2025 Volume 65 Issue 9 Pages 655-660
症例は剖検時43歳の男性.2011年から浮遊感,右半身の筋力低下,2012年から右手の震えの症状があり受診した.頭部MRIで側脳室周囲,皮質下白質,延髄背側に高信号域があり,頸椎MRIで頸髄に多発する高信号域を認めた.一次性進行型多発性硬化症(primary progressive multiple sclerosis,以下PPMSと略記)と診断し,ステロイドパルス,血漿交換,フィンゴリモドなどで治療したが,緩徐に進行した.2022年に死亡,病理解剖を実施し,中枢神経系に多発する脱髄病変を認めた.病変部に炎症細胞の浸潤やマクロファージの出現はめだたず,活動性を示唆する所見は明らかでなかった.本邦でPPMSの剖検例は貴重であるため報告する.
A 32-year-old man presented with the symptoms of a floating sensation, weakness on the right side of the body, and tremor of the right hand. Head MRI was performed, and T2-weighted images showed high-signal lesions around the lateral ventricles, subcortical white matter, and dorsal medulla oblongata. Moreover, MRI of the cervical spine showed multiple high-signal lesions without contrast enhancement. Based on these findings, the patient was diagnosed with primary progressive multiple sclerosis (PPMS) and was treated with steroid pulse therapy, plasma exchange, and oral fingolimod. However, the patient’s condition deteriorated slowly, and he died at the age of 43 years. An autopsy revealed multiple demyelinating lesions in the central nervous system. No inflammatory cell infiltration or macrophage accumulation was observed, and there was no evidence of an active lesion. Herein, we present this rare autopsy case of PPMS in Japan with a review of the literature.
一次性進行型多発性硬化症(primary progressive multiple sclerosis,以下PPMSと略記)は欧米では多発性硬化症(multiple sclerosis,以下MSと略記)の10~15%を占めるとされるが1),日本では3.2%と報告されている2).PPMSには確立された治療法がなく,発症から診断まで時間がかかることが多い3).また,身体障害の進行は再発寛解型多発性硬化症(relapsing remitting multiple sclerosis,以下RRMSと略記)より早いとされている4).今回,初診時からMSが疑われ,発症から約3年でEDSS 6.0に達し,発症から約11年で死亡し,病理解剖を実施したPPMSの1例を経験したため報告する.
症例:初診時32歳男性
主訴:右手の震え
既往歴:なし.
生活歴:右利き,雑誌の編集業(徹夜作業が多い).喫煙歴は20本/日を16年以上,飲酒歴はなし.
現病歴:2011年に頸を後屈させるとふわふわする浮遊感があり,2012年に書字時の右手の震え,歩行時のふらつき,頻尿が出現した.震えは進行し,コーヒーカップを持つとこぼれるようになり,パソコンが打てなくなった.またむせるようになり,健康診断で視力低下を指摘された.そのため当院を紹介され,同年12月に精査と治療を目的に入院した.
入院時現症:血圧106/69 mmHg,脈拍70回/分,体温36.0°C.一般身体所見に特記すべき異常はなかった.神経学的所見では,意識清明で,高次脳機能検査はHasegawa Dementia Scale-Revised 29点(5物品記銘再生で失点),Mini-Mental State Examination 30点,Raven’sTM Coloured Progressive Matrices 35/36,Paced Auditory Serial Additions Task Clinical Assessment for Attention(PASAT)2秒条件の正答率73%,1秒条件の正答率38%であった.脳神経領域に異常所見は認めなかった.握力は右16.5 kg,左31.0 kgで,上肢Barré試験は右で第5指徴候を伴い,10 cm下垂した.Mingazzini試験は右で20 cm下垂した.鼻指鼻試験では右優位に両側で運動分解があり,踵膝試験で両側に測定過大を認めた.表在覚は異常ないが,母指探し試験では左優位に不良であった.下肢の位置覚は正常であったが,両膝,両母趾で振動覚は低下していた.開脚歩行で,つぎ足歩行はできなかった.Romberg徴候は陰性であった.四肢の腱反射は亢進し,クローヌスを右膝で認めた.バビンスキー徴候は右で陽性,手掌頤反射は両側で陽性であった.Lhermitte徴候はなく,head titubationを認めた.EDSS 3.0であった.矯正視力は両側1.2で,視神経炎などの眼科所見は認めなかった.
