映像学
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論文
『ブレード/刀』における二項対立の境界とその解体―女性のボイス・オーバーとカメラの視線を経由する監督の身体化
雑賀 広海
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2019 年 102 巻 p. 174-194

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抄録

本論文は、『ブレード/刀』(1995)における監督ツイ・ハークの主観性について論じる。本作について先行研究が注目するのは、その難解な物語と暴力的な映像表現である。後者の暴力性に関しては、カメラの視線が客観的に事物を捉えることで、世界がリアリスティックに描写され、それが暴力的に映ると指摘される。ツイ・ハーク自身、本作では「ドキュメンタリー的撮影」を試みて、「真実らしく」見えるようにしていたと述べる。しかし、その難解な物語構造に注目すれば、主人公の女性のボイス・オーバーが語る主観的な物語であることは明白である。本論文はまずこのボイス・オーバーの声の身体性に着目し、これが非身体的領域と身体的領域の間で揺れていることを示す。次に、この身体性の揺らぎが人間と動物の境界の揺らぎに接続することを論じる。そして、本作のクライマックスでは、この不安定な身体を捉えるカメラもまた主観性と客観性の間に位置することになる。こうして、本作は彼女の声とカメラの視線を軸として、男性/女性、非身体化/身体化、人間/動物、主観/客観、といった二項対立を設定しつつも解体し、無秩序な混乱状態に観客を導く。以上の映像分析からは、ボイス・オーバーの声とカメラの視線を通じて、監督の主観性が動物的で女性的な身体感覚となって物語世界のなかに現前してくることが明らかとなる。この身体化の現象によって、本作は監督の主観性のもとに置かれる。

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