Rinsho Shinkeigaku
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Borderline regions between neurology and psychiatry, focusing particularly on the functional neurological disorders
Masahiro Sonoo
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2023 Volume 63 Issue 3 Pages 135-144

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要旨

日本の神経学は諸外国と異なり精神神経学の精神科と神経科への分離から出発したのではなく,それが現在の脳神経内科のあり方に陰を落としている.機能性神経障害(functional neurological disorders,以下FNDと略記,ヒステリー)は脳神経内科と精神科をまさに繋ぐ疾患だが,古代から存在し,神経学の源流ともなったcommon diseaseである.FNDの診断は,除外診断によって行うのではなく,精神科的原因・心理学的特徴から診断するのでもなく,神経症候そのもの(=FNDの陽性徴候)を元に,検査は最低限としてなるべく早期に積極診断すべきである.この考えは最新の精神科の疾病分類DSM-5においても支持された.様々な陽性徴候が記載されている.脳神経内科医の診療そのものが治療ともなる.

Abstract

Neurology in Japan did not develop from the separation of neuropsychiatry into neurology and psychiatry, which casts a shadow on the present situation of Japanese neurology. Functional neurological disorder (FND; hysteria) is a typical link between neurology and psychiatry. FND is a common disorder, which has been described from the ancient times and has also been the headstream of neurology. FND is not diagnosed by exclusion or by psychiatric causes, but should be actively diagnosed based on the neurological signs themselves (= positive signs of FND) as early as possible, with minimal ancillary tests. This opinion has been supported by the newest Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th edition (DSM-5). Many positive signs have been described. Assessment by a neurologist also becomes a treatment.

神経学はヒステリーから始まった.そして・・・

NeurologyとPsychiatryは,かつて一塊となった学問領域であった.19世紀末の神経学の父Charcotが,晩年ヒステリー研究に熱中したことはよく知られている.その弟子に,神経学の最高の金字塔の症候を記載したBabinskiと,精神分析で現代思想の一翼を創始したFreudの2人がいたことは象徴的な事実である.ここで,Babinski徴候がヒステリーと器質性の麻痺の鑑別を第一の目的として提唱されたこと,また,Freudがヒステリー性麻痺についての優れた神経学的記載を残している神経学者でもあったこと1も記憶されるべき事実である.Charcot–Babinskiの系譜から今日の神経学が発展してきたことを考えると,「神経学はヒステリーから始まった」と言っても過言ではない.

しかし,精神医学と神経学は20世紀前半ぐらいからその道を分かって,それぞれの専門性に特化して発展してきた.時には互いに相手を嘲笑したり軽視する風潮さえあったとされており2,これは後述の理由で日本ではより顕著であったかもしれない.最近になって,Parkinson病や脳梗塞患者がうつを呈すること,抗NMDA受容体脳炎を初めとする種々の自己免疫性脳炎が精神症状を主徴とすること,あるいは,統合失調症や強迫性障害の器質的脳障害が解明されてきたことなどから,再度両者の壁を壊すべき,あるいは壁がなくなりつつあるという議論がなされている2.だが,安易にこの風潮に乗ることが適切とは思えず,このeditorialを書いた著者自身もそのような態度,「すべての精神疾患は器質的に解明で‍きるものであり,器質的神経学だけで十分なのだ」というような考えを戒めている2.このeditorialに対するレターで,‍神経学と精神医学の壁が最も厚いのは機能性神経障害(functional neurological disorders,以下FNDと略記,かつてのヒステリー)だと,後に治療を含むFND研究において多大な画期的貢献をすることになるエジンバラのStoneが既に看破している3.Stoneらがその後に発展させた手法は,FNDには器質的疾患が基礎にあると短絡的に帰結するのではなく,NeurologistがFND患者の精神的側面・訴えに,精神科的手法を応用しつつ真摯に対応することであり,これを元に彼らが牽引する革新がもたらされたものである.この意味で,「ヒ‍ステリーから新たな神経学と精神医学の連携が始まった」と今日新たに言える時代が来たと感じている.

