映像学
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論文
「運動」の映画をめぐって
10フィート運動と「市民」の言説
藤田 修平
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2019 年 101 巻 p. 69-91

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抄録
【要旨】
 1980年代初頭、米国戦略爆撃調査団が撮影した日本未公開の被爆映像を用いて、反核映画を製作・上映する市民運動(10フィート運動)が行われた。東宝争議以降、労働組合が主導した映画製作や上映活動は〈運動〉(自主製作・上映運動)として展開され、そうした〈運動〉の映画は非劇場映画史において主要な地位を占める。本稿はラクラウ/ムフの言説理論を参照し、映画テクストだけでなく、製作・上映をめぐる集合行為や他のメディアへの展開など多様な言説的実践に注目し、10フィート運動を通して、映画における〈運動〉を考察した。その結果、10フィート運動 を言説としての「市民」を構築し、その存在を実空間に実現させる試みとして、またその「市民」とは、戦前の軍国主義に封建的な社会規範、神道ナショナリズム、保守的な政治勢力などを「接合」した上で、被爆者の火傷や死体の映像を通して否定的に表象し、被爆者が代表する形でキリスト教徒、女性(主婦)、労働組合員、学生、在日コリアン等による「等価性の連鎖」によって生み出されたと解釈した。こうした仕組みは労働組合が主導した映画の製作・上映運動にも当てはまり、「市民」の代わりに職種、賃金、年齢などの差を超えた「労働者」や「人民」が言説的に構築され、上映活動や映画サークルなどを通して実空間に存在させたと考えられる。
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© 2019 日本映像学会
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