臨床神経学
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症例報告
特発性中頭蓋髄液漏による再発性細菌性髄膜炎の1例
田代 匠辻本 篤志安倍 大輔小宗 徳孝中村 憲道
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2021 年 61 巻 8 号 p. 558-562

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要旨

症例はChiari奇形I型を有する19歳男性.初発から2ヶ月後に細菌性髄膜炎を再発した.15歳から右聴力低下があり,側頭骨高分解能CTで右外耳道壁から錐体骨にわたる骨破壊と軟部陰影を認めた.外耳道組織生検で髄液漏と気脳症をきたし,CT cisternographyで側頭骨髄液漏を確認した.MRIで錐体尖前面に硬膜欠損が示唆され,術中所見で大錐体神経上部にくも膜顆粒による骨欠損を同定した.外傷,手術,内耳奇形等はなく,特発性髄液漏と診断した.臨床的に髄液耳漏や中耳内液貯留がなくとも特発性髄液漏は存在し,髄膜炎の原因となり得るため注意が必要である.

Abstract

A 19-year-old man with a history of Chiari type I malformation was admitted to our hospital two times within a 2-month period because of bacterial meningitis. Cerebrospinal fluid (CSF) analysis showed neutrophilic pleocytosis and hypoglycorrhachia. During the second admission, we became aware of hearing loss on the right since age 15 years. High-resolution temporal bone CT showed soft tissue opacification of the right epitympanum and external auditory canal. Tissue biopsy resulted in CSF otorrhea and pneumocephalus. CT cisternography revealed a temporal bone CSF leak. Brain MRI showed a dural defect localized to the anterior petrous apex. Using a combined middle cranial fossa-transmastoid approach, the dural defect and associated arachnoid granulations were located along the superior side of the greater petrosal nerve and repaired. A CSF leak without underlying pathology, such as trauma, surgery, or congenital abnormality, is defined as spontaneous. Spontaneous CSF leak should be considered as a cause of recurrent bacterial meningitis even when CSF otorrhea and fluid behind the tympanic membrane are clinically absent.

はじめに

再発性細菌性髄膜炎は,異なる起炎菌による再発または初回治療完遂後3週間以上経過して起こった同一の起炎菌による再発と定義され1,頻度は約5%と報告されている2.Tebrueggeら3による363例の検討では,解剖学的異常が原因であるものが59%と最も多く,93%は頭頸部領域に存在した.髄膜炎のリスクである髄液耳漏の多くは外傷,手術,内耳奇形等が原因となり,特発性は稀である4.我々は,聴力低下の出現から4年後に再発性細菌性髄膜炎を発症して診断し得た特発性中頭蓋髄液漏の1例を経験したため報告する.

症例

症例:19歳男性

主訴:発熱,頭痛

既往歴:Chiari奇形I型(脊髄空洞症なし).頭部外傷や手術歴はない.

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:2020年7月,発熱,頭痛を主訴に当院救急外来を受診した.体温は38.0°Cで,JCS I-1の意識障害と項部硬直を認めた.髄液検査で,外観は黄色混濁し,細胞数2,661/μl(多形核球93%),蛋白293 mg/dl,糖57 mg/dl(血糖116 mg/dl)であった.血液培養や髄液培養で起炎菌は検出されなかった.細菌性髄膜炎と診断してメロペネム6 g/日とデキサメタゾンを開始し,速やかに軽快した.感染源は明らかにならなかったが,第10病日に後遺症なく退院した.しかし,同年9月に発熱,頭痛が再度出現し,当科へ入院した.

入院時現症:身長176 cm,体重58 kg,BMI 19 kg/m2.体温39.6°C,血圧114/69 mmHg,脈拍98/分 整.う歯はなく,耳痛や耳漏を認めなかった.JCS I-1の意識障害と項部硬直を認めたが,Kernig徴候は陰性であった.脳神経系,四肢運動系,感覚系に異常はなく,四肢腱反射は正常で病的反射を認めなかった.

検査所見:血液検査でCRP 2.79 mg/dl,白血球数28,300/μl(好中球96%)と炎症所見を認め,プロカルシトニンは5.46 ng/mlと高値であった.髄液検査では,初圧100 mmH2O,細胞数15,360/μl(多形核球96%),蛋白389 mg/dl,糖19 mg/dl(血糖131 mg/dl)であった.血液培養,髄液培養で起炎菌は検出されなかった.HIV陰性で糖尿病はなく,補体や免疫グロブリンも正常範囲内であった.

