日本皮膚科学会雑誌
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Chlorpomazineの梅毒その他2,3の感染症におよぼす影響
德永 博巳
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1958 年 68 巻 11 号 p. 869-

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抄録

Chlorpromazine(以下Cpと略)は1950年フランスのM.P. Charpenterによつて合成されたPhenothiazine系の化合物で,治療上Laborit et Huguenard(1951)によつてはじめて人工冬眠に応用されて以来,本剤の中枢作用と自律神経遮断作用は各方面の注目を浴び,ひろく用いられるようになつたが,臨床的には対症療法として使用される場合が多く,感染症にCpを用いたとしてもSchock防止などの補助的効果を狙うにすぎない.しかるに最近Cpを第一義的にある種の感染症に応用すれば,その体温ならびに代謝低下作用が感染を抑制または中絶しうるとの見解が文献上散見されるようになり,さらに抗生物質との併用により従来の動物実験における感染による斃死率を著明に減少させうるという報告もみられる.自然冬眠中の動物が細菌感染に抵抗することは古くから一部の学者にみとめられており,その感染抑制機転については動物を氷室にいれて冷却し,自然冬眠とほゞ同様の環境に保つて実験を行い,低体温による病原菌の生活力減弱を強調しているものがある.すなわちBlanchard(1906)は冬眠中のモルモットがTrypanosoma Brucei,Gambiense evansiの感染を受けても発病せず,病原体は4~9日で血中から消失すると報告し,Brumpt(1908)はヤマネズミの一種であるGartenschlagerをTrypanosoma Gambienseで感染させる場合,冬眠していない動物はすべて斃死したが,冬眠していたものは病原菌が血中から消失して死をまぬかれるのを観察した.またBillinger(1896)はモルモットの冬眠中において破傷風菌を注射すれば2週を経過するも症状をおこさなかつたが,これを覚醒せしめると2~3日後に死亡すると報告した.Dujardin-Beaumetz(1912),Zaboiotony(1928)らはペスト感染に対して冬眠中の山モルモットは覚醒せるものに比し慢性の経過をとることを報告し,冬眠中の動物の体温低下と血流の緩徐とがペスト菌の繁殖ならびに汎発感染を困難ならしめるものと推定した.本邦においては満州産畑栗鼠の冬眠とウイルス感染症である鼠径リンパ肉芽腫感染の消長を追究せる秋山の研究があり,冬眠が20日以上におよぶ畑栗鼠は覚醒後も無症状に経過し,累代接種による病原性検索においては20日以上の冬眠により全く消滅するを観た.その機転については氏は体温ならびに代謝低下,呼吸血流の緩徐など極度に制限された生活状態における内分泌の変化が重要な意義を有するものと推論した.Spirochaetaに関してはJahnel(1935)の研究があり,Siebenschlafer,BaumschlaferにあらかじめSpirochaeta pallidaを接種して冬眠に入らしめると,その病原性を喪失すると発表して注目をひいた.すなわち接種後4週以上におよぶ動物を5ヵ月の冬眠を営ませた後に殺し,その内臓,脳質を健康家兎の睾丸に移植し5~6ヵ月観察したが梅毒腫は形成されず,顕微鏡的にもSpirochaetaを発見出来なかつたに反し,対照覚醒動物或は人為的に早期に冬眠より覚醒せしめた動物においては梅毒腫ならびにSpirochaetaは陽性を示し,また接種後長期の冬眠を継続せる動物の内臓は家兎睾丸に対して何等病原性を有しなかつたものと推論し,梅毒病原体は接種後長期の冬眠を営ませた動物においては病原性を消滅するものと述べている.

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