Rinsho Shinkeigaku
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Brief Clinical Notes
Pisa syndrome with laterocollis associated with bilateral chronic subdural hematomas: a case report with reference to peripheral vestibular hypofunction
Motomi Arai
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2025 Volume 65 Issue 9 Pages 676-678

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要旨

症例は88歳,女性.18年前と13年前にめまいの受診歴があった.四肢遠位部のしびれ感のためプレガバリン内服を約4カ月間続けた頃から頭部が軽度側屈した.その約2カ月後に側頭部を強打し(第1病日),第22病日に立位で頭部が左に強く側屈した.歩行障害も悪化して第38病日に受診した.軽度の意識障害,左への頸部と体幹の側屈がみられた.頭部MRIで脳幹や小脳などに髄内病変はないが両側の慢性硬膜下血腫(chronic subdural hematoma,以下cSDHと略記)がみられた.穿頭ドレナージ術後に姿勢異常は速やかに改善した.右向きの定方向性水平性眼振から推定される左末梢前庭障害とプレガバリンの副作用に対する代償機転がcSDHで破綻して,姿勢異常を生じた可能性がある.

Abstract

An 88-year-old woman with a history of two prior episodes of vertigo developed a mild leftward head tilt approximately four months after initiating pregabalin for severe tingling in the distal extremities. Two months later (day 1), she sustained a head injury without loss of consciousness. On day 22, she acutely developed leftward lateral flexion of the head while standing. Her gait progressively deteriorated, and she presented to our clinic on day 38. Neurological examination revealed mild disturbance of consciousness and marked leftward tilt of the head and trunk. Cranial MRI demonstrated bilateral chronic subdural hematomas without intra-axial lesions, including in the brainstem or cerebellum. Following surgical evacuation, the abnormal posture of the head and trunk resolved promptly. A horizontal, direction-fixed, right-beating nystagmus was observed, suggesting left-sided vestibular hypofunction. Subtle postural imbalance due to vestibular hypofunction and adverse effects of pregabalin may have been decompensated by the subdural hematomas, resulting in the pronounced cervical and truncal tilt.

はじめに

Pisa症候群(Pisa syndrome,以下PSと略記)は座位,立位あるいは歩行時に体幹が一側に10°以上側屈するが,背臥位などでは消失する可逆的な姿勢異常である1.PSはパーキンソン病(Parkinson’s disease,以下PDと略記)の合併症として注目されているが,発症から5年以内のPS有病率はPDよりも多系統萎縮症の方が高い.コリンエステラーゼ阻害薬,抗精神病薬,抗うつ薬などによる薬剤性PSや2,慢性硬膜下血腫(chronic subdural hematoma,以下cSDHと略記)に伴って急性発症したPSが報告されている34.われわれが経験したcSDHに伴うPS症例は頭頸部の左への側屈が強く,左末梢前庭障害を示唆する眼振所見がみられた.前庭脊髄路の関与についての考察を加えて報告する.

症例

症例:88歳,女性,右利き

主訴:頭と体幹が左に傾く.起立,歩行困難

既往歴:18年前めまいで脳神経外科に1週間入院し,13年前めまいで耳鼻咽喉科医院に約1カ月間通院したが,詳細は不明である.2年以上前から高血圧でアムロジピン,脂質異常症でプラバスタチンを内服していた.

家族歴:特記事項はない.

現病歴:四肢遠位部に強いしびれ感があり,X−2年に整形外科医院で頸椎症と診断され,X−1年7月中旬からプレガバリン25 mgを内服していた.日常生活は自立していた.X−1年12月に頭部が少し左に傾いていると気づいた.X年2月中旬(第1病日)自宅で転倒して左側頭部を柱に強打した.意識消失はなかったが,夕食のとき箸を使いにくかった.第12病日の頭部CTでは著変なく,右手指の動きは徐々に改善した.第22病日,頭部が大きく左に傾き,起立や歩行が次第に困難になって第38病日に当科を受診した.

神経学的所見:刺激しなくても開眼していたが受け答えが遅く,軽度の意識障害と考えた.Frenzel眼鏡装着下,約30°の右方視で右向きの水平性眼振がみられたが,正面視と左方視で眼振はなかった.左上肢に軽度の麻痺がみられた.両下肢に麻痺があり起立できなかった.座位で体幹が左に,頭頸部も左に大きく傾いていた.四肢の腱反射は軽度減弱し,病的反射は陰性であった.

検査所見:頸椎単純X線座位正面像で椎体の変形や回旋はなく,上位胸椎の棘突起を結ぶ直線が鉛直から左に23°傾いたPS1,頭頸部は左に38°側屈し頸部ジストニア分類のlaterocollisに相当した5Fig. 1).頭頸部の側屈は他動的に容易に矯正でき,側面像ではC3の前方すべりとC3/4で脊柱管前後径11 mmの脊柱管狭窄がみられた.頭部MRIで両側性cSDHがあり左に正中偏位していた(Fig. 2A).脳幹や小脳などに病変はなかった(Fig. 2B).第57病日の頸椎MRIではC3/4で脊髄が前方から軽度圧排されていたが,髄内異常信号はみられなかった.頸・胸・腰椎単純X線立位正面像に異常所見はなかった.温度眼振試験は,嘔吐が誘発されて頭頸部を激しく動かすと頸椎症性脊髄症が悪化するおそれがあり,行わなかった.

