臨床神経学
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原著
日本におけるパーキンソン病患者のホーン・ヤール重症度別直接医療費:医療情報データベースを用いた分析
馬塲 健次直井 一郎柴原 秀俊井上 幸恵相野 博司
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2022 年 62 巻 7 号 p. 524-531

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要旨

本邦でのパーキンソン病(Parkinson’s disease,以下PDと略記)治療に関連する医療費の実態把握を目的とし,大規模な病院ベースの診療報酬明細書データを用いて,ホーン・ヤール(Hoehn and Yahr,以下HYと略記)重症度別のPD関連医療費を評価した.2008年4月から2018年12月の間にPDの診断があり,傷病名にHY重症度が付与されている患者約2万人を対象とした.HY重症度が高い患者ほど外来医療費は高く,同時に入院回数や入院日数が多く,入院医療費も高い傾向がみられた.本研究にはHY重症度の信頼性が確認されていないなどの限界があるものの,PD患者の医療費について大規模データベースを用いて評価したものであり,費用対効果研究等の基礎的データとしても有用と考えられる.

Abstract

To estimate the medical costs related to Parkinson’s disease (PD) by Hoehn and Yahr (HY) scale, we conducted a descriptive study by using a large-scale hospital based administrative claims database in Japan. Approximately 20,000 PD patients who had a diagnosis of PD with HY severity between April 2008 and December 2018 were included in the analysis. Estimated PD related outpatient costs, frequency of hospitalization, length of stay, and inpatient costs were increased with HY severity. Our estimates of the PD related medical costs are based on the large-scale claims database, despite limitations such as the reliability of HY severity in the claims data, could be used in future cost-effectiveness studies for treatment of PD.

1. 前文

パーキンソン病(Parkinson’s disease,以下PDと略記)は指定難病の中では潰瘍性大腸炎と並び患者数の多い神経変性疾患である‍1.PDの進行そのものを止める治療法はこれまでのところ開発されておらず,症状によって適切な薬物療法や手術療法が選択される.

疫学調査によると,本邦の10万人あたりの患者数は166.8人であるが,65歳以上では10万人あたり745.6人であり,加齢に伴い有病率は上昇する‍2.また,世界的にもPD患者数は増加しており,全世界での患者数は1990年では250万人,2016年では610万人と推計されている.PD患者数の増加の主な要因は高齢化によるものであるが,年齢を調整した有病率も1990年から2016年の間に21.7%増加しており,高齢化以外の要因も示唆されている‍3

諸外国では,PDの医療費や社会的な経済負担についての研究が多く実施されている‍4)~7.本邦での報告は少ないが,Yoritakaらの2008年6月から12月までの単一施設の保険医療費を分析したPD患者の直接医療費に関する報告がある‍8.本邦では2008年以降に,アデノシンA2A受容体拮抗薬,選択的MAO-B阻害剤などが上市され治療選択肢が増えただけでなく,PD診断のための3(meta)-iodobenzylguanidine(MIBG)心筋シンチグラフィおよびイオフルパンを用いた単一光子放射断層撮影(SPECT)の保険適用,2015年のInternational Parkinson and Movement Disorder Societyの新たな臨床診断基準‍9やパーキンソン病診療ガイドライン2018の発行‍10,2015年には難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)が施行され法に基づく医療費助成制度が始まるなど,この10年でPD診療を取り巻く環境は大きく変化している‍11

そこで我々は,本邦でのPD治療に関連する医療費の実態把握を目的とし,大規模な診療報酬明細(レセプト)データベースを用いた記述的研究を行った.

2. 対象・方法

(1) 研究デザインおよびデータソース

本研究では,メディカル・データ・ビジョン株式会社が保有するレセプトデータベースから抽出されたデータを用いて,傷病名に医師が評価したホーン・ヤール(Hoehn and Yahr,以下HYと略記)重症度が付与されたPD患者のPD関連医療費に関する記述的分析を行った‍12.本データベースは,400施設以上の診断群分類包括評価(diagnosis procedure combination,以下DPCと略記)対象病院を受診した3,000万人以上の匿名加工された患者データから構築されている.