日本における精神科と脳神経内科の関係:諸外国との違い

日本でのneurology・神経学会の歴史については,高橋昭,葛原茂樹の総説に詳しい45.以下も上記両著者の記載を参考とさせていただいたものである.1902年に東京大学第一内科学講座教授,三浦謹之介(Charcotの元への留学歴あり)と東京大学精神医学講座教授,呉秀三によって,「日本神経学会」が設立された.これは世界的にも神経学と精神医学が未分化だった状況に対応するものと考えられる.ちなみに日本内科学会が同じ三浦教授を発起人の一人として設立されたのは翌年の1903年のことである.しかし,精神医学講座が全大学に設置を義務付けられたの対し,「神経学講座」は認められなかったために,神経学は徐々に衰退し,神経学会でも精神科医が優勢になってきた.このような背景のもと,1935年に日本神経学会は日本精神神経学会と改名された.

敗戦後,米国の新しい医学が導入されたが,そこでは精神科と分離したNeurologyが新たに勃興しており,米国留学した若い研究者達によって日本でも神経学研究が再度盛んになってきた.その代表である東京大学第三内科教授,冲中重雄,戦前から日本の神経学を支えて活動されていた名古屋大学内科教授,勝沼精蔵らは,神経学の独立した学会の必要性を痛感し,精神神経学会との交渉を開始し,1955年には,精神医学部門と神経学部門の2部門制が承認されるところまで漕ぎ着けた.

しかし,当時精神神経学会理事長であった東京大学精神医学講座教授,内村祐之が神経学部門の完全独立に強硬に反対したため,冲中らは精神神経学会の二分を諦めて,1956年に内科学会の中に独自に,内科神経同好会を旗揚げし,これを母体として1960年日本臨床神経学会が設立され,1963年日本神経学会と改称して,現在の神経学会に至っているのである.1962年,日本精神神経学会は2部門制を解消して,今後は精神医学に主体をおき,神経学については臨床神経学会に協力することを決議し,一応の両者の棲み分けが実現した.しかし「日本精神神経学会」の名称は変更することなく,現在に至っている.

以上を振り返ると,世界の主要国と異なり,日本のNeurologyは精神神経科の精神科と神経科への自然な分離からできたのではなく,分離を拒否された内科医有志が止むを得ず精神神経学会を飛び出して作ったのが神経学会だったのである.また,本来のNeurologyの訳語である「神経科」の名称は,既に精神科が使っていたために使うことができず,「神経内科」という標榜科名を新たに使うことになったのも,日本だけの事情である.

このように精神科との関係が当初から「こじれて」いたことが,日本の脳神経内科医が諸外国以上に精神科的興味あるいは修練が不足している理由と筆者は考えている.例えばドイツでは,基本領域neurologyは卒後すぐから5年間の研修を行うが,そのうちの1年間精神科での研修が義務付けられている.米国ではneurologyはもちろん基本領域だが,歴史的経緯のためにpsychiatryとのダブルボードとなっており,卒後2年目から4年目までの3年間の基本領域neurology研修のうちの数ヶ月の精神科研修が義務付けられ,かつ専門医試験においても精神科の問題が実に1/5を占めている(野寺裕之先生personal communication).

もうひとつ,日本のneurologyが2003年に内科のサブスペシャルティと位置付けられ,新専門医制度の中でさらにその縛りが強化されることで,卒後3年目以降の内科-脳神経内科の最短4年の専門研修の中に精神科研修が入り込むことは物理的にも無理となり,脳神経内科医の精神科的修練の不足をさらに助長しかねない事態となっている.脳神経内科の基本領域化が必要な主要な理由のひとつでもある6

ヒステリー(FND)の歴史・用語と頻度

ヒステリー・FNDは,精神科的病因によって神経症候(器質的神経疾患によるものと類似の症候)を呈するという点で,脳神経内科と精神科をまさに繋ぐ疾患と言える.筆者はこれまでFNDについて多くの総説を執筆してきた7)~14.本稿でも以下FNDを中心に論じることとする.

紀元前1500年頃に書かれたエジプトのエーベルスパピルスにも既にヒステリーの症状の正確な記載があったと言われる15.「ヒステリー」の用語は,紀元前5世紀頃,子宮を意味するギリシャ語からヒポクラテスが命名したものである.しかし男性にもヒステリーが存在することから,女性と結びつけられたヒステリーという用語は不適切とされ,転換性障害の用語が一時広く用いられたが,2013年に発表された「精神障害の診断・統計マニュアル(DSM)」の最新版DSM-5では,機能性神経症状症という用語も新たに提案されるなど,用語の変遷が甚だしい16.近年前記Stoneらは機能性神経障害(FND)の病名を用いており17,筆者もこれに従うこととした.