入院後経過:メロペネム6 g/日とデキサメタゾンを開始し,初発時と同様に速やかに軽快した.メロペネムは計14日間投与した.改めて問診すると15歳時に学校健診で右聴力低下を指摘されており,聴力検査では低音域で40 dB,高音域で90 dBの感音性閾値上昇を認めた.側頭骨高分解能CTで右外耳道壁から錐体尖にかけて骨破壊と軟部陰影を認め,乳突蜂巣の含気は低下していた(Fig. 1).内耳奇形や耳小骨破壊はなかった.鼓膜異常や中耳腔の液貯留はなく,外耳道は発赤して血管怒張を伴い,外側方向に非拍動性の浮腫性隆起を認め,膨隆部の皮膚は菲薄化していた.腫瘍の除外目的に組織生検を施行したところ,無色透明な水様性の液体が持続的に流出し,激しい頭痛が出現した.直後の頭部CTで気脳症と乳突蜂巣の含気増加を認めた.組織生検の病理診断では角化物を認めるのみであった.気脳症は外耳道パッキングと左側臥位での安静で軽快し,乳突蜂巣は再び液貯留増加を認めた.CT cisternographyで右錐体骨から乳突蜂巣,外耳道壁へ造影剤の漏出を確認した(Fig. 2).頭部MRI CISS画像で錐体骨上部から尖端に液貯留を認め(Fig. 3A~C),造影で錐体尖前面に硬膜欠損が示唆された(Fig. 3F).外耳道には一部増強効果を認めた(Fig. 3D).以上より,中頭蓋髄液漏と診断し,外科的修復術を施行した.術中所見では,経乳突法で上鼓室を開放するとツチ骨前内側方向に連続した乳突蜂巣から髄液漏が確認され,中頭蓋窩法で大錐体神経上部に骨欠損およびくも膜顆粒と思われる囊胞を認めた.囊胞を開放すると乳突洞への髄液漏が減少し,囊胞内に人工硬膜・脂肪片を,乳突洞に筋片・脂肪片を充填した.術後のMRIで中頭蓋底の液貯留は減少し,術後合併症や髄膜炎の再発なく経過している.尚,術後7週に施行した腰椎穿刺で初圧は160 mmH2Oであった.

Fig. 1 High-resolution CT on the second admission.

(A–C) Axial high-resolution temporal bone CT shows soft tissue opacification (arrowheads) of the right epitympanum and external auditory canal (arrow) with bony destruction. (D–F) The contralateral temporal bone appears normal.

Fig. 2 CT cisternography findings.

CT cisternography demonstrates contrast pooling from the petrous apex to the external auditory canal (circle).

Fig. 3 MRI on the second admission.

(A–C) Constructive interference in steady-state MRI (3 T; TR 1,500 ms, TE 250 ms) shows fluid accumulation in the middle cranial fossa (circle). (D–F) Gadolinium-enhanced T1-weighted imaging (3 T; TR 6 ms, TE 0 ms) shows focal enhancement in the external auditory canal (arrow) and the dural defect along the anterior petrous apex (arrowhead). Tumor and meningoencephalocele are not apparent.

考察

本例は短期間で細菌性髄膜炎を再発し,側頭骨破壊性変化と外耳道組織生検の合併症を契機に中頭蓋髄液漏の存在が明らかとなり,錐体尖前面に硬膜欠損を同定して外科的修復術を施行した.外傷,手術歴,内耳奇形,腫瘍はなく,特発性髄液漏と診断した.鼓膜所見から中耳炎や耳管を経由した上気道炎の波及は考えにくく,MRIで外耳道に限局した増強効果を髄膜炎発症時に認め,髄膜炎の軽快とともに改善したことは局所の炎症性変化の存在を示唆した.外耳道内の貯留液に感染を合併し,硬膜欠損部を介して頭蓋内に波及した可能性を推察したが,起炎菌は同定されず,耳鼻科診察でも感染の首座は確定できなかった.

Gacekら5は成人発症の特発性髄液耳漏の原因にくも膜顆粒の関与を指摘している.健常人でも静脈洞内には硬膜を貫いてくも膜顆粒が存在するが,異所性に形成されたくも膜顆粒は静脈洞への還流がないため脳脊髄液の拍動による圧の影響を受けやすく,含気のある乳突蜂巣に接した場合に硬膜や骨の欠損から髄液漏をきたす6.好発部位は中頭蓋窩の鼓室蓋や乳突蓋であり4)~6,錐体尖は稀である.剖検例ではくも膜顆粒による側頭骨の浸食は珍しくなく,Yewら7はその頻度を12.7%と報告し,分布は鼓室蓋・乳突蓋が58.8%を占め,錐体尖は16.5%,大錐体神経部は9.4%と少なかった.側頭骨髄液漏の有病率に関する包括的な報告は渉猟し得なかったが,剖検例に比して臨床的には極めて稀であるため,くも膜顆粒の存在のみで病態を一元的に説明することは難しく,肥満や特発性頭蓋内圧亢進症がくも膜顆粒の増大や生理的に菲薄化した骨の浸食を促進して発症に寄与すると考えられている8.肥満は腹腔内圧を上昇させ,静脈還流量減少により頭蓋内圧亢進をきたしうる9.既報告でもBMIの平均は30 kg/m2を超えている41011.診断時の平均年齢は50~60代で,耳漏や耳閉感,聴力低下が一般的であり,髄膜炎の頻度は14~25%と少ない481012.耳鼻科領域では中耳腔の貯留液を滲出性中耳炎と誤診され,鼓膜切開術や鼓室内換気チューブ挿入術の際に髄液の流出をきたして診断に至ることも多い.本例のように耳漏や中耳腔液貯留を欠き,外耳道内に非拍動性の皮下水腫を形成した症例は渉猟した限りなかった.側頭骨破壊性変化に加えて外耳道内に原因不明の浮腫性隆起性病変を認めた場合は安易な組織生検を避け,髄液漏の可能性について画像検査を先行することも考慮する必要がある.

