Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
Chronic progressive external ophthalmoplegia that could not be diagnosed by biceps muscle biopsy, but was genetically diagnosed by extraocular muscle biopsy
Wataru ShiraishiTakahisa TateishiYu HashimotoRyo YamasakiJun-ichi KiraNoriko Isobe
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2022 Volume 62 Issue 12 Pages 946-951

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要旨

症例は初診時48歳の男性.緩徐進行性の複視を主訴に当科を受診した.家族歴はなく,エドロホニウムテストは陰性だった.血液検査で乳酸とピルビン酸値の上昇を認め,ミトコンドリア病を疑い,上腕二頭筋を生検したが筋病理,遺伝子検査とも異常は認められなかった.患者は後日,複視に対し眼筋縫縮術を施行された.その際に得られた組織で,ミトコンドリア遺伝子の多重欠失を認め,慢性進行性外眼筋麻痺の診断に至った.本例は上腕二頭筋組織に異常を認めず,外眼筋組織で遺伝子異常を認め,診断に至った.ミトコンドリア病では,ミトコンドリア遺伝子異常の組織特異性が指摘されており,生検を施行する際には罹患筋を選択することが望ましい.

Abstract

A 48-year-old Japanese male experienced slowly progressive diplopia. He had no family history and was negative for the edrophonium chloride test. Blood analysis showed elevated lactic acid and pyruvic acid levels, suggesting mitochondrial disease. A muscle biopsy from the biceps brachii was performed, but no pathological or genetical mitochondrial abnormalities were detected. Subsequently, he underwent muscle plication for diplopia in which the right inferior rectus muscle was biopsied. Genetic examination of genomic DNA extracted from the extraocular muscle tissue revealed multiple mitochondrial gene deletions, with a heteroplasmy rate of approximately 35%, resulting in the diagnosis of chronic progressive external ophthalmoplegia. In mitochondrial diseases, the tissue distribution of mitochondria with disease-associated variants in mtDNA should be noted, and it is important to select the affected muscle when performing a biopsy for an accurate diagnosis.

はじめに

慢性進行性外眼筋麻痺(chronic progressive external ophthalmoplegia,以下CPEOと略記)は,眼瞼下垂,外眼筋麻痺を主症状とし,慢性進行性に経過するミトコンドリア病である.CPEOに心伝導障害,網膜色素変性症が加わると,Kearns-Sayer症候群(KSS)とも呼ばれ1,CPEOとKSSはミトコンドリアの異常を共通した基盤とする一連の疾患群とされる2.今回我々は,上腕二頭筋生検で診断に至らず,外眼筋の生検組織にてミトコンドリア遺伝子(mtDNA)の多重欠失を認め,診断に至ったCPEOの症例を経験した.ミトコンドリア病ではmtDNAの異常は体内において不均一に分布しており3,生検の際には可能な限りmtDNA異常の含有率が高いと考えられる罹患臓器を選択することが診断に重要と考えられた.

症例

患者:48歳男性

主訴:複視

既往歴:特記事項なし.

家族歴:同様の症状を有する家族歴なし(Fig. 1).

Fig. 1 Pedigree of this case.

The patient’s family history showed no obvious family history.

生活歴:飲酒は機会飲酒,喫煙は20本/日を30年間.

現病歴:成人までは,生来健康であった.25歳時から時折一過性にものが二重に見えることがあったが,10分程で改善していた.32歳時から瞼の重い感じ,変形視,複視を自覚していた.日内変動はなかった.近医の眼科を受診し,斜視と診断された.35歳時に左眼下直筋後転術を施行し,複視は消失した.46歳時には遠方が見づらくなり,複視も増悪,立体感がつかめなくなった.47歳になると複視が増悪し,さらにまぶたの重たい感じが強くなった.48歳時,上肢の易疲労感を自覚したため,当科を受診した.重症筋無力症やミトコンドリア病が疑われ,精査加療目的に当科入院となった,