英国での多施設共同研究で,Neurology Clinicへの紹介患者で頭痛(19%)に次いで多いのが機能性心因性症状(16%)であったとされる18.筆者の統計でも,機能性・心因性患者は,外来初診患者の22.5%,外勤での筋電図検査への紹介患者の14.7%を占め,その大多数がFNDであった12

このように,ヒステリー/FNDは古代から記載されている疾患であり,かつcommon diseaseである.にも関わらず,日本の神経学のFNDへの興味関心は,前記の日本の特殊な精神科との関係もあって,不十分だったと言わざるを得ない.ここ数年やっと神経学会や臨床神経生理学会でFNDが企画として取り上げられることが増えてきており,FNDに注目が集まり始めているのは喜ばしいことである.

FNDをどのように診断するか?

FNDの診断というと,次の二つのアプローチを思いつく人が多いかもしれない.ひとつは,精神的ストレスやトラウマの存在,若い女性であること,ヒステリー性格など,精神科的原因・心理学的特徴から,FNDは診断されるのだろうという,おそらく誰でも普通に思いつく考え.もうひとつは,考え得る器質的疾患をきちんとすべて除外して,初めてFNDという診断が下せるという,おそらくこれもまた広く信じられている考えである.だがこの両者とも間違っている.

前者が間違いであると指摘したのは他ならぬBabinskiである.即ち,Babinskiは,ヒステリー性の麻痺の診断は,精神科的・心理学的など麻痺以外の特徴から下すのは間違いで,麻痺そのものの特徴から下すべきと主張し,Babinski徴候の発見に至ったものである19.この考えは,それ以後の著明な神経学者にも引き継がれた152021.即ち,この麻痺そのものの特徴が「陽性徴候」と呼ばれるもので,FND診断のキーとなる.ここで,FND患者の心理的要因を見出すことは精神科医であってもしばしば困難であることも指摘されている.これについては,もしフロイトの仮説が正しいとすれば,ヒステリー患者は無意識の心的外傷を身体症候に「転換」することで問題を解決している,少なくとも解決を試みているのであり,このためにそのような心理的要因を見つけるのは容易ではないのだろうと説明されている2021

また,検査の発達した現在では,運動感覚障害を呈する症例を見たら,脊椎・脳MRI,脳脊髄液検査,SPECT,PET,脳波などありとあらゆる検査が行われ(過剰な検査;overinvestigation),すべて異常がないので初めてFNDの疑いと(控えめに)診断される,あるいはさらにひどくは「検査をしても異常はないので原因不明」あるいは「病気はない」と言われることが実は頻繁に起こっていると推測される.そうなると患者はdoctor shoppingを繰り返すなどという事態が容易に起こってしまう.これは医療費の無駄であるだけでなく,そうやって過剰な検査やdoctor shoppingを繰り返すうちにFNDの症状も固定して難治となっていく.FNDの診断は除外診断で下すのではないというのも前記のexpertの共通した主張である152021

これらの考えはDSM-5に正式に取り入れられた16.それはStoneらの提言が適切に取り入られた結果と思われ22,FND診断における画期的な出来事である.即ち,DSM-5におけるFNDの診断基準では,心理的要因の特定は不要となり,逆に神経学的に説明できない徴候=陽性徴候の存在が必須となった.これはFNDの確定診断はneurologist=脳神経内科医の手に委ねられたことを意味するもので,すべての脳神経内科医が知っておくべきことである.もう一つのDSM-5での重要な変更は,DSM-IV TRでの「適切な検査を行った上で,症候が器質的疾患(medical condition)で説明できないこと」という診断基準での記載が,「症候をよりよく説明する他の器質的疾患(&精神疾患)がない」と改められたことである.これは,除外診断のための徹底的な検査は必要ないことが正式に支持されたと言え,また器質疾患に合併したFND,functional overlayの診断も可能となった.