検査所見:血液検査で異常はなく,抗核抗体,抗Sm抗体,C-ANCA,P-ANCA,抗AQP 4抗体は陰性であった.脳脊髄液検査で細胞数1/μl未満,蛋白24 mg/dl,IgGインデックス0.51,ミエリンベーシック蛋白40 pg/ml以下,オリゴクローナルバンドは陰性であった.体性感覚性誘発電位では右上肢N20および両下肢は導出されないが,末梢神経伝導検査では異常は認めなかった.視覚誘発電位では両側のP100で潜時の延長があり,聴性脳幹反応は左耳刺激で両側IV,V波が導出不良,右耳刺激では左III,IV波の潜時延長を認めた.頭部MRIでは側脳室周囲(Fig. 1A, B),皮質下白質(Fig. 1C),延髄背側(Fig. 1D)にFLAIR像,T2強調像で多発する高信号域を認めた.頸椎MRIではC3/4(Fig. 2A),C4/5(Fig. 2B),C6/7(Fig. 2C)にT2強調像の軸位断で髄内の高信号域を認めたが,矢状断では病変ははっきりせず,脊髄萎縮も認めなかった(Fig. 2D).脳病変,脊髄病変に造影効果は認めなかった.

Head magnetic resonance imaging (MRI) has been performed with a 1.5-T scanner. FLAIR images show hyperintensity around the lateral ventricle (A, B) and subcortical white matter (C), and a T2-weighted image shows hyperintensity in the medulla oblongata (D).

T2-weighted images show hyperintensity in C3/4 (A), C4/5 (B), and C6/7 (C) in the axial view. Normal findings are obtained in the sagittal view (D), and spinal cord atrophy is not acceptable.
経過:進行性で多発する脳脊髄病変があることから,PPMSを疑い,ステロイドパルス療法を実施し,初回の治療後は歩行スピードが上昇し,head titubationの改善を認めた.その後フィンゴリモドを導入したが,2013年の1月から歩行障害やhead titubationの増悪があり,四肢麻痺を認めた.2013年から2015年にかけてステロイドパルス療法を計9回実施し,2013年8月に血漿交換療法も施行したが症状の改善は見られなかった.2014年にはEDSS 6.0まで悪化した.症状の進行が早く,治療効果が乏しいため,患者に同意を得て,当院の医療安全委員会,薬事委員会の担当の医師,薬剤師など複数名で稟議し,承認を得たのち,フィンゴリモドからアザチオプリンへ変更した.しかし効果はなく,フィンゴリモドへ変更した.2016年に退職し,車椅子での生活になった.2019年に再検したオリゴクローナルバンドが陽性となり,頭部MRIでは皮質下病変のわずかな増加と(Fig. 3B),脳萎縮の進行(Fig. 3A, B),頸髄の萎縮を認めた(Fig. 3C).PASAT 2秒条件は50%,1秒条件は28%へ低下した.この頃には尿閉となり,尿道カテーテル留置が必要となり,EDSS 9.0まで進行し施設へ入所した.2020年に嚥下障害の増悪があり,食事形態が1口大となり,2021年には誤嚥性肺炎や尿路感染症で入院を繰り返すようになった.本人の意向もあり,フィンゴリモドは継続していた.2022年に突然の心停止で発見され,当院で死亡を確認し,病理解剖を実施した.脳重1,440 gで肉眼的には脳萎縮はめだたなかったが(Fig. 4A),ホルマリン固定後の割面では大脳半球の割面で脳室周囲や白質,脳梁に多発性の褐色調の硬化病変を認めた.脳幹部と脊髄の水平断,小脳矢状断でも脱髄斑と思われる,斑状病巣を多発性に認めた.(Fig. 4B, C).クリューバー・バレラ(KB)染色ではその病変に合致して,髄鞘の淡明化を認め(Fig. 4D),SMI31抗体による軸索染色では染色性は保たれていた(Fig. 4E).MBP抗体による髄鞘の染色は高度に低下していた(Fig. 4F).MBP抗体による染色で不均一で,不完全な構造をしている再髄鞘化所見は見られないことから再髄鞘化は乏しいと考えた.ヘマトキシリンエオジン(HE)染色では線維性グリオーシスを呈するが,炎症細胞の浸潤やマクロファージの出現は認めず,活動性を示唆する所見はめだたなかった(Fig. 4G, H).CD68陽性マクロファージは脱髄病変内には少なく,病変の周囲に多数集簇する傾向が認められたが,HE染色およびKB染色で正常に見える白質にも広範に比較的多数認められた(Fig. 4I~L).CD3陽性のT細胞やCD20陽性のB細胞は乏しかった.大脳皮質は比較的保たれ,大脳,小脳,脳幹,視神経など中枢神経系に同一の多発する脱髄病変を認めた.AQP4の染色性は保たれていた.