入院時現症:身長177 cm,体重89 kgで,低身長や低体重は認めなかった.血圧120/70 mmHg,脈拍80/分,体温36.0°C,一般身体所見では頭頸部に貧血黄疸なく,胸腹部は心音整,呼吸音清,腹鳴正常.四肢に浮腫や皮疹を認めなかった.神経学的所見では,意識は清明で,認知機能は正常であった.脳神経では右方視を中心に全方向で複視を自覚し,眼瞼下垂と全方向視での複視を認めたが,Hessチャートでは明らかな異常を認めなかった(Fig. 2).瞳孔は正円・同大で,対光反射は両側とも迅速であった.顔面筋力や聴力の低下,嚥下や構音の障害はなかった.運動系では両側大胸筋に軽度の筋力低下を認めたが,筋萎縮は認めなかった.腱反射は正常で,病的反射は陰性であった.感覚障害や膀胱直腸障害はなかった.

Fig. 2 Hess screen test of the patient.

The patient was aware of diplopia, but there were no evident restrictions of eye movements.

検査所見:血液検査では血算正常,一般生化学では総コレステロール325 mg/dl,中性脂肪416 mg/dl,HDLコレステロール40 mg/dlと高脂血症を認めたが,クレアチニンキナーゼ値,肝・腎機能は正常で,甲状腺機能も正常であった.抗アセチルコリン受容体抗体,抗筋特異的チロシンキナーゼ抗体はいずれも陰性だった.安静時の血中乳酸21.8 mg/dl(基準値18.7 mg/dl以下),血中ピルビン酸1.07 mg/dl(基準値0.94 mg/dl以下)と高値を呈し,乳酸/ピルビン酸比は20.3と上昇していた.髄液検査では細胞数2/μlと正常であったが,蛋白54 mg/dlと軽度上昇し,乳酸21.8 mg/dl,ピルビン酸1.24 mg/dlと上昇していた.髄液の乳酸/ピルビン酸比は17.5と上昇を認めなかった.15ワットの好気性運動負荷試験では15分間の運動負荷にて血中乳酸,ピルビン酸ともに増加を認めた(Fig. 3).エドロホニウムテストは陰性だった.眼科的診察では,軽度の外眼筋麻痺を認めるほかには,強度の視力低下や網膜色素変性症などの異常は認めなかった.心電図検査では上室性期外収縮を認めたが,心エコーでは壁運動の低下や心筋輝度の変化は認めなかった.ホルター心電図を施行したが特記すべき異常を認めなかった.針筋電図検査を施行したところ右大胸筋と右大内転筋では弱収縮で低振幅電位を,大胸筋では強収縮で早期動員現象を認めた.神経伝導検査では遠位潜時,振幅とも正常範囲で,Harvey-Masland試験ではwanning,waxingともに認めなかった.頭部MRIでは,脳内には異常を認めなかったが,外眼筋の萎縮を認めた(Fig. 4).MRスペクトロスコピーは施行していない.

Fig. 3 Aerobic exercise test.

On an aerobic exercise test, slight increase of both lactate (left) and pyruvate (right) levels in serum were observed.

Fig. 4 MRI of the orbit.

Atrophy of the external ocular muscles was observed (arrows).

入院後,ミトコンドリア病を疑い,上腕二頭筋から筋生検を施行した.筋組織所見として,Hematoxylin-Eosin染色にて軽度の筋線維の大小不同を認めたが,壊死・再生線維や炎症細胞浸潤は認めなかった.Gomori-Trichrome染色では赤色ぼろ線維はみられず,Cytochrome C oxidase(COX)染色でも染色性の低下は認めなかった.九州大学病院における倫理審査を経て,患者同意を得たうえで,既報告と同様に上腕二頭筋のmtDNA全周シークエンス検査を施行4したが,病的変異を認めず,np8483からnp13459までの4,977 bpのcommon deletionを認めるのみで,さらに,ヘテロプラスミー定量結果は0.1%以下であった.以上から,上腕二頭筋の所見は正常所見の範囲内と判断した.

