臨床神経学
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短報
両側動眼神経麻痺で発症し脳動脈瘤と脳出血を合併した髄膜血管型神経梅毒の1例
添田 眞尾上 祐行新村 和海老原 悟志鈴木 利根赤岩 靖久宮本 智之
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2022 年 62 巻 11 号 p. 873-876

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要旨

症例はHIV非感染の32歳男性である.22歳頃に梅毒感染の機会があった.29歳時に右動眼神経麻痺を発症し前医眼科にて動眼神経麻痺の原因が不明のまま複視に対し斜視手術を受けた.31歳時に左動眼神経麻痺が出現し血清と脳脊髄液の梅毒反応陽性から神経梅毒と診断した.MRIで左動眼神経に造影所見を認め,さらに動脈瘤と無症候性脳出血を認めたことから髄膜血管型神経梅毒と診断した.ペニシリンとステロイドパルス療法を併用したところ両側動眼神経麻痺は改善した.動眼神経麻痺は梅毒性脳内膜血管炎による微小循環障害による機序が考えられた.

Abstract

The patient was a 32-year-old man with no HIV infection and possible syphilis infection at the age of 22 years. At the age of 29 years, he visited an ophthalmologist for diplopia due to right oculomotor nerve palsy. He underwent diplopia strabismus surgery for unexplained oculomotor nerve palsy. At the age of 31 years, he had a left oculomotor nerve palsy and was referred to our department. He was diagnosed with neurosyphilis based on positive serum and cerebrospinal fluid syphilis antibodies. MRI showed aneurysm, asymptomatic cerebral hemorrhage, and contrast enhancement of the left oculomotor nerve, leading to the diagnosis of meningovascular syphilis. The patient’s symptoms improved with penicillin and corticosteroids. The oculomotor nerve palsy may be due to microcirculatory disorder caused by syphilitic cerebral endarteritis.

はじめに

ペニシリンの普及により梅毒は鎮静化したが,2000年以降HIV患者の増加とともに,とくに若年層で再び梅毒の発生が増加している1.梅毒の神経合併症である髄膜血管型神経梅毒は早期から晩期まであらゆる時期で発症し12,その頻度は神経梅毒の10~20%と報告されている3.中枢神経の小型から中型血管を巻き込む炎症によって,脳神経麻痺,脳血管障害を合併する34.今回われわれは左動眼神経麻痺からはじまり,右動眼神経麻痺に進展し,動脈瘤と無症候性脳出血を合併した髄膜血管型神経梅毒を経験し報告する.

症例

症例:32歳,男性

主訴:複視

既往歴:高血圧なし,糖尿病なし,脂質異常症なし.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:22歳頃性風俗店での遊興歴あり,喫煙歴なし,飲酒歴なし.

現病歴:29歳時に左眼の内・上・下方視ができなくなった.30歳時に眼科を受診した.動眼神経麻痺の基礎疾患として糖尿病はなかった.MRIで動脈瘤も脳幹病変も認めずArgyll-Robertson瞳孔もなく原因不明であり,32歳時の6月左外眼筋移動術をうけた.7月には右眼も上・下方視ができなくなったため10月に精査目的に当科入院となった.

入院時身体所見:身長173 cm,体重70.9 kg,体温36.0°C,血圧123/92 mmHg,脈拍数103回/分・整,皮膚病変あるいは鼠径リンパ節腫張はなかった.

入院時神経学的所見:意識清明,髄膜刺激症候はなかった.視力・視野障害はなく,前眼部および眼底検査は両側で正常であった.瞳孔不同(右5 mm,左4 mm),対光反射は直接・間接とも両側で消失し,近見反応は認めなかった.眼位は正面で正中位置,眼球運動は両側上・下・内転時に制限と複視がみられたが,眼振はなかった.他に神経学的異常所見はなかった.

検査所見:血算は白血球数5,200個/mm3,CRP 0.06 mg/dl以下と正常範囲で,一般生化学検査,甲状腺機能も正常範囲であった.抗AChR抗体,抗MuSK抗体はいずれも陰性であった.ビタミンB1 32 ng/mlと正常であった.抗HIV抗体は陰性であった.RPR定量3.7 R.U陽性で,TPHA 11,824倍と上昇していた.脳脊髄液検査では,外観淡黄色,初圧70 mmH2O,細胞数151個/mm3(単核球優位)の細胞数増多を認めた.糖49.5 mg/dl(血清糖84 mg/dl)は正常範囲,蛋白72.6 mg/dl,IgG index 1.56と上昇を認めた.髄液Rapid Plasma Reagin(RPR)latex agglutination(LA)陰性,Treponema pallidum(TP)latex agglutination(LA)抗体陽性,Treponemal Antibody-absorption(FTA-ABS)陽性を示した.

画像検査:入院当日の頭部MRI(Fig. 1A)では異常所見はなかったが,第5病日にT2*で左被殻~外包出血を認めた(Fig. 1B).頭部MRAでは,左上小脳動脈起始部に動脈瘤を認めた(Fig. 1C).頭部造影MRIで動眼神経に造影効果を認めた(Fig. 1D, E).CT検査では多発嚢胞腎を両側に認めた.