(2) 対象者の抽出

2008年4月から2018年12月の間にICD-10コードG20(パーキンソン<Parkinson>病)の診断があり,傷病名にHY重症度が付与されている患者を対象とした.なお,データ期間中に症状が進行し,複数のHY重症度を持つ患者については,各HY重症度の医療費をそれぞれ集計対象とした.本定義ではHY重症度が評価された患者のみが対象となるため,PD治療以外の目的で抗PD薬が処方されている患者を除外できることも期待した.また,本研究ではPD治療の中心である内服薬による薬物治療患者の費用構造を把握するため,観察期間中に脳深部刺激療法(deep brain stimulation,以下DBSと略記)またはレボドパ・カルビドパ経腸用液(levodopa-carbidopa intestinal gel,以下LCIGと略記)による治療歴がある患者を除外した.DBSやLCIGといったPDの手術療法は普及しつつあるものの,実施可能施設が限られ,また高額な治療でもあるため,これらを集計に含めることによる推計値への影響を懸念したためである.

(3) 観察期間

HY重症度毎の各観察期間は,最古の各HY重症度の診断がある月の初めの受診日を起点日とし,①傷病名のHY重症度に変更があった月の最初の受診日の前日,②起点日からの受診間隔が30日を超える直前の受診日または処方終了日,③データベースにおける最終受診日または処方終了日の①から③のうち,最も起点日に近い時点までとした.なお,②においては受診日に薬剤の種類を問わず何らかの薬剤処方がある場合は受診日に処方日数を加えた時点から30日間の受診間隔の評価を行い,受診間隔が30日以上開いている場合は,その30日間は観察期間に含めず,直前の受診日または処方終了日を観察期間の終了時点とした.③においては薬剤の種類を問わず何らかの薬剤の処方があるものについては最終受診日に処方日数を加えた時点を処方終了日とした(Fig. 1).

Fig. 1 Definition of observation period.

The observation period was defined as the period between the date of initial diagnosis of PD (index date) and the last consecutive date of the PD treatment with a grace period of 29 days for the end of prescriptions or the next clinical visit. The observation period continued until the interval from the last clinical visit or the last date of prescription to the next clinical visit >= 30 days. HY: Hoehn and Yahr scale, PD: Parkinson’s disease.

(4) 評価項目

1) PD治療のための外来受診

一定期間追跡可能な患者を評価対象とするため,各HY重症度において観察期間から入院期間を差し引いた期間が30日以上の患者を選択し,観察期間中のPD治療のための外来受診の医療費を評価した.PD以外の医療費(非関連医療費)を除外するため,神経内科および神経科への外来受診をPD治療に対する外来受診と定義した.各患者の観察期間中の神経内科および神経科への受診がある外来レセプトの費用を合計し,観察期間から入院期間を差し引いた期間で除することで,1ヶ月(30日)あたりの外来医療費を算出し,Table 1に示す診療行為区分別にも算出した.

Table 1  Definition of PD-related HCRU.
項目名 診療識別コード 診療識別名称
Physician’s fee 11~14 初診,再診,医学管理,在宅
Anti-Parkinson drugs ATCコードN04(抗パーキンソン薬)
Other medications 21~28, 31~33, 39 内服,頓服,外用,調剤,投薬_処方,麻毒,調基,投薬その他,皮下筋肉内,静脈内,注射その他,薬剤料減点
Medical treatment 40 処置
Surgery 50, 54 手術,麻酔
Laboratory tests/Diagnostic imaging 60, 70 検査・病理,画像診断
Hospitalization 90, 92, 97 入院基本料,特定入院料・その他,食事療養・標準負担額
Other 1, 80, 99 その他

HCRU: health care resource utilization, PD: Parkinson’s disease.

