映像学
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論文
明治期における内親王の肖像とそのメディア表象――小川一眞撮影の周宮房子内親王の肖像写真を中心に
研谷 紀夫
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2024 年 111 巻 p. 116-135

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抄録

天皇や皇族の肖像に関する社会的な意味や役割についての研究が行われるようになって久しいが、これまでの研究対象は天皇・皇后や成人皇族が主であった。一方でその天皇や皇族の子息である親王・王や、息女である内親王・女王などのイメージについては、これからの研究課題であると言えよう。特にそれまでは公の場でも和装姿であった皇后が1886(明治19)年から洋装に代わると、その頃に誕生した内親王が皇后と入れ替わるように和装姿で写真が撮影され、それらの写真が年少者や女学生向けの雑誌に掲載されるようになった。また、皇太子の成婚を契機に“皇室御一家”を想起させる絵が多数描かれるようになると、内親王は写真と同じ袴姿で描かれ一家の娘役を担うこととなる。さらに30年代後半に日露戦争が起き、戦争の様子を伝える画報が発刊されると袴姿で戦死者の名前を書き奉納する姿や、靖国神社で遺族と対話するなど、袴姿で国に奉仕する絵が描かれた。また婚礼に際しても洋装姿の夫と、袴姿の内親王の写真を組み合わせた紙面が多くのメディアで見られたが、皇族妃となった後は一転して洋装姿の写真が流布するようになる。このように明治期の内親王は皇室での立場や国の状況に応じてメディア上で様々な姿を見せた。本論では肖像写真の原板との比較を行いながら、明治期の内親王が各種メディアにおいてどのように表象され、皇后とは違うどのような役割を担ったかを明らかにする。

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