入院後経過:入院精査ではミトコンドリア病,特にCPEOが強く疑われたが,筋生検,遺伝子検査では確定診断には至らなかった.遺伝性疾患を疑う家族歴も認めなかった.当科退院後,他院の眼科にて複視に対して外眼筋の眼筋縫縮術を施行され,術後から複視の改善を認めた.手術の際に採取された右下直筋を使用し,mtDNA解析を行った.上腕二頭筋でも認められたmtDNAのnp8483からnp13459までの4,977 bpのcommon deletionに加え,np3264からnp16069までの12,807 bpという大欠失と,np8270からnp13125までの4,856 bp欠失の多重欠失を検出した.サザンブロッティングを用いた多重欠失のヘテロプラスミー定量4は約35%であった.外眼筋量は微小で,固定標本は作製できなかった.外眼筋生検の遺伝子結果を含めてCPEOと診断した.なお,多重欠失の原因遺伝子である,POLG1POLG2SLC25A4ANT1),TWNKTwinkle)の4遺伝子の末梢血での遺伝子検査を行ったところ,SCL25A4TWNKPOLG1遺伝子には変異を認めず,POLG2遺伝子のexon 1にc.624C>T,p.L181Lとアミノ酸置換を伴わないサイレント変異のみを認めた.網膜色素変性症,心伝導異常はなく,KSSには該当しなかった.診断後,有症状の上室性頻拍,上室性期外収縮とそれに伴ううっ血性心不全が出現したため,コエンザイムQ10 30 mg/‍日の内服を開始,その後タウリン3 g/日の内服を追加し,自覚的な症状緩和を得た.その後も現在まで経過を追っている.現在,診断から12年が経過し,右方視で増悪する複視を自覚しているものの,プリズム眼鏡を併用することで症状は軽減している.現在は眼瞼下垂の悪化,不整脈,外眼筋麻痺と両眼の上転障害を認め(Fig. 5),軽度の四肢脱力などの症状を認めるものの,就労可能な状態を維持している.

Fig. 5 Eye movements of the patient.

Ptosis of the eyelids (arrowheads), bilateral upward gaze restriction, and abduction paralysis of the right eye (arrow) were observed. Fig. 5 is published with patient’s permission.

考察

本症例は緩徐進行性の眼瞼下垂と複視があり,血中・髄液中の乳酸・ピルビン酸値の上昇を認め,CPEOを強く疑った.しかし,上腕二頭筋からの筋生検では組織標本,遺伝子検査ともに明らかな異常を指摘できなかった.患者はその後,複視に対し眼科手術を受け,その際に得られた外眼筋の組織から遺伝子で診断に至ることができた.ミトコンドリア病は全身性疾患であるものの,特にCPEOにおいては組織内の異常ミトコンドリアの分布に偏りがあるとされ,生検組織を採取する際には注意が必要である.

ミトコンドリア病の臨床病型の中で眼瞼下垂と外眼筋麻痺を主体とするものをCPEO,または,進行性外眼筋麻痺(PEO)と呼ばれる.CPEOに加えて網膜色素変性症,心伝導障害を合併した疾患をKSSと呼ぶ1.CPEOとKSSは一連のスペクトラム上にある疾患で,ミトコンドリアの異常が共通してみられる2.1988年にHoltらによってCPEO症例においてmtDNAの単一欠失がみられることが報告され5,それ以降,単一欠失のみならず重複,点変異,多重欠失などの様々なmtDNA異常が言われている6.なかでも,mtDNAの多重欠失例では,mtDNAの維持修復に関わる体細胞遺伝子の異常が考えられている.遺伝形式も母系遺伝ではなく常染色体顕性遺伝(優性遺伝)や潜性遺伝(劣性遺伝)形式をとるものが報告されている6.また,突然変異や体細胞変異による大欠失も多く,そのため,家族歴が明らかではないことがある.CPEOでの遺伝子異常としてPOLG1POLG2SLC25A4ANT1),TWNKTwinkle)などが報告されているが,本症例ではいずれにおいても病因となる変異を認めなかった.さらに,CPEOでは血液や培養皮膚線維芽細胞にてmtDNA欠失を認めにくいため,本疾患を疑う場合には筋肉などの罹患組織の遺伝子検査が望ましく7,血液や培養皮膚線維芽細胞などと比べると患者への侵襲が大きいものとなる.本症例においても血液のミトコンドリア異常は検出されず,上腕二頭筋組織からはごく微量のヘテロプラスミー変異を認めるのみであったため,最終的に下直筋組織の遺伝子検査により診断に至ることができた.