2) PDおよびPD関連事象のための入院治療

観察期間中におけるPDおよびPD関連事象のための入院治療による1入院あたりの医療費および入院頻度を評価した.入院頻度の評価は,観察期間が30日以上の患者を対象とした.「もっとも医療資源を投資した病名」にG20が付与されている入院をPDによる入院と定義し,「もっとも医療資源を投資した病名」にJ690(誤嚥性肺炎),S720(大腿骨頸部骨折),S721(大腿骨転子部骨折)のいずれかが付与されている入院をPD関連事象のための入院と定義した.誤嚥性肺炎および転倒による大腿部の骨折はPD関連の事象として頻度が高いことが報告されており‍1314,これらは日常生活動作への影響や医療費への寄与が大きい合併症であると考えた.

集計対象とした入院について1入院あたりの在院日数および医療費,Table 1に示す診療行為区分別の医療費を算出した.なお,一人の患者で複数の入院がある場合はそれぞれ集計対象とした.また,観察期間中のPDによる入院およびPD関連事象のための入院回数を集計し,観察期間中の入院回数と観察期間から1年間あたりの入院回数を算出した.

3) PD患者の年間医療費の推計

PD治療による外来医療費,PDおよびPD関連事象による入院回数,入院医療費からHY重症度毎の年間外来医療費および年間入院医療費を推計した.また,これらを合計した年間医療費を算出した.

年間外来医療費=(1ヶ月あたりの平均外来医療費)×12

年間入院医療費=(1年間あたりの平均入院回数)×

           (1入院あたりの平均入院医療費)

年間医療費  =年間外来医療費+年間入院医療費

(5) 統計解析

患者の背景情報およびPD治療による外来受診,PDおよびPD関連事象のための入院治療の評価項目について重症度毎に要約統計量を算出した.また,各医療費の集計は,最大値の患者についてレセプトの内容を確認し,想定される投与量を大きく上回る処方など,入力エラーと考えられた患者は集計より除外した.

統計解析は統計解析ソフトウェアSAS 9.4(SAS Institute Inc., Cary, NC, US)を用いた.

3. 結果・成績

(1) 患者背景

各解析における解析対象集団の患者数をFig. 2に示した.使用したデータベースにおいて傷病名からHY重症度が特定できたのはHY1~5でそれぞれ,1,405人,3,377人,8,107人,3,887人,2,590人であった.解析対象集団の患者背景をTable 2に示した.HY1~5の各集団の平均年齢はそれぞれ70.1歳,72.1歳,73.9歳,76.8歳,79.4歳であり,HY重症度が高い患者ほど平均年齢が高い傾向があった.また,各集団の平均観察期間は,それぞれ446.4日,542.9日,564.6日,368.4日,223.2日であった.

Fig. 2 Flowchart of analysis population.

A total of 120,353 patients had diagnosis of ICD10 G20 between April 2008 and December 2018, of these a total of 19,366 patients had HY severity scale in the ICD10 code. A total of 11,735 patients with an outpatient observation period >= 30 days were included in the analysis of outpatient medical costs. A total of 16,295 patients with observation period >= 30 days were included in the analysis of hospitalization frequency and 5,268 patients who had at least one hospitalization record were included in the analysis of inpatient costs. PD: Parkinson’s disease, DBS: deep brain stimulation, LCIG: levodopa-carbidopa intestinal gel, HY: Hoehn and Yahr scale, LOS: length of stay.

Table 2  Patient characteristics.
HY1 (N = 1,405) HY2 (N = 3,377) HY3 (N = 8,107) HY4 (N = 3,887) HY5 (N = 2,590)
Age at index date (years) 70.1 ± 11.0 72.1 ± 9.7 73.9 ± 9.3 76.8 ± 8.5 79.4 ± 8.0
Sex (male, %) 649 (46.2%) 1,653 (49.0%) 3,822 (47.1%) 1,691 (43.5%) 1,100 (42.5%)
Follow-up duration (days) 446.4 ± 549.5 542.9 ± 612.8 564.6 ± 611.9 368.4 ± 491.5 223.2 ± 381.3

Mean ± Standard deviation. HY: Hoehn and Yahr scale.