以上,検査は最低限として,なるべく早期に陽性徴候に基づいてFNDと積極診断すべきという方向性がDSM-5によって正式に支持されたものと言える.ここで器質性疾患をFNDと誤診してしまうのは当然最も避けるべきことである.かつて,器質性疾患をヒステリーと診断する確率が非常に高い(60%)という報告があった23.これもあって,FNDと積極診断することが躊躇われ,除外診断のために多くの検査を施行していたという側面があったのではと思われる.しかし,近年の検討では,器質疾患をFNDと誤診することは非常に少ない(0.4%)と報告されている24.もちろん十分な慎重さは欠かせないが,自信をもって積極診断することはもっと行われて良い.誤診を減らすためには,再度診察する機会を持つことが推奨される17

電気生理学的検査の有用性

検査の中で,機能を見ることのできる電気生理検査には,除外診断にとどまらない有用性が期待される.即ち,臨床症候からの診断を裏付ける,あるいは症候と併用することでFNDの確定診断を下すことも可能となる.神経症候にはどうしても主観が入るが,電気生理検査は客観的に機能を評価できるので,誤診を防ぐためにも役立つ14

特に機能性筋力低下において,電気生理検査が非常に有用である.明確な筋力低下筋を記録筋とした運動神経伝導検査で,複合筋活動電位振幅が正常でかつF波も正常な場合,あ‍るいは,筋力低下筋の針筋電図で脱神経がなく,動員パター‍ンも正常だが発火頻度が上昇しない賦活不良(poor activation)の所見である場合には,中枢性の筋力低下(central weakness)であると診断できる.ここで臨床的に錐体路障害がなければ,機能性筋力低下であることを強く示唆する所見となる.

その他,重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)が疑われている患者で,筋力低下筋(指伸筋がこの目的には適している)で行った単線維筋電図(SFEMG)が正常であればMGは否定できる.感覚脱失の患者で,感覚脱失部位を支配する神経で刺激した体性感覚誘発電位(SEP)が正常であれば,FNDであると診断できる.不随意運動においても電気生理学的検査の有用性が示されている25

発作中脳波が正常なことは,心因性非てんかん発作(psychogenic nonepileptic seizures,以下PNESと略記)を支持する所見となるが,前頭葉てんかんや脳深部に焦点のあるてんかんの一部では,発作中の脳波が正常な場合があることには留意する17.いずれにしても,PNESのてんかんとの鑑別には,ビデオ脳波モニタリングがもっとも有用な手段となる2627

FNDの陽性徴候

I.様々な陽性徴候:特に運動麻痺について

FNDの陽性徴候として記載されているものをTable 1にまとめた9101728.非常に多くの陽性徴候が提唱されていることがわかる.脳神経内科医はこれらを知って診療に活用することが望まれる.中でも運動麻痺,即ち,機能性筋力低下(functional weakness)に関するものが特に多いが,これらすべてを知る必要はなく,確度の高い,やり慣れた手技少数をしっかり身につけるのが大事である.機能性筋力低下の陽性徴候については別稿で詳しく解説したので参考としていただきたい10