FLAIR images show a slight increase in subcortical lesions (A, B) and the progression of brain atrophy. A T2-weighted image shows the progression of cervical spinal cord atrophy (C).

The brain weight is 1,440 g, and brain atrophy is not clear (A). After formalin fixation, multiple lesions are observed in the central nervous system (B, C). Klüver-Barrera (KB) staining shows patchy myelin paller (D). Anti-SMI31 antibody immunostaining indicates preservation of axons (E). Anti-MBP antibody immunostaining indicates severely decreased stainability (F). Hematoxylin–eosin (HE) staining shows fibrogliosis (G). There is no inflammatory cell infiltration or macrophage accumulation (H). CD68-positive macrophages were relatively sparse within demyelinating lesions(I, J), but showed a marked tendency to accumulate as a large population at the periphery of the lesion(K). Notably, a significant number of these macrophages were also diffusely distributed in white matter that appeared histologically normal by HE and KB staining(L). Scale bars represent 10 mm (A–D), 500 μm (E, F, I), or 50 μm (G, H, J–L).
本例は発症時から明らかな再発がないものの,1年以上の障害進行があり,脳室周囲,皮質下,テント下の3つの領域での脳病変と,頸髄に多発する病変を認めたことからPPMSと考えた5).経時的に症状の進行はあるものの,画像上は病変の増加はわずかで,病変の高信号も不明瞭なものであり,いずれの病変も造影効果を認めなかった.PPMSの病変はT2強調像で淡い高信号のみを呈し,7テスラ超高磁場MRIによる脳イメージングを使用してはじめて病変が検出されるという報告がある6).PPMSは他のMSと比較して造影病変の検出率が低いと報告されている7).またPPMSはRRMSと比較して脳萎縮,脊髄萎縮がより高度であると報告されており8),とくに皮質の萎縮がRRMSの患者より1.8倍速いとされる.さらに大脳皮質の萎縮に加え,視床,被殻,海馬などの深部灰白質の萎縮が進行するとされる.本例は初診時32歳と若年であったが,11年の経過で脳萎縮が見られており,PASATの低下に反映された認知機能低下の要因と推測された.脊髄萎縮は,局所的なMRIの病変では説明がつかない臨床症状の要因の可能性が指摘されており9),本例の運動症状や自律神経症状の悪化は脊髄萎縮が起因している可能性がある.症状の進行と頭部MRI,脊椎MRIの経過,そしてオリゴクローナルバンド陽性となったことから臨床的にPPMSと診断した.ただオリゴクローナルバンドが陽転化したことは特異的である.オリゴクローナルバンドは病勢の初期から陽性となることが多く,陽転化することは稀であるといわれている10).一方でMSの患者では,臨床的に問題が起きない限り,脳脊髄液検査は再検しないことが多いため,オリゴクローナルバンドの経過に関してははっきりしていない.しかし再検することで,炎症や治療反応性の指標になりうる可能性が指摘されている11).またフィンゴリモドでの治療中に血清中のB cell activating factor of the TNF familyレベルが上昇し,成熟B細胞や抗体産生細胞の維持に寄与する可能性がある.また活性化プラズマブラストの増加も報告され,治療中のMS患者の末梢血中で,活性化されたプラズマブラストの割合が増加していることが報告されている.このためフィンゴリモドを使用している患者でオリゴクローナルバンドが陰性であったものが陽転化する可能性が報告されている12).ただ本例では初回のオリゴクローナルバンドの試薬と再検した際の試薬が異なるため,試薬の違いが影響する可能性も否定しきれない.
