臨床神経学
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症例報告
慢性の体位性頻脈症候群を呈し,抗自律神経節アセチルコリン受容体抗体が陽性だった1例
後藤 由也角南 陽子菅谷 慶三中根 俊成高橋 一司
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2021 年 61 巻 8 号 p. 547-551

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要旨

症例は,経過8年の起立不耐を呈した39歳女性である.Head Up Tilt試験で体位性頻脈症候群(postural tachycardia syndrome,以下POTSと略記)と診断した.抗自律神経節アセチルコリン受容体(ganglionic acetylcholine receptor)抗体が強陽性であり,自己免疫性自律神経節障害(autoimmune autonomic ganglionopathy)の治療に準じて免疫グロブリン大量療法を行ったところ,抗体価の減少とともに起立不耐が改善した.本例はPOTSの病態と治療選択肢のひろがりを考える上で貴重な症例である.

Abstract

Postural orthostatic tachycardia syndrome (POTS) is a form of orthostatic intolerance characterized by symptoms such as lightheadedness, fainting, and brain fog that occur with a rapid elevation in heart rate when standing up from a reclining position. The etiology of POTS has yet to be established. However, a growing body of evidence suggests that POTS may be an autoimmune disorder such as autoimmune autonomic ganglionopathy, an acquired, immune-mediated form of diffuse autonomic failure. Many patients have serum antibodies that bind to the ganglionic acetylcholine receptors (gAChRs) in the autonomic ganglia. Herein, we describe a 39-year-old female patient with an eight-year history of orthostatic intolerance. POTS was diagnosed based on the findings of a head-up tilt test, in which a rapid increase in the patient’s heart rate from 58 bpm in the lying position to 117 bpm in the upright position without orthostatic hypotension was observed. The POTS symptoms were refractory to various medications except for pyridostigmine bromide, which resulted in a partial resolution of her symptoms. Her serum was found to be strongly positive for anti-gAChR (β4 subunit) autoantibody (2.162 A.I., normal range: below 1.0). Based on these findings, a limited form of autoimmune POTS was diagnosed. After obtaining written informed consent, she was treated with intravenous immunoglobulin (IVIg) 400 mg/kg/day for five days, which led to clinical improvement by reducing her heart rate increase in the upright position. She was able to return to work with IVIg treatment at regular intervals. Our case provides further evidence of a potential autoimmune pathogenesis for POTS. Aggressive immunotherapy may be effective for POTS even in chronic cases.

はじめに

起立性調節障害は起立不耐を主体とし,起床困難,倦怠感,動悸,頭痛などを伴う自律神経不全症である.好発年齢は思春期で,成長とともに軽快する例は多いが,慢性化例や好発年齢を過ぎて発症する例を,脳神経内科医が診療する機会が増えている.起立性調節障害のサブタイプの一つである体位性頻脈症候群(postural tachycardia syndrome,以下POTSと略記)は特に慢性化例が多く,対症療法にも治療抵抗性であることが多い.後述するようにPOTSは様々な病態機序が複雑に絡み合っているために,個々の例において最適な治療法が異なるという側面がある.今回,慢性経過のPOTSで,抗自律神経節アセチルコリン受容体(ganglionic acetylcholine receptor,以下gAChRと略記)抗体陽性,免疫治療に対する反応性などから,自己免疫機序の関与したPOTSと考えた1例を報告する.

症例

症例:39歳,女性

主訴:朝起きられない,立つと息苦しい,頻尿,便秘,羞明感

既往歴:尋常性乾癬.

家族歴:類症なし.