Table 1  FNDの陽性徴候.
1)運動麻痺
・全体的特徴
 Give-way weakness33
 拮抗筋の同時収縮1545
 遠隔筋に力を入れる(shunting of innervation;顔をしかめる,声を出すなど)46
 日により変動し,不連続に回復する.
 日常動作を障害しにくく,怪我をしない.
・解剖学的・生理的事実に反する特徴
 腕落下試験で顔を打たない1519
 腕回内下降試験(所謂上肢Barré試験)での回内を伴わない下降(drift without pronation)
 膝立て試験で落下しない(総合せき損センター試験)47
 下肢Barré試験での大腿屈筋腱の収縮欠如,ないし,下降しない28
 屈伸筋同程度の筋力低下28
 舌の片麻痺対側への偏倚48
 麻痺側への頭部回旋の障害(SCMテスト)2849
 一貫性のない筋力低下(ベッド上で足底屈が弱いけれども爪先歩きができるなど)151745
 回外捕球徴候(Supine catch sign)50
・反射
 腱反射正常・片麻痺で左右差がない
 腱反射の見かけ上の亢進,クローヌス様の振戦19
 Babinski徴候陰性
 腹壁反射正常
・連合運動を利用したもの
 両側同時の握力測定15
 Abduction finger sign51
 Raimiste 徴候5253
 Strümpellの前脛骨筋現象53
・協働運動を利用したもの
 身体イメージにある運動の麻痺1015
 顔面の一側麻痺でも口笛は正常19
 広頸筋徴候を真似できない19
 大腿躯幹複合屈曲運動(Babinski屈股現象)19
 Hoover試験29
 Sonoo外転試験30
・能動的運動の障害
 握力の低下7
 逆説的手関節屈曲(paradoxical wrist flexion)39
 大殿筋の筋力低下40
2)歩行
 ぶん回し歩行(circumduction)とならず,麻痺肢を後ろに引きずる154
 椅子試験(Chair test)55
 過度の徐行41
 心因性のRomberg徴候(大きく揺れるが倒れない)4154
 氷上歩行41
 転倒を伴わない突然の膝折れ4154
 失立失歩(Astasia-abasia)4156
 交叉性歩行54
3)不随意運動
 振戦同調試験57
 気を逸らすこと(distraction)での消失2144
 固定ジストニア姿勢58
 典型的な機能性の片側顔面過活動59
4)感覚障害42
 身体正中での境界線(視床病変を除く)
 胸骨ないし前頭部での振動覚左右差(特異的でないとの報告あり60
 解剖学的に合わない感覚障害領域45
 Bowlus-Currier試験61
5)視覚障害43
 fogging test
 円筒性視野狭窄
 螺旋状視野狭窄
6)心因性非てんかん発作2627
 閉眼,特に他動的開眼への抵抗を伴う場合
 発作中の啼泣
 全身痙攣での左右への首振り
 全身痙攣中の記憶保持
 睡眠中には決して起こらない(発作前の脳波正常な偽睡眠にも注意)
 1分以上続く無動・無反応の発作

カクカクッと力が抜けて検者に負けてしまうGive-way weaknessは有名だが,脱髄性ニューロパチーや(Guillain–Barré症候群がFNDと誤診される一因となる)錐体路性の筋力低下など,他の器質疾患でも見られることに注意を要する.高度脱力にも関わらず腱反射が正常,あるいは片麻痺において腱反射の左右差がない,神経筋の原因でない(これは前記のようにしばしば電気生理検査から証明できる)下肢麻痺があるがBabinski徴候陰性なども,単純ではあるが信頼性の高い陽性徴候である.

連合運動ないし協働運動を利用した陽性徴候というのがい‍くつか記載されている.このうち連合運動(associated movement)とは,歩行時に腕を振るなど,筋作用として協働する必然性はないけれども,主に遠隔の筋に,生理的,ないし病的状態で出現する関連同期した運動を指す.これを利用した陽性徴候もいくつか記載されているが,連合運動での異なる運動の連関は次の協働運動ほど密接ではないため,これらの徴候の信頼性は一般に高くないと推測される.

II.協働運動を利用した陽性徴候

機能性筋力低下の診断に特に有用なのは,協働運動の方である.一般にある関節運動を行う時には,主働筋以外に様々な協働筋(synergist)が同時に共同して働いている.主働筋の作用によって目的の動き以外が生ずるのを,より近位の筋が作働することで防ぐのは典型的な協働筋の働き方である.このようにして遂行される運動の総体を協働運動(synergy)と呼ぶ.FNDにおいては,ある協働運動を構成している筋群のうちの一部の筋のみを動かなくすることは不可能,ないし極めて困難である(これは随意運動においても同じである).従ってFNDにおいては,身体イメージにある運動の総体が協働筋も含めてすべて麻痺してしまう1015.例えば後述のSonoo外転試験を例にとると,「左下肢を外転する」という協働運動全体が麻痺するのであって,左中殿筋が麻痺しているわけではない.これに対して,器質性の麻痺では正常の協働運動を構成する筋のうちの一部のみ,例えば左中殿筋のみが麻痺することが普通に起こり得る.Hoover試験29とSonoo外転試験30が,協働運動を利用したFNDを見破る徴候として有用であり,Fig. 1に解説した.

Fig. 1 Hoover試験とSonoo外転試験.

いずれも左下肢麻痺の場合.患肢をグレーで示す.検者の手をグレーの手の形で示した.

