映像学
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論文
満洲から筑豊へ
幻灯『せんぷりせんじが笑った!』(1956)をめぐる「工作者」たちのゆきかい
鷲谷 花
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2016 年 96 巻 p. 5-26

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抄録

【要旨】

日本炭鉱労働組合(炭労)は、1950 年代を中心とする労働組合による幻灯の自主製作・自主上映運動において、主導的な役割を担ってきた。炭労は傘下の組合による労働争議を記録・宣伝する一連の幻灯のほか、炭鉱労働者の文化サークル運動の中で創作された上野英信文・千田梅二画の「えばなし」2 作を幻灯化している。本稿は、炭労が製作した上野・千田の「えばなし」を原作とする幻灯のうち、1956 年の『せんぷりせんじが笑った!』に注目し、炭労の機関紙『炭労新聞』の調査及び、幻灯の撮影を担当した菊池利夫、美術を担当した勢満雄のそれぞれの遺族に対する聞き取り調査を通じて、従来ほとんど知られてこなかった本作の成立プロセスを解明する。菊池、勢は、いずれも満洲映画協会(満映)から東北電影公司・東北電影製片廠(東影)に至るキャリアを経て、1953 年に中国大陸から日本に引き揚げ、その後日本映画界に迎え入れられることのなかった元映画技術者だった。幻灯版『せんぷりせんじが笑った!』は、精巧に造型されたミニチュアセットと人形を撮影することで、原作の苛酷な坑内労働の情景をリアルに映像化しつつ、当時の炭労が求めた「大衆闘争」への能動的参加を観客に促すナラティヴを、原作とはまた異なる形で実現している。そうしたイメージとナラティヴは、作り手たちの中国大陸における創作及び生活体験を通じて形成されたものでもあり、本作は1950 年代の中国-日本の映像文化交流の知られざる重要な成果といえる。

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