現病歴:X年微熱が数日続いた後に,疲れがとれず週末は横になって過ごすようになった.次第に平日朝も強い倦怠感で起き上がれず出勤できなくなり,休職と復職を繰り返すようになった.複数の医療機関を受診し欝病,身体表現性障害などの診断を受け,認知行動療法が行われ,抗鬱薬などを処方されたが改善しなかった.X + 6年他院でHead up tilt(HUT)試験を受け,心拍数の有意な上昇を認めたことからPOTSが疑われた.プロプラノロール,アメジニウムメチル硫酸塩,ミドドリン塩酸塩,ユビテカレノン,補中益気湯を処方されたが,効果は認められなかった.弾性ストッキングはむしろ胸部圧迫感が強くなり中止した.X + 7年当科外来初診時の症状は,「じっと立っていると胸が苦しくなり息切れが出現し,目がちかちかして頭痛がして,朦朧とした状態となってしゃがみこむ」「しゃがむと症状は楽になる」といったものだった.レジの会計待ちや台所仕事など,足を動かさないで立っている状況で症状は顕著となり,立位保持は10分,座位も2時間,連続歩行は50 mが限度で,日中はほぼ臥位で過ごしていた.症状は気圧の変動の影響を受けやすく,午前中や夏に増悪した.塩分入りの飲料水や塩気の強い食べ物を欲する傾向にあった.また起立不耐の出現と同時期に,頻尿,便秘,多汗,羞明感,ドライアイとドライマウス,過眠と月経困難症が出現した.ピリドスチグミン30 mg/日を処方したところ,立位不耐の軽減が得られ,座位時間が延長し,電動車いすで午後から出勤できるようになった.精査目的にX + 8年入院した.

入院時現症:身長156 cm.体重51.4 kg.体温36.8°C.血圧138/64 mmHg.脈拍78回/分.胸腹部に異常を認めなかった.

神経学的所見:意識清明.瞳孔径は正円同大だが,左眼裂狭小と左顔面の発汗低下があり不全型ホルネル症候群を認めた.その他の脳神経系,運動系,協調運動系,感覚系に異常はなかった.自律神経症状として立位時頻脈,ドライアイ,ドライマウス,便秘,頻尿を認めた.

入院時検査所見:血液検査では血算,一般生化学に異常なし.抗核抗体(Homogeneous型)640倍と上昇を認めた.抗SS-A/B抗体,リウマトイド因子,抗アセチルコリン受容体抗体,抗GAD抗体,抗ガングリオシド抗体は陰性だった.甲状腺機能,レニン活性,アルドステロン,ADH,ACTH,早朝コルチゾール,蓄尿カテコラミン三分画も正常だった.髄液所見も異常を認めなかった.テンシロンテストでは眼裂狭小の改善はなかった.心電図は正常洞調律で,R-R間隔変動係数4.1%,胸部X線の心胸郭比は48.3%と正常範囲であった.経胸壁心エコーやホルター心電図,末梢神経伝導検査,反復刺激試験,皮膚交感神経反射試験,脳波,頭部MRI,SPECT,MIBG心筋シンチグラフィでも異常を認めなかった.心理検査は一般知能,記憶,前頭葉機能に異常を認めなかった.口唇生検ではリンパ球の集簇があり,唾液腺シンチグラフィで耳下腺と顎下腺の集積低下を認め,シルマー試験は両側5 mm/5 mmであったが,ガムテストと蛍光色素試験,ローズベンガルテストが陰性で抗SS-A/B抗体陰性であり,シェーグレン症候群の診断基準は満たさなかった.皮膚生検(臀部)の病理所見は,汗腺組織や末梢神経組織にはHE染色では明らかな異常を認めず,電子顕微鏡像で無髄線維の脱落を認めなかった.HUT試験では,安静臥位の平均脈拍58 bpmであるが,立位直後より脈拍数が増加し立位9分で最高114 bpmに達し,臥位と立位の脈拍差は56 bpmであった.立位11分で息切れを強く訴え検査を終了した.一方体位変換による血圧の変化はなく,臥位に戻ると脈拍は速やかに正常化した.安静臥位と立位2分,4分,10分での血中ノルアドレナリン値は基準範囲内であった(Fig. 1).検査所見から多系統萎縮症,アミロイドポリニューロパチー,純粋自律神経不全症は否定的であり,診断基準に照らしPOTSと診断した.ピリドスチグミンが奏効したことからアセチルコリン神経系の機能不全を疑い,抗gAChR抗体をルシフェラーゼ免疫沈降法(luciferase immunoprecipitation systems)によって測定したところ1,抗α3サブユニット抗体は陰性,抗β4サブユニット抗体は強陽性(antibody index: A.I. 2.162,正常は1.0以下)であった.