Hoover試験:器質性麻痺では,健肢挙上時にも患肢挙上時にも患肢が検者の手の力に負けて押し上げないし押し下げられる.しかし機能性麻痺では,患肢挙上時には「患肢を挙上するという運動総体」が弱くなるので,強いはずの健側の右下肢も検者の手に負けて浮き上がる.一方健肢挙上時には「健肢を挙上するという運動総体」が正常なので,弱いはずの患側の左下肢も検者の手に十分な抵抗を示し,浮き上がることはない.結果として,非挙上肢が浮き上がるか否かが,器質性とヒステリー性では逆となる.

Sonoo外転試験:器質性麻痺では,健肢外転でも患肢外転でも患肢が抵抗に負けて動いてしまう.機能性麻痺では,患肢外転時には「患肢を外転するという運動の総体」が弱くなるので,強いはずの右下肢も,検者の抵抗に負けて過内転方向に動く.一方,健肢外転時には「健肢を外転するという運動の総体」が正常なので,弱いはずの左下肢も抵抗に抗して動かない.結果として,非外転肢が動くか否かが,器質性とヒステリー性では逆となる.

(文献12)より許可を得て転載)

Hoover試験については,Hooverの原著29では二つの部分徴候が記載されているにも関わらず,多くの成書ではその一方のみしか言及されていなかったり,Adams & Victorという有名な教科書に記載されている変法31が実は問題があるなど,かなりの混乱がみられることを筆者は指摘してきた73032.Hoover試験は信頼性に欠けるという主張もしばしばされているが33)~35,これはこれらの誤解や混乱に基づくもので,正しく施行するとHoover試験も十分信頼性が高いことを筆者は主張してきた73032.もっとも筆者の手法(Fig. 1)もある意味変法と言うべきもので32,Hooverの原著では,非挙上肢の下に置いた手が感じる圧という主観で判断しているのに対し,筆者の方法では,非挙上肢が検者の力に負けて浮き上がるか,強く固定されて浮き上がらないかという,視覚で捉えられる徴候で判断するのでより客観的になると考えている.Sonoo外転試験も同様に非外転肢の動きで判断するもので,Hoover試験に比べていくつかの利点があることも示してきた73032

III.能動的運動の障害

筆者は握力の低下が機能性筋力低下の特徴であることを2006年の総説で述べている7.これは一般人が筋力というと真っ先に握力を思い浮かべるように「わかりやすい筋」が麻痺しやすいことを意味するのではないかと推測しているが,握力は「能動的な運動」の代表とも解釈できる.いずれにしても握力低下はFNDで頻度の高い徴候である.ここで,FNDがかなり混じっているのではと推測される12,議論のある胸郭出口症候群(disputed thoracic outlet syndrome: disputed TOS)で,一般に筋力低下は稀だが握力低下を見る例がかなり多いと記載されているのも興味深い36)~38

筆者は2020年に新しいFNDの陽性徴候,逆説的手関節屈曲(paradoxical wrist flexion)を発表した(Fig. 239.これはFNDでは手関節屈曲位からさらに屈曲させようという能動的運動が,手関節中間(伸展)位の姿勢を保持する受動的運動よりも障害されやすいことを元にした徴候である.

Fig. 2 逆説的手関節屈曲(paradoxical wrist flexion).

最上段:手関節屈曲位(WFfl),手関節伸展(実際には中間)位(WFex)でのMMT(徒手筋力テスト)の実際の写真を示す.

次段:本検査法の力学的根拠.黒矢印:手関節屈筋群の収縮力,両矢印:回転半径,グレー矢印:生成されるモーメント(トルク).WFflの方がWFexに比べると,筋長が短いので収縮力は大きく,また回転半径も大きいので,生成されるモーメントはWFflの方がWFexよりも必ず大きい.

下2段:器質性麻痺,機能性麻痺それぞれでの所見.機能性麻痺ではWFflはbreakされるが,WFexはbreakされないという,力学と矛盾する所見が得られる.これを逆説的手関節屈曲と名付けた.

(文献12)より許可を得て転載)

さらに仰臥位で下肢全体をベッドに押し付ける方法で大殿筋の筋力を調べるとFNDでは高頻度に障害されることを見出しており40,weak gluteus maximus signと名付けて現在投稿中である.この手法でのベッドへの押し付け運動も能動的運動に属するためにFNDで障害されやすいものと考えている.