(2) PD治療による外来受診

HY重症度別の1ヶ月あたりの外来医療費をTable 3に示した.平均外来医療費はHY1~5でそれぞれ,22,762円,29,322円,45,804円,56,500円,57,164円であり,HY重症度が高くなるほど費用が高くなる傾向がみられた.外来医療費の内訳をFig. 3に示した.外来医療費の多くを抗PD薬の薬剤費が占めており,HY1~5でそれぞれ,10,315円(45%),16,244円(55%),33,291円(73%),40,629円(72%),36,955円(65%)であり,HY5を除き,重症度が高い患者ほど抗PD薬の費用が占める割合が高い傾向がみられた.

Table 3  Outpatient costs.
N Total outpatient costs (JPY/30 days)
Mean SD Median
Severity HY1 865 22,762 20,727 16,688
HY2 2,562 29,322 24,857 22,221
HY3 5,596 45,804 40,367 33,895
HY4 1,991 56,500 46,336 45,428
HY5 721 57,164 48,383 43,809

HY: Hoehn and Yahr scale, SD: Standard deviation.

Fig. 3 PD-related medical cost.

A. Outpatient, B. Hospitalization due to PD, C. Hospitalization due to PD-related events, D. Hospitalization due to PD and PD-related events. PD: Parkinson’s disease, HCRU: health care resource utilization.

(3) PDおよびPD関連事象による入院治療

HY重症度別の1年間あたりの入院回数をTable 4に示した.HY1~5の各HY重症度における1年間あたりのPDによる平均入院回数はそれぞれ,0.14回,0.19回,0.46回,1.34回,1.84回,PD関連事象による平均入院回数は0.07回,0.03回,0.11回,0.31回,0.81回であり,いずれもHY重症度が高い患者ほど入院頻度が高い傾向がみられた.

Table 4  Hospitalization-related HCRU and medical cost.
Frequency of hospitalization
(incidences/year)
Length of stay
(days/hospitalization)
Total hospitalization costs
(JPY/hospitalization)
N‍*1 Mean SD Median N‍*2 Mean SD Median Mean SD Median
A) Hospitalization due to PD
Severity HY1 1,138 0.14 0.97 0 54 18.1 11.8 15.5 675,457 324,647 627,997
HY2 2,955 0.19 1.10 0 285 21.5 17.2 17.0 833,974 579,039 691,253
HY3 7,061 0.46 1.51 0 1,585 28.8 37.8 20.0 1,091,203 1,077,243 815,663
HY4 3,197 1.34 2.61 0 1,355 35.3 43.2 25.3 1,335,964 1,350,844 994,432
HY5 1,944 1.84 3.07 0 938 53.7 109.4 34.6 1,806,676 2,466,603 1,293,637
B) Hospitalization due to PD-related events
Severity HY1 1,138 0.07 0.63 0 28 37.6 24.9 29.5 1,598,789 963,655 1,604,532
HY2 2,955 0.03 0.38 0 54 30.2 24.4 23.0 1,541,570 1,009,734 1,447,391
HY3 7,061 0.11 0.78 0 410 37.6 33.3 29.0 1,565,816 1,096,923 1,359,681
HY4 3,197 0.31 1.41 0 359 41.2 33.1 31.0 1,700,187 1,196,481 1,489,632
HY5 1,944 0.81 2.20 0 477 46.5 60.4 31.0 1,621,143 1,624,591 1,207,929
C) Hospitalization due to PD and PD-related events
Severity HY1 1,138 0.20 1.15 0 80 24.3 19.1 20.5 985,494 758,533 734,211
HY2 2,955 0.22 1.16 0 334 22.9 18.8 17.8 939,542 699,062 718,435
HY3 7,061 0.57 1.67 0 1,922 30.4 36.9 22.0 1,176,402 1,082,186 895,539
HY4 3,197 1.63 2.85 0 1,614 36.4 41.7 27.0 1,398,260 1,323,409 1,065,317
HY5 1,944 2.57 3.38 0.62 1,318 51.1 95.6 33.0 1,726,852 2,193,926 1,258,793

HCRU: health care resource utilization, PD: Parkinson’s disease, HY: Hoehn and Yahr scale. *1 Number of patients with an observation period of 30 days or longer. *2 Number of patients who experienced each hospitalization.