Fig. 1 Head-up tilt test (HUT) before treatment.

During the head-up period, there was a sustained increase in heart rate (>30 bpm) in the absence of orthostatic hypotension. BP, blood pressure; SBP, systolic blood pressure; DBP, diastolic blood pressure; HR, heart rate

入院後経過:慢性経過の起立不耐に多彩な自律神経障害を伴っており,HUT試験でPOTSを呈した.POTSに対する対症療法のうち,コリンエステラーゼ阻害剤のみがADLを改善しうるレベルで効果を認めた.抗gAChR抗体が強陽性であったことを踏まえ,自己免疫性自律神経節障害(autoimmune autonomic ganglionopathy,以下AAGと略記)に類似した病態と考え,書面での同意取得の上,免疫グロブリン大量療法(intravenous immunoglobulin therapy,以下IVIgと略記:ガンマグロブリン400 mg/kg/日)を5日間実施したところ,200 m連続歩行ができるようになり,起床も楽になって午前中から出勤できるようになった.ホルネル症候群による眼裂狭小も改善を認め,治療後の抗gAChR抗体価は,抗β4サブユニット抗体のA.I. 1.438と低下を認めた.HUT試験では立位直後の急峻な脈拍上昇は改善し,臥位と立位の脈拍差も34 bpmまで抑えられ,立位耐久時間も17分まで延長した(Fig. 2).退院1か月後ほどで治療の効果が減弱したため,現在は5~6週間隔で免疫グロブリン500 mg/kgを2日間定期投与して病状をコントロールしている.また,後にα1アドレナリン受容体,ムスカリン性アセチルコリン受容体M4(M4R)に対する自己抗体がELISA法による測定で陽性であることを確認した.

Fig. 2 Head-up tilt test (HUT) after treatment.

After treatment, the excessive increase in heart rate during HUT improved. BP, blood pressure; SBP, systolic blood pressure, DBP, diastolic blood pressure; HR, heart rate

考察

POTSの病態は,起立時における血液の体内再分布異常と交感神経機能亢進であり,血圧低下を伴わない立位時の脈拍増加30 bpm以上,起立不耐(起立による頭重感やめまい,動悸,眼前暗黒感,脱力感など)で定義される2.思春期に好発する起立性調節障害のサブタイプとしても知られ,圧倒的に女性に多く,起床が困難で高温・運動で増悪を認めることも特徴である34.過敏性腸症候群5や片頭痛6,筋痛性脳脊髄炎7,神経調節性失神8との合併も多い.POTSの病態は未解明だが,大まかなサブタイプとしてはneuropathic,hyperadrenergic,hypovolemic,physical deconditioningの四つに分けられている3.Neuropathic POTSは,下肢のsympathetic denervationにより,立位時に末梢血管抵抗が上がらず下肢に静脈血がプーリングすることで循環血漿量が減少し,代償性に頻脈となるという機序である.発汗障害を伴うことが多く9,MIBG心筋シンチでの取り込み低下がみられる例もある10.Hyperadrenergic POTSは,立位時のノルエピネフリン高値(600 pg/ml以上),血圧上昇(収縮期血圧10 mmHg以上)がみられる411.Hypovolemic POTSは,レニン-アルドステロン系やADH系の活性化不全により,循環血漿量の不足を招く12.これらの病態を厳密に区別することは困難であり,それぞれがoverlapした病態が全体像とされている3.近年POTSに関連した自己抗体が相次いで報告されており,neuropathic POTSとhyperadrenergic POTSは自己免疫基盤が関与する可能性が高いと提唱されている3