Fig. 1  Preoperative cervical X-ray, frontal view in the sitting position.

The angle of deviation, calculated by the intersection between the vertical axis and a line connecting the spinous processes of the Th1 and Th4 vertebrae, was approximately 23 degrees. The upper cervical spine was tilted 38 degrees to the left from vertical, consistent with laterocollis.

Fig. 2  Brain MRI fluid-attenuated inversion recovery (FLAIR) images (3 T; TR 8,000 ms, TE 95 ms) at initial presentation.

(A) Axial image showing bilateral chronic subdural hematomas with a midline shift to the left. (B) Axial image showing no signal abnormality in the medulla oblongata.

経過:第38病日,脳神経外科に緊急入院して穿頭ドレナージ術を受けた.第40病日,意識は清明で,表情の乏しさ,小声および構音障害はなかった.端座位で体幹の側屈はなかったが頭部は左に約5°傾いていた.第42病日,Frenzel眼鏡の装着下では右方視と正面視で右向きの水平性眼振(II度)を認めたが,正面注視眼振はなく固視抑制は保たれていた.上肢のBarré試験で左前腕が少し回内した.手回内・回外試験で明らかな動作緩慢はなかった.静止時振戦や手関節の筋強剛は認められなかった.四肢遠位部の触覚と冷覚は正常,振動覚はほぼ正常であった.

考察

本例では頭頸部と体幹の側屈が穿頭ドレナージ術後に速やかに改善した.パーキンソン症状はみられず,振動覚はほぼ正常で高度の深部感覚障害も考えにくい.プレガバリンは電位依存性Caチャネルに結合してドパミン放出を抑制し,潜在していたPDの顕在化と体幹の側屈を起こしうる6.薬剤性PS症例の12.5%は内服開始4~12カ月後に発症したので2,本例でプレガバリンを内服開始約4カ月後に生じた軽度の頭部側屈は副作用であった可能性がある.

PSのあるPD患者では自覚的視性垂直位の偏位が増大している.体幹の側屈を伴うPD患者では非優位半球の側頭頭頂連合野を中心に有意な局所脳血流量低下がみられ,81%で自覚的視性垂直位の偏位と側屈の向きが一致した7.検索した限りcSDHに伴う可逆的なPSの報告は2例のみであった34.PSの発症機序として,高草木らのモデルに基づくIgamiらの説明4を紹介する.側頭頭頂連合野で体性感覚,前庭覚と視覚情報を統合して生成された身体図式の情報は,運動前野と前補足運動野での予期的姿勢制御を含む運動プログラム生成に必須である.これらの皮質を血腫が直接圧迫し,また正中偏位により視床や基底核との連絡経路が障害されて姿勢異常が生じる.既報告2例の利き手は不明だがcSDHは右側34,本例は右利きで両側性cSDHであるが,3例とも正中偏位した左側への体幹側屈と左上肢の軽度の麻痺を伴っていたので機序は共通かもしれない.本例でみられた左上肢Barré徴候は一次運動野の圧迫などによる麻痺だけではなく,身体図式の障害による肢位の保持障害が加わっていた可能性はあるが,通常の臨床的方法によって両者を分けて評価することはできない.

cSDHはまれな疾患ではないので,上記の機序だけでPSが生じるのであればPS合併例が少なすぎると思われる.本例では末梢前庭障害がもう一つの要因として作用した可能性について考察した.PSを伴うPD患者11人すべてに定方向性の主に水平回旋混合性眼振(II度)がみられ,眼振緩徐相の向きと冷温交互刺激検査で前庭機能低下がみられた側は体幹が側屈した側に一致していた8.本例ではPSが消失した後でも右向きの定方向性水平性眼振(II度)と固視抑制がみられ,MRIで小脳や脳幹に病変がなかったことから左末梢前庭障害が強く疑われた9.これは頭頸部と体幹が傾いたのと同側であった.頭部の姿勢を保つ前庭頸反射に必要な内側前庭脊髄路は,半規管からの入力を受けた前庭神経核の内側核と下核を起始核として頸髄運動ニューロンに投射する.興奮性作用は対側の,抑制性作用は同側の内側前庭脊髄路を介するので10,末梢前庭障害のある側に頭部が傾く潜在的な傾向が生じたと推測される.こうした末梢前庭障害とプレガバリンの副作用による軽微な姿勢異常が,cSDHによる代償機転の破綻によって急速に悪化,顕在化した可能性がある.

利益相反

著者に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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