IV.その他のFND症候での陽性徴候

その他Table 1に示すような様々なFNDの症候について,陽性徴候が記載されている.歩行41,不随意運動21,感覚障害42,視覚障害43,PNES2627などのそれぞれについて,陽性徴候を詳しく論じた優れた総説があるので,それらも参考としていただきたい.

不随意運動では,気を逸らすこと(distraction)が診断に極めて有用となる2144.即ち,病歴聴取,計算,他部位での運動負荷,対側手の急な動き,手指の複雑な運動,指タップ(振戦同調試験としても用いることができる)などを行わせると,振戦などの機能性不随意運動は消失する.

視覚障害では円筒性視野狭窄が有名で,確実なFNDの陽性徴候となる(Fig. 3).これは,心理学でいう「大きさの恒常性」に対応する現象であると考えられる.即ち,FNDの視野障害は,網膜上の像の範囲で決まるのではなく,例えば「人間一人分の範囲」だけが見えるというふうに脳内イメージで決定されていることを示唆するもので興味深い.

Fig. 3 円筒性視野狭窄.

Aの直線(平面)で指標を動かして行くと,点線部分は見えずに,実線部分から見えたと患者は申告する.より遠いBの平面で同じように指標を動かす時,やはり点線部分は見えず,実線部分から見えたと申告される.即ち,視野障害の範囲は空間上で円筒状に存在する.ここで,“?”で示した範囲は,網膜上の像としては,Aでは見えていた部分に投影されているはずだが,患者には見えていないという矛盾が生ずることから,FNDであると診断できる.

(文献12)より許可を得て転載)

FNDの治療

近年,脳神経内科医の診療=説明自体が認知行動療法となるということが,Stoneらを中心に主張されている17.その詳細は別著で説明したので参考としていただきたい911.患者への説明のポイントは色々とあるが,最も大事な点として以下が挙げられる.

1)「機能性神経障害」「機能性筋力低下」などの明確な診断名を告げる.

2)神経系の構造に異常はないけれども脳からの命令が身体に届いていない状態なのだと説明する.コンピュータで言うと,ハードウェアに問題はなくソフトウェアの問題なのだというたとえを用いる.

3)神経系に器質的な障害はないのだから必ず回復すると保証する.

4)初診時に精神的問題についての質問はすべきでなく,精神的な問題だと言う必要はない.原因を尋ねられたら,「人により様々で,外傷,ストレス等が誘発することもあるが,原因不明のことも多い」ぐらいの答えにとどめる.

5)座位でHoover徴候をやらせて,力が入ることを実感してもらうことも治療に使える17

できる限り次回診察を予定すべきであり,2回目の診察で再度診断を確認し,初回の説明の効果を見るとよい.

筆者もこの手法を知って以来,なるべくこの方法を実践するようにしているが,発症まもない若年者では,かなりの例で,次回の診察時には筋力低下が改善・消失している.上記のように診断名を告げて,重大な神経系の疾患・障害はないこと,必ず良くなることを説明すると,本人・家族とも喜ぶケースがしばしばある.そのような例では予後もよい印象がある.しかし,経過の長い例,交通事故などで疾病利得のある例,その疾患(しばしば誤診してつけられた疾患名)・障害を有することが本人のidentityになってしまっているような例では,回復も簡単ではない.この意味でも,早期に正しくFNDと積極診断を下すことの重要性が痛感される.

難治例では,精神科,リハビリテーション科とタイアップした集学的治療が有効とされるが,日本では特になかなか対応してくれる精神科がないのが実情かもしれない.リハビリテーションには大きな期待がかけられ11,今後の発展が望まれる分野である.

最後に

繰り返しになるが,古代から存在し,神経学の源流であり,かつcommon diseaseでもあるFNDを,陽性徴候に基づいて早期から積極診断して治療の道筋をつけることは,脳神経内科医の新しい責務である.神経症候学という脳神経内科医のみが持つ技能(art),AIには100年取って代わられないであろう技能の有用性が最も発揮されるのもFNDの診療である.それは医療費の節約という国家的課題にも貢献できる.FNDの特に治療においては,脳神経内科医に精神科的素養があることもまた強みになると推測される.その意味でも,脳神経内科と精神科との新しい架け橋となる分野としても発展が期待される.

Notes

※著者に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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