HY重症度別の1入院あたりの在院日数および医療費をTable 4に示した.HY1~5の各HY重症度におけるPDによる入院の1入院あたりの平均在院日数および平均医療費はそれぞれ,18.1日・675,457円,21.5日・833,974円,28.8日・1,091,203円,35.3日・1,335,964円,53.7日・1,806,676円であった.同様にPD関連事象による入院では,37.6日・1,598,789円,30.2日・1,541,570円,37.6日・1,565,816円,41.2日・1,700,187円,46.5日・1,621,143円であった.

入院医療費の内訳をFig. 3に示した.入院医療費で多くを占めるのは,入院基本料等の入院期間毎に算定される入院料等の費用であり,PDによる入院では60%程度,PD関連事象による入院では費用の50%程度を占めていた.

(4) PD患者の年間医療費の推計

PD患者の平均年間医療費をTable 5に示した.HY1~5の年間外来医療費はそれぞれ,273,144円,351,864円,549,648円,678,000円,685,968円であり,年間入院医療費はそれぞれ,197,099円,206,699円,670,549円,2,279,164円,4,438,010円であった.外来医療費と入院医療費を合計した1年間あたりのPD患者の医療費はHY1~5でそれぞれ,470,243円,558,563円,1,220,197円,2,957,164円,5,123,978円と推計された.

Table 5  Estimated annual direct medical cost for PD.
Severity Annual outpatient costs
(JPY)
Annual hospitalization costs
(JPY)
Annual total costs
(JPY)
HY1 273,144 197,099 470,243
HY2 351,864 206,699 558,563
HY3 549,648 670,549 1,220,197
HY4 678,000 2,279,164 2,957,164
HY5 685,968 4,438,010 5,123,978

PD: Parkinson’s disease, HY: Hoehn and Yahr scale.

4. 考察

本研究では大規模レセプトデータベースを用い,本邦のPDの医療費をHY重症度別に評価した.その結果,外来医療費,入院医療費ともにHY重症度が高い患者ほど医療費が高い傾向がみられた.HY重症度が高い患者では,外来費用に占める抗PD薬の割合が上昇し,また,PD関連事象による入院頻度が増加することから運動症状の悪化により医療費が高くなることが示唆される.しかし,PDで難病医療費助成制度の対象となる患者はHY重症度3以上かつ生活機能障害度2度以上であることから,HY重症度毎の費用構造は制度面の影響を受けている可能性も考慮する必要がある.

本邦のPDの直接医療費を報告したYoritakaらの研究では,PD患者の1ヶ月あたりの外来医療費を48,574円と報告している‍8.本研究で集計されたHY重症度毎の外来医療費を,YoritakaらのHY1~5の患者割合で加重平均すると44,923円となり,Yoritakaらのデータ期間である2008年以降に複数の新薬が上市されたが,外来医療費の増加は認められなかった.2008年から本研究期間までPD治療に関するガイドラインは2回の改訂があったが,現在もPDの標準的な薬物療法はレボドパとドパミン作動薬であるため‍10,新薬上市による薬剤費の上昇は限定的であったと推察される.Yoritakaらは入院医療費についても報告しているが,本研究ではDBSやLCIGによる治療歴がある患者を除外しているなど,集計定義が異なるため単純な比較は困難である‍8