ミトコンドリア病では,正常なmtDNAと欠失などを有するmtDNAが一つの組織に共存しており,この状態をヘテロプラスミー(heteroplasmy)という8.ヘテロプラスミーの割合は症例ごとで異なり,また,体内の組織により変異mtDNAのヘテロプラスミーの割合は異なっている910.ミトコンドリア病では,ヘテロプラスミーの割合に比例して組織機能障害が出現するのではなく,ヘテロプラスミーの割合が一定以上になると組織の機能不全を生じ疾患を発症するとされている.これを閾値効果と呼ぶ11.ミトコンドリア病の症例においては,ヘテロプラスミーと閾値効果により,本症例のように同じ横紋筋組織であっても,ある筋ではmtDNAが正常で無症状であるにもかかわらず,他の筋ではmtDNAの異常を認め症状も認める,ということが生じる.このため,ミトコンドリア病を疑う症例では,生検の際には組織の部位選択が重要と考えられる.一般的には,障害の強い臓器・組織においては閾値効果を超える変異mtDNAが存在すると推測され,これら障害臓器・組織を生検部位として選択することが望ましい.

CPEOに対する眼周囲筋の生検については眼輪筋1213や眼瞼挙筋1314に加えて外眼筋生検に関する報告もいくつかみられる131516.Greavesらは,ミトコンドリア電子伝達系の酵素異常を検出するCOX染色性9の低下が,CPEO症例において骨格筋生検では13.7%にとどまったのに対して,外眼筋では41.6%に上ったことを報告17している.一方,ミトコンドリア病でみられる赤色ぼろ線維については,真木らは60歳以上の老人では32例中15例(46.9%)の外眼筋に赤色ぼろ線維を認め,高齢になるほどその頻度が高くなると述べている18.外眼筋生検では通常の骨格筋生検と比較して採取できる筋肉量に限界があることを勘案すると,外眼筋の生検では組織学的検討よりも,遺伝子検査を優先して行う必要があると考えられた.

本症例は心室頻拍の際にうっ血性心不全を生じた経過もあり,コエンザイムQ10とタウリンを投与した.症例報告レベルではあるがCPEOに対するコエンザイムQ10高容量の有効性の可能性が示されており1920,コエンザイムQ10はミトコンドリア膜における電子伝達に作用し,ミトコンドリア機能を改善させることで,病態を改善させる可能性が考えられている19.また,タウリンはミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)に対し,脳卒中様発作再発の抑制に効果が示されている21.MELAS症例ではtRNAのタウリン修飾が欠損しており22,高容量タウリンの補充により変異ミトコンドリアの機能が改善することで効果を示すとされる.タウリンはその他にも抗酸化作用,エネルギー代謝の調節,小胞体ストレスの抑制などを介して,神経筋疾患に対し保護的に働く可能性が示唆されている23.本症例では,患者の自覚的な易疲労性の改善を伴ったため,2剤の内服を行った.

上腕二頭筋生検は正常で,外眼筋からの遺伝子検査で診断に至ったCPEOの症例を経験した.ミトコンドリア病を疑う患者では,組織によって異常ミトコンドリアの分布が異なることがある.特に,CPEOなどの多重欠失が原因となる疾患では,組織ごとのヘテロプラスミーの差が大きくなる.CPEOを疑う症例に対し生検を行う際には,外眼筋のように障害のある臓器,組織を選択することで,診断に至る可能性を高めることができると考えられた.本症例の様に,通常の筋生検で診断に至らない場合には,罹患筋の生検を追加で行うことで,診断に至る可能性がある.

Acknowledgments

謝辞:本症例の遺伝子検査を施行していただきました,九州大学大学院臨床検査医学の康東天先生に深謝申し上げます.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2022 Japanese Society of Neurology

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