Rinsho Shinkeigaku
Online ISSN : 1882-0654
Print ISSN : 0009-918X
ISSN-L : 0009-918X
Brief Clinical Notes
A case of the palatal tremor that disappeared during swallowing, thought to be caused by microbleeds of bilateral dentate nucleus
Shigeto SoyamaTomoo ManoNanami YamadaNaohiko IguchiNaoki IwasaKazuma Sugie
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 62 Issue 9 Pages 744-747

Details
要旨

72歳女性.X−3年から発声時の違和感が出現し,緩徐に増悪した.音節ごとに区切る断綴性発語で,軟口蓋は約2 Hzで律動性に上下運動していた.嚥下内視鏡検査では,軟口蓋から咽頭後壁,喉頭までの律動性収縮を認め,発声時も消失しなかった.嚥下造影検査では,律動性収縮が嚥下反射時に一過性に消失し,誤嚥はなかった.両側歯状核のMicrobleedsと両側延髄下オリーブ核の腫大を認め,Guillain-Mollaret triangleの障害による口蓋振戦と考えられた.口蓋振戦の発声と嚥下の動的関連を含めて報告する.

Abstract

A 72-year-old female presented with slowly progressive dysphonia, which was a syllable-separated utterance, for three years. She had the rhythmic continues contraction of palatal and uvula muscles during speech with a frequency of about 2 Hz. The videoendoscopy showed that the rhythmic contraction, which synchronized in the nasopharynx and the larynx, did not disappear during vocalization. The swallowing videofluorography showed that the rhythmic contraction disappeared transiently during the swallowing reflex, and there was no aspiration. The MRI revealed olivary pseudohypertrophy and multiple microbleedings including the bilateral dentate nucleus. The degeneration of olivary nucleus secondary to the bilateral asymptomatic dentate nucleus microbleedings within the dentato-rubro-olivary pathway was thought to be a cause of palatal tremor. This is a first report that a dynamic relation between vocalization and swallowing in palatal tremor.

はじめに

口蓋振戦は症候性と本態性に二分され,前者は小脳歯状核‍-赤核-下オリーブ核を結ぶGuillain-Mollaret triangle(GMT)の障害による下オリーブ核障害を起因とする(Fig. 1)‍1.下オリーブ核の仮性肥大は,GMTの障害から数年後に出現するため,原因疾患の発症時期の同定は難しい‍2.症候性は,睡眠などの内的刺激や薬剤などの外的刺激に抵抗性で,全身麻酔や心停止後にも抑制されないことが多いが,内的刺激ではある嚥下の関与は不明である.本態性は振戦の周波数が変動し,同期した耳鳴を伴うケースもある‍3.Microbleeds(MBs)の組織は,高血圧性微小血管障害(hypertensive microangiopathy)や脳アミロイド血管症(cerebral amyloid angiopathy)で,神経回路の障害原因となりうる‍4

Fig. 1 Guillain-Mollaret triangle.

Representing the connection between ipsilateral red nucleus, inferior olivary nucleus, and contralateral dentate nucleus. CTT, central tegmental tract; SCP, superior cerebellar peduncle; ICP, inferior cerebellar peduncle. Red cross, damaged area in this case. Reconstructed with permission from Brain Research‍1).

症例

患者:72歳,女性

主訴:発声障害

既往歴:高血圧症(X−11年),未破裂前交通動脈瘤,無症候性多発ラクナ梗塞.

嗜好歴:喫煙なし 飲酒なし.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:X−3年から発声時に音節ごとに区切るようになり,連続した発声がしにくいことを自覚した.緩徐に増悪し,X−2年に他人から聞き返されることが多くなった.環境や動作による変調はなく,睡眠中にも律動性の吐息を家人に指摘されるようになった.他のめだった身体症状はなく,β遮断薬やレボドパ製剤,抗てんかん薬などを内服したが改善しなかった.

入院時現症:身長158 cm,体重46.1 kg.体温37.0°C.脈拍87回/分・整.血圧101/63 mmHg.SpO2 99%(室内気).胸腹部に異常所見はなかった.神経学的所見は,意識清明で,注視麻痺や眼振はないが,衝動性眼球運動を呈した.聴力は正常で耳鳴りの訴えはなかった.発話特徴として個々の音節ごとに途切れる断綴性発語で,声質は嗄声度,粗造性と努力性が認められG2R2B0A0S2であった(GRBAS尺度;G(嗄声度),R(粗糙性),B(気息性),A(無力性),S(努力性)を0~3の4段階で評価)‍5.持続発声時に軟口蓋の律動性収縮を認めた.律動性収縮は,両側の軟口蓋が毎分約120回の頻度で上下に運動し,呼吸相による変動は認めなかった.四肢体幹の筋力低下や失調はなく,腱反射は正常で病的反射は認めなかった.感覚,自律神経系も正常であった.Mini-Mental State Examinationは28点,改訂長谷川式簡易知能評価スケールは25点で,遅延再生を中心に失点を認め,Frontal Assessment Batteryは9点であった.