特発性髄液耳漏の術後に腰椎穿刺で脳脊髄液圧を測定した報告では,10~67%に頭蓋内圧亢進を認めた1314.Allenら15は特発性髄液耳漏38例において,術前のMRIでトルコ鞍拡大,Meckel腔の拡張,視神経の延長や周囲腔拡大,眼球後部の平坦化といった頭蓋内圧亢進を示唆する所見を48.1%に認め,術後6週の腰椎穿刺で初圧が200 mmH2Oを超えた症例は36.4%であったと報告している.しかし,両者とも異常を呈したのは16.7%に過ぎず,頭蓋内圧の生理的な日内変動により単回の穿刺では正確に評価できない可能性が示された.

本例の髄液漏は術中所見よりくも膜顆粒の腫大による骨の浸食が原因であるが,肥満のない若年男性で少なくともMRI上は頭蓋内圧亢進を示唆する所見を認めず,先天的な解剖学的要因が病態生理に関与していると考えられた.Chiari奇形I型は小脳扁桃が大後頭孔から下垂する先天奇形であり,大後頭孔部における脳脊髄液の循環不全により頭蓋内圧が上昇することが動物モデルで示されている16.コンピュータシミュレーティングでは健常人と比較して平均圧,最大圧ともに11~16%高く17,頭蓋内圧モニタリングでも対照群と比較して頭蓋内圧の変動は有意に大きい18.特発性髄液漏とChiari奇形I型の合併例の報告は渉猟した限り3例のみである.Luongら14は,正円窓の骨欠損により4歳から髄液鼻漏を呈し髄膜炎を10度再発したBMI 20 kg/m2の15歳男性を報告しているが,頭蓋内圧亢進に関する記載はない.Tangら19は,蝶形骨洞の骨欠損により髄液鼻漏をきたした25歳の非肥満男性を報告しており,頭蓋内圧は330 mmH2Oと高値であった.しかし,この2症例は術後に小脳扁桃下垂の改善を認め,脳脊髄液減少を反映したpseudo Chiari奇形であった.Starnoniら20は,蝶形骨洞の脳瘤により髄液鼻漏をきたした50歳女性を報告し,43歳時のChiari奇形術前のMRIで頭蓋内圧亢進を示唆する所見が後方視的に確認された.本例の術後7週における脳脊髄液圧は正常範囲内であったが,単回の穿刺による偽陰性も否定できず,頭蓋内圧亢進の有無を詳細に評価するには複数回の穿刺や頭蓋内圧モニタリングを検討する必要がある.しかし,術後も小脳扁桃下垂の改善はなく,大後頭孔部における脳脊髄液の循環不全は存在するものと考えられ,拍動性の圧上昇が骨浸食の進展に関与した可能性はある.今後の症例の蓄積が望まれる.

治療は外科的修復術が必須である.部位,大きさ,数により経乳突法と中頭蓋窩法を選択するため,正確な瘻孔部位の同定が重要となる15.画像診断の第一選択は高分解能CTであり,単独の骨欠損が同定された場合の追加検査は不要とされている2122.しかし,中頭蓋窩には生理的な骨離開や菲薄化も存在し,高分解能CTでも小さな骨欠損は同定が困難なこともある7.複数の骨欠損を認める場合にはCT cisternographyが有用だが,間欠的な髄液漏の検出感度は40%と低い22.本例は側頭骨破壊性変化が強く,高分解能CTでは錐体尖や鼓室蓋の複数部位に菲薄化が疑われた.CT cisternographyでも欠損部を同定し得なかったが,髄液漏の経路の評価に有用であった.MRI CISS画像での中頭蓋底の液貯留と造影での硬膜欠損から錐体尖前面に瘻孔部位を推定し,術中所見で大錐体神経上部に骨欠損が確認され,MRI所見と合致した.MRIで脳組織の陥入はみられず,術中所見で骨欠損部の硬膜は欠損しており,髄膜脳瘤は否定的である.

本例は,後方視的にみると15歳からの聴力低下も特発性髄液漏による症状であり,4年後に髄膜炎を発症かつ再発するまで診断に至らなかった.臨床的に髄液耳漏や中耳内液貯留がなくとも特発性髄液漏は存在し,修復術により治療可能な疾患であるため,免疫不全や基礎疾患を欠く再発性髄膜炎では検索が必要である.

Notes

本報告の要旨は,第231回日本神経学会九州地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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