを反映した所見かは判断し得なかった.

脳血管障害慢性期に錐体路にワーラー変性を認めた例では神経学的な予後が不良であるとされるが,早期ワーラー変性発症例でも神経学的な予後が不良であることが報告されている512.本例でも経過中右上下肢の麻痺は高度で弛緩性麻痺が残存した.

ワーラー変性の発症機序として,軸索細胞内の電解質濃度変化が変性の促進をきたすとされている13.ナトリウムやカリウム濃度の変動が重要で,ワーラー変性の早期に,軸索内のナトリウム濃度上昇が見られることも確認されている1415.本例は,脳梗塞発症数日で発見され,高度の脱水を伴っていた.本例の長大な早期ワーラー変性の発症に高度の脱水症に伴う高ナトリウム血症が寄与した可能性が考えられる.これまで早期ワーラー変性発症例で,脱水やそれに伴う電解質異常についての検討はなく,今後の症例の蓄積が重要である.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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