検査所見:血液検査で特記すべき所見はなかった.頭部MRI susceptibility-weighted imagingで両側の小脳歯状核,橋,内側側頭葉,視床,基底核,半卵円中心に多発するMBsを認め,T2強調像で延髄下オリーブ核の高信号と腫脹を認めた(Fig. 2).びまん性の白質変化や両側基底核の血管周囲腔開大,左レンズ核線条体動脈域に陳旧性脳梗塞を認めた.嚥下内視鏡検査で咽頭後壁,喉頭が2.0 Hz程度で律動性に収縮していた.喉頭蓋の閉鎖運動はなく,発声中も律動性収縮は持続した.嚥下造影検査では軟口蓋と上咽頭,下咽頭が同期した律動性収縮を認めたが,舌骨上筋群には認めなかった.口腔期で認めた律動性収縮は,嚥下反射惹起時に一過性に消失したが,嚥下運動終了後に嚥下反射惹起前と同リズムの律動性収縮が再度出現した.一度目の嚥下後では咽頭のクリアランスは不良で,複数回嚥下にて残渣を処理し,誤嚥は認めなかった.ドパミントランスポーターシンチグラフィーでは両側線条体のI-123 FP-CIT集積は,定量評価specific binding ratio右4.80,左4.13(施設基準値6.9~3.8(70歳代女性))と低下はなかった.

Fig. 2 Brain MRI on the day of admission.

A; Susceptibility-weighted imaging showed multiple microbleedings in bilateral cerebellum hemisphere including of nucleus dentatus (red arrows). B; T2-turbo spin echo imaging showed hyperintensity and hypertrophic degeneration of the bilateral inferior olivary nucleus (red arrows).

胸腹部CTで悪性腫瘍を疑わす所見はなかった.

経過:睡眠中に訪室した際も律動性の吐息が続いていた.カルバマゼピン100~200 mg/日やクロナゼパム0.5 mg~2.0 mg/日の内服では改善しなかった.退院後,トリヘキシフェニジル6.0 mg/日の内服で若干の改善を認めたが,治癒には至っておらず,リハビリテーション治療を併用している.

考察

軟口蓋ミオクローヌス・口蓋帆ミオクローヌス(palatal myoclonus)などと呼ばれた運動は,1990年代後半から口蓋振戦・軟口蓋振戦・口蓋帆振戦(palatal tremor)と定義された‍6)~8.日常臨床では「心因性」と判断されることも少なくない.本症例の口蓋振戦は,睡眠中も持続することや下オリーブ核の高信号と腫脹などの画像所見から症候性と考えられた.症候性口蓋振戦の原因疾患は,脱髄性疾患,腫瘍,自己免疫性小脳失調症や脳血管障害が多く,原因として脳出血の頻度は高い‍69.本症例ではMRI susceptibility-weighted imagingの撮影にてMBsを同定できた.病巣部位はGMT障害による小脳や脳幹と考えたが,小脳失調を認めなかった点からprogressive ataxia and palatal tremorは否定的であった.GMTは歯状核,対側の赤核と下オリーブ核からなり(Fig. 1)‍1,小脳運動や協調運動のリズム調整を担う‍2.口蓋振戦は,歯状核から赤核を介した下オリーブ核への制御が解除され,同期的な発火が増強することで生じる‍2.本症例は歯状核のMBsによるGMT障害が原因と考えられた.下オリーブ核の仮性肥大は,求心性線維による経シナプス変性や過使用の結果とされ‍4,病理学的には,空胞化した細胞質を有する神経細胞の肥大,異型化,グリオーシスやglomeruloidと呼ばれる好銀性神経線維の集積を認める.画像所見として顕在化するには,T2高信号が発症3週間から6ヶ月,肥大を認めるには6ヶ月から4年間を要する‍2.MBsは発生部位によりdeep MBs(基底核,視床,テント下など)とlobar MBs(皮質,皮質下)に分類され,両者の混在もある.Deep MBsは高血圧性微小血管障害との関連が強く,lobar MBsは脳アミロイド血管症との関連が強い‍4.MBsの発生時期は一般的には特定し難いが,本症例では,高血圧症による無症候性deep MBsがGMTを障害し,数ヶ月から数年後に下オリーブ核の仮性肥大を生じたと考えられた.

本症例で注目すべきは,睡眠中にも認めた口蓋振戦が,嚥下反射時に停止し,誤嚥を認めなかった点である.嚥下時の一時的な呼吸停止は,嚥下時の声門閉鎖とともに誤嚥防止に働く‍10.本症例の口蓋振戦は呼吸相による変動はなかったが,嚥下時の呼吸停止時には消失し,呼吸停止終了後に同リズムで律動性収縮が再開しており,呼吸抑制が口蓋振戦を停止させた可能性がある.嚥下内視鏡検査では,発声時にも咽頭と喉頭に持続する律動性収縮を認め,発声筋への随意的な運動出力では律動性収縮は抑制されないことを確認した.一方で,嚥下造影検査では,嚥下反射の出現にて口蓋振戦は停止した.咽頭期嚥下,呼吸や発声は,短時間に複数筋がパターンで活動するstereo-typeの協調運動で,延髄のcentral pattern generator(CPG)の関与が考えられているが,詳細な機序は分かっていない‍11.嚥下と呼吸,発声の運動出力には疑核が関与しており,嚥下CPGの腹側嚥下群は疑核背内側の腹側網様体に存在する.本症例で認めた嚥下時の律動性収縮の停止は,疑核の運動出力が発声より嚥下や呼吸停止を優先した現象と考えた.口蓋振戦の嚥下時の抑制については本症例が初の報告であり,他症例でも確認する必要がある.本症例を通じて,嚥下と呼吸,発声の間には相互調節機構があることが示唆された‍12

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2022 Japanese Society of Neurology

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
feedback
Top