本研究で推計されたHY重症度毎の年間医療費を本邦の疫学研究の重症度割合(HY1~5の患者割合は3.6%,15.5%,41.4%,27.5%,12.0%)で加重平均すると患者1人あたりの年間医療費は204万円となる‍2.後期高齢者の1人あたりの年間医療費が92万円であるため,PD患者の医療費は平均的な後期高齢者の医療費よりも高いと考えられる‍15.また,本研究では,誤嚥性肺炎や転倒による大腿部骨折といったPD関連事象による1入院あたりの平均入院医療費は,HY重症度に関わらず160万円前後であるが,HY重症度が高くなるにつれて1年あたりの平均入院回数は増加し,HY3と4では約2割,HY5では約3割がPD関連事象による入院であった.平均入院回数と1入院あたりの平均費用から算出した年間入院医療費ではHY3~5の患者の入院費用の2~3割がPD関連事象によるものであった.誤嚥性肺炎や転倒による大腿部骨折といったPD関連事象は,患者のQOLの低下や介護度の上昇につながる可能性があり,PD治療上の課題と考えられる‍1314

本邦におけるPDの有病率(10万人あたり166.8人,2004年),総人口(1億2,547万人,2021年12月)からPD患者数は約21万人,PD関連の総医療費は4,269億円と推計される‍216.ここでは2004年の有病率を用いたが,高齢化の進展に伴い現在の有病率はさらに上昇している可能性があり,また,医療費の推計には手術療法を含めていないため,実際のPD患者数,PD関連の総医療費はさらに大きいと考えられる.

本研究では大規模レセプトデータベースを用いた研究を実施したが,用いたデータベースの特徴からいくつかの限界点がある.1点目は,本研究ではレセプト上のHY重症度の信頼性がバリデートされていない点である.傷病名に含まれるHY重症度は医師評価によるものであるが,レセプト請求上,HY重症度の付与は必須でない.そのため,G20(パーキンソン<Parkinson>病)の傷病名が付与された患者はデータベース全体で約12万人であったが,HY重症度が付与されている患者は約2万人であった.また,実際の患者のHY重症度の悪化に合わせて傷病名のHY重症度が変更されていない可能性も否定できない.本研究では,HY重症度の正確性に限界があるため,前向きにデータを収集する患者レジストリ研究等の実施が待たれる.

2点目は,レセプトデータベースはDPC病院を対象とした医療機関ベースのデータベースであるため,患者がPD治療のために他の医療機関を受診した際の医療費は含まれないこと,また,主に急性期医療を担当するDPC病院を対象としているため,入院頻度が高くなっている可能性がある.

3点目に,PDとは直接関連のない医療費(非関連医療費)を除くために集計対象とする医療費を限定したが,本研究で用いた定義は確立されたものでないため,非関連医療費が含まれている可能性や関連医療費を取りこぼしている可能性がある.また,定期的な受療がある患者を対象とするため受診間隔が30日以内の期間を観察期間としたが,薬剤処方のない経過観察が1ヶ月を超える患者は集計から除外されるため,HY1やHY2の軽症の患者集団で医療費の推計が過大になっている可能性がある.加えて,集計された医療費に対して診療報酬や薬価改定の補正は行っておらず,必ずしも現時点での正確な医療費の推計とはなっていない.

本研究では大規模レセプトデータベースを用いて,多施設,約2万人の患者を対象としてPD治療の医療費を評価した.レセプト上のHY重症度の信頼性が確認されていないなどの限界があるものの,PD患者の医療費について大規模データベースを用いて評価したものであり,費用対効果研究等の基礎的データとしても有用と考えられる.

Acknowledgments

謝辞:本研究は住友ファーマ株式会社の資金により実施した.

Notes

※本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業・組織や団体

1.馬塲 健次:住友ファーマ株式会社の社員

2.直井 一郎:住友ファーマ株式会社の社員

3.柴原 秀俊:クレコンメディカルアセスメント株式会社の社員

4.井上 幸恵:クレコンメディカルアセスメント株式会社の社員

5.相野 博司:住友ファーマ株式会社の社員

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