Fig. 1 Brain MRI.

No abnormal findings were seen on the images on the day of admission (A). On the fifth day, a hemorrhage was observed extending from the left capsule to external capsule (B). Head MRA on the 8th day showed a left superior cerebellar artery aneurysm (C). Contrast-enhanced MRI brain showed contrast enhancement of the left oculomotor nerve (D, E). A, T2* image (TR: 450 msec, TE: 13 msec), B, T2* image (TR: 350 msec, TE: 13 msec), C, MRA image (TR: 22 msec, TE: 3.69 msec), D, GdT1 image (TR: 400 msec, TE: 9.9 msec), E, GdT1 image (TR: 400 msec, TE: 9.9 msec).

入院後経過(Fig. 2):血清と脳脊髄液の梅毒反応陽性から神経梅毒と診断した.ペニシリンG大量静注療法を14日間施行したが動眼神経麻痺は改善しなかった.神経梅毒の多発脳神経麻痺にステロイド併用療法が奏効した報告4を参考にメチルプレドニゾロンパルス(1,000 mg/日×3日間,2クール)を実施したところ眼球運動は改善し,対光反射も微弱ではあったが反応がみられた.治療後,脳脊髄液細胞数は細胞数44個/mm3,蛋白46 mg/dlに改善し,4カ月後には細胞数6個/mm3,蛋白48 mg/dlとさらに改善した.

Fig. 2 Clinical course of the patient.

At the age of 22 years, the patient worked at an adult entertainment store, where he was at risk of getting infected with syphilis. At the age of 29 years, he developed diplopia due to right oculomotor nerve palsy. At the age of 31 years, he developed left oculomotor nerve palsy. A diagnosis of neurosyphilis was made based on positive serum and cerebrospinal fluid syphilis tests. The oculomotor nerve palsy improved with intravenous methylprednisolone (IVMP) pulse and high-dose penicillin therapy. Lower panel: Photograph of patient’s extraocular movements on forward gaze (A), right gaze (B), left gaze (C), upward gaze (D), and downward gaze (E). Bilateral oculomotor palsy. Abbreviation: RPR, rapid plasma reagin; TPHA, Treponema pallidum particle agglutination.

考察

神経梅毒は梅毒トレポネーマ(treponema pallidum)による中枢神経感染症である.病期から早期無症候性,梅毒性髄膜炎,髄膜血管型,進行麻痺,脊髄ろうに分類される1.このうち髄膜血管型の多くは感染後4~7年で発症する1.本例は,推定感染の7年後に右動眼神経麻痺を発症し,9年後に左動眼神経麻痺を発症した.近年の神経梅毒の半数はHIVとの重複感染で症状の進行が早いとされるが5,本例はHIV感染がなかったことで進行が緩徐であった可能性が考えられた.神経梅毒は形質細胞とリンパ球などの炎症細胞浸潤によって血管を中心性に狭窄し脳梗塞を合併したり6,血管炎機序から動脈解離,動脈瘤,脳出血を合併したりする3.Antakiら5の症例報告と既報告6例のまとめでは,動眼神経麻痺を呈した神経梅毒の病態機序として,動眼神経,脚間層,鞍上槽の造影効果の所見から,髄膜炎症の波及による病態を報告された.そのほかに,脳実質への炎症波及7,海綿静脈洞内の血管周囲への炎症の波及8も報告されている.Komamuraら4は,神経梅毒による多発脳神経麻痺にステロイドが奏効した症例から,多発脳神経麻痺が梅毒の直接浸潤でなく髄膜を介する炎症の波及により発症し,その病態にステロイドが奏効したと考察している.一方Mageauら6は,繰り返す痛みを伴う両側の視神経炎にステロイドが奏効した梅毒性脳内膜血管炎の症例を報告している.本例では明らかな髄膜刺激徴候はなく,動眼神経以外の脳神経麻痺を示さなかったこと,動眼神経自体にMRIで造影所見を認めたこと,ステロイドパルスが奏効したことから梅毒性脳内膜血管炎による微小循環障害の病態機序が考えられた.さらに本例では左被殻から外包の穿通枝領域に出血が認められた.また左上小脳動脈に動脈瘤を形成していた.造影MRAやDSAは未実施であったが,多発性嚢胞腎の合併9からレンズ核線条体動脈にも動脈瘤を形成しそれが破裂,あるいは脳血管内膜炎による脳出血を発症した機序10を推察した.原因不明に進展した両側動眼神経麻痺を呈する症例では,稀ではあるが神経梅毒の可能性も考慮する必要がある.そして梅毒による動眼神経麻痺は治療抵抗性のことがあり5,梅毒性脳内膜血管炎の機序を疑う症例ではペニシリンG大量静注療法とステロイド療法の併用療法が効果的であると考えられた.

Notes

本報告は第238回日本神経学会関東・甲信越地方会で発表した.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2022 日本神経学会

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