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映像学
Vol. 97 (2017) p. 5-23

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http://doi.org/10.18917/eizogaku.97.0_5

論文

【要旨】
1990年代以降、映画制作者が、自身やその身辺の事柄を主題にするセルフドキュメンタリーの領域に、多くの女性制作者が参入するようになった。これは制作的な側面が男性によって担われることが多かった映画界に大きな変化をもたらした。本稿は、そうした女性のセルフドキュメンタリーの事例として、河瀨直美(1969年-)の作品群に注目し、その特徴と社会的意義を明らかにする。まず第一に、河瀨の作品群にはフィクションとドキュメンタリーの境界を曖昧化するようにして、自らの私生活に焦点を当てるパフォーマティヴな自己表象が一貫した特徴として見られることを指摘する。その上で第二に、そうした自己表象が物質的な身体の提示とも結び付けられながら、慣例的な家族の枠組みを超えた「親密圏」とも呼べる他者との親密な関係の構築過程が示されていることを論じる。最後にこれら2点について、出産をテーマにした2作のドキュメンタリー映画、『垂乳女 Tarachime』(2006年)と『玄牝-げんぴん-』(2010年)を事例に取り上げ、詳細に検討する。こうした考察を通して、河瀨のドキュメンタリー作品群は、一般に女性と結び付けられている行為を敢えてパフォーマティヴに見せながら具体的かつ個別的な他者とのつながりを生み出すことの重要性を見せており、それは、身体というもっとも具体的な自己を起点とした新しい形の親密圏から公共圏へのつながりを見せる点で、自己決定によるオルタナティヴな共同体のあり方を示していると結論づける。

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