抗gAChR抗体は,1998年Verninoらが急性汎自律神経異常症(acute pandysautonomia)の患者血清中に自律神経節のアセチルコリン受容体と結合する自己抗体を発見し,AAGという疾患概念で呼称されることが一般的となっている1314.急性や亜急性の経過に加え,年単位の慢性経過を呈する例も存在することが明らかになり15,純粋自律神経失調症(pure autonomic failure)との鑑別に抗体検査が有用である.抗gAChR抗体は節前線維・節後線維のシナプス伝達を機能的に阻害することで起立性低血圧,発汗障害,排尿障害,便秘など広汎な自律神経障害を来す.一方本例のようにPOTS,特発性後天性全身性無汗症,慢性偽性腸閉塞症などの部分的な自律神経障害がみられることもあり,抗gAChR抗体陽性の場合にはlimited form of AAGと呼ばれる16.ウィルス感染後に発症したPOTSの14%で抗gAChR抗体が陽性になるという報告があり,一部のPOTSに自己免疫機序が関与していることも示唆されている4.Watariら17はPOTS 34人中10人(29%)で抗gAChR抗体陽性であり,抗体陽性例は抗体陰性例と比較し年齢が高く,先行感染が多い傾向にあり,自己免疫疾患の合併や下部消化管障害,瞳孔異常を認めることが有意に多いと報告し,「Autoimmune POTS」(APOTS)という概念を提唱している.本例も発症が30歳と遅く,先行感染を伴い抗核抗体陽性や便秘を認めることから,APOTSの特徴を備えている.AAGの治療法に関しては,少数の症例報告に限られるが,IVIgや血漿交換が有効な例は存在し,難治例は免疫抑制剤などをもちいた複合的治療が必要となる18)~20.本症例はAAGの典型例とはいえないが,limited form of AAGとしてのPOTS,すなわちAPOTSと診断したケースにIVIgを投与し,奏効した病態として貴重な位置付けと考える.抗gAChR抗体についてはIgGサブクラスなど今後の確認が必要な事項もあるが,基本的な自己抗体としての病原性は確立されており,本例においても本抗体が病態において役割を果たした可能性がある21)~24.Mayo Clinicのグループによって抗gAChR抗体がPOTSにおいて出現する可能性はこれまでにも報告されているが25,その場合は抗体価が低いとされている.同グループは抗体価が自律神経障害の重症度に関連するとしているが,我々の検討では抗体レベルの差は個体間ではなく個体内での変化を反映するという結果を得ている26.本症例も免疫治療前後で抗体レベルの低下を確認しており,それは患者の臨床症状改善を反映したものと判断した.また本例のごとく慢性経過であっても難治例や自己免疫機序の関与が疑われるPOTSは,積極的に抗体検査を行い,免疫治療を考慮することが重要であることが示唆された.

さらに最新の知見として,APOTSの背景となる自己抗体は,前述した抗gAChR抗体の他にG蛋白共役受容体抗体(GPCR抗体)の関与が指摘されている.GPCR抗体は,α・βアドレナリン受容体抗体,ムスカリン性アセチルコリン受容体抗体などの11種類がある27)~30.しかし各抗体がPOTSを引き起こすメカニズムについてはラットを対象とした実験報告が少数あるのみで27)~29,心血管系疾患やシェーグレン症候群など他疾患でも陽性になるため,POTSに特異的な抗体ではない可能性もある.さらに感度,特異度を満たす抗体測定系はまだ確立されていない.本例はα1アドレナリン受容体抗体とM4R抗体が陽性であったが,臨床症状への真の病的意義を考察するには,今後測定法の確立や実験データの蓄積が必要である.

本症例は,AAGの中で慢性経過例および限局した自律神経症状のひとつの亜型としてPOTSの存在を示唆し,積極的な免疫治療が奏功し,社会復帰をはたした.POTSが神経内科診療の新たな分野であるという認識,さらにAPOTSの抽出と治療法確立の重要性を示唆する症例といえる.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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