病理解剖を実施したPPMS,二次性進行型MS(secondary progressive MS,以下SPMSと略記),RRMSのEDSS 6に達するまでの時間は,それぞれ平均で14.0年,17.9年,11.8年,そして全経過の平均年数は27.6年,29.9年,24.2年と報告されている.脱髄病変に加え,実質の細胞が疎のグリーオシスが中心なものの,脱髄病変の周囲にHLA染色陽性の活動性マクロファージを認めるmixed lesionsがPPMS,SPMSではRRMSと比較して優位に多いと報告され,さらにPPMSでは再髄鞘化病変がSPMS,RRMSと比較して少ない.そして活動性病変や再髄鞘化病変の割合が予後に影響を与えることが報告されている13).40歳代で病理解剖を実施したMS患者は活動性病変が40%以上,罹病期間が約10年の場合は活動性病変が30%以上を占め,PPMSの患者全体でも活動性病変が約15%みられたと報告されている14).PPMS,SPMSの患者で頸髄病変を認めた患者の病理解剖の報告では,軸索変性が見られていたとの報告がある15).本例は既報告と比較し,再髄鞘化の所見がめだたなかったことは合致するが,活動性病変を示唆する所見が明らかではなかったこと,明らかな軸索変性の所見を認めなかったことが特異的である.これはフィンゴリモドの内服が影響した可能性が示唆される.フィンゴリモドは生体内でスフィンゴシンキナーゼによってリン酸化され,SIP1受容体に結合し,受容体の内在化を誘導し,機能的アンタゴニストとして作用する16).これにより病的リンパ球を二次リンパ組織に留め,中枢神経に浸潤するのを防ぐ.さらに血液脳関門を通過し,中枢神経系に直接作用し神経保護作用を発揮するとされる17).本例が病理学的に活動性が乏しいものの,進行が早かったことからは,フィンゴリモドによる中枢への炎症細胞の浸潤を抑制しても,進行を抑制できない可能性が示唆される.
PPMSの治療薬としてグラチラマー酢酸塩,リツキシマブ,フィンゴリモド,IFN-βなどの治験が行われてきたが,治療効果を見いだすことはできず,本邦ではPPMS患者に対して疾患修飾薬は承認されていない1).近年MSでは髄膜や血管周囲腔にB細胞を中心とした免疫細胞から構成される炎症があり,それらが大脳皮質障害や緩徐に拡大する白質病変の原因となっていることが明らかとなった18).それらを踏まえ,ORATORIO試験でocrelizumabの有効性が報告され,FDAに承認されている19).本邦でもocrelizumabと同様の作用機序であるオファツムマブをPPMSの患者に使用して,高次脳機能障害の改善に寄与した報告がある20).本例でも症状進行に対し,オファツムマブの使用を検討したが,誤嚥性肺炎と尿路感染症などの感染症を繰り返していたことから導入しなかった.また病理所見ではCD20陽性のB細胞はほぼ見られなかったことから,使用したとしても効果がなかった可能性もある.
今回我々は病理解剖を実施したPPMSの1例を経験した.病理学的所見からはフィンゴリモドにより中枢への炎症細胞の浸潤を抑制はできていたが進行は抑制できず,再髄鞘化がみられることなく経過し,脳脊髄の萎縮が急速であったことが,進行が早かった原因と推測された.
著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.
本報告の要旨は,第168回日本神経学会東海・北陸地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.