昭和歯学会雑誌
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文章発音中の顔面および下顎運動の解析
中出 智也山縣 健佑北川 昇金 修澤
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1995 年 15 巻 2 号 p. 59-75

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抄録

補綴処置と発音機能の関係を検討するためには, 子音の調音活動を知ることが重要であるが, 調音運動は咀囎運動などに比してより敏速であるため, 観察はかなり難しい.また, 単音節についての観察だけでは実際の会話などの発音の実態はつかめない.そのため, 自然な連続音の発音中の調音活動を計測することが必要である.そこで本研究では, 文章「桜の花が咲きました」と特にその中の [s, ∫, m] の発音中の運動経路について解析した.被験者は, 成人有歯顎者の男性10名 (25~28歳) である.計測部位は, 下顎切歯点と顔面正中線上の計6標点 : (1) 鼻下点, (2) 上口唇の赤唇部上縁, (3) 下口唇の赤唇部下縁, (4) オトガイ点, (5) (3) と (4) との中間点 (中間点とする) である.Speech Spectrographic Display (Spectraphonics 社製.SSD) により声紋を即時的に表示しSSDの画面と (1) MKG上の切歯点または (2) 顔面側貌と音声とを2台のハイスピードテレビカメラでワイプ機能を用いてハイスピードビデオ (HSV-200型, nac社製) によって同一テープに記録する.得られたテープを低速で再生し, SSDによる声紋から各音の発音時点を求めた.運動経路の複雑さを定量的に表現するため以下のパラメーターを設けた.すなわち計測開始点から終了点までの移動距離累計 (TL), 開始点と終了点の直線距離 (SL), TLとSLの距離の比率 : 迂回度 (T/S), 前後方向移動範囲 (X-R), 上下方向移動範囲 (Y-R), X-RとY-Rのなす面積 (AR), 進行方向に対する変更角度の平均 (TH) である.以上の結果, (1) 「桜の花が咲きました」全体の運動軌跡では鼻下点と上口唇, また下口唇, 中間点, オトガイが互いに類似し, 切歯点はオトガイに似ていた.しかし, 鼻下点と上口唇では語中の [m] 付近で下降し, 下口唇, 中間点, オトガイでは対照的に上昇するが, 切歯点ではこの時点での変化がない.TLは, 下口唇が最も大きく, 中間点, オトガイもほぼ同じであるが, 切歯点はこれより小さい, AR, X, Y-Rともに鼻下点と上口唇は他のすべての計測部位に対して有意に小さいが, 切歯点, オトガイ, 中間点の間には有意差が認められない. (2) [s, ∫, m] の運動経路を比較すると切歯点, オトガイ, 中間点, 下口唇ではTL以外のすべてで [∫] と [s] [m] の間で有意差が認められた.すなわち, [∫] は [s] [m] に比較してT/Sは大きく (P<0.05), その他は小さい (P<0.01). (3) [s] と [m] を比較す登とオトガイ, 中間点の前後方向の移動量は [s] が [m] より大きい (P<0.01).このように各計測点は, [s], [∫], [m] の発音中にそれぞれ互いに異なった特徴的な運動様式を示し, 運動解析の手掛りとなることが明らかとなった.

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