Electrochemistry
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LiNi0.8Co0.1Mn0.1O2/黒鉛電池の熱安定性に及ぼす劣化の影響
井上 尊夫 駒形 将吾伊藤 勇一近藤 広規
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J-STAGE Data

2022 年 90 巻 11 号 p. 117001

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Abstract

The active reuse of automotive lithium-ion batteries (LIBs) no longer utilized in electric vehicles for onboard applications is an effective way to achieve carbon neutrality. However, the safety of used LIBs, whose chemical composition of components has changed from that of new ones due to degradation, is still unknown, and the relationship between degradation and safety needs to be understood. The purpose of this study is to clarify the effect of degradation on the thermal stability of the battery by numerical simulation for LiNi0.8Co0.1Mn0.1O2 (NCM811)/graphite battery using high-Ni layered oxide NCM811, which has recently attracted attention as a high-capacity positive electrode. The numerical simulation was employed to clarify the effect of degradation on the thermal stability of the battery. After degradation, the temperature at which the thermal runaway starts increased by 15 °C compared to the initial batteries, indicating that the thermal stability as a battery has improved. It is because the heat generated by the positive electrode near 200 °C, which triggers thermal runaway of batteries, has decreased due to battery degradation.

1. 緒言

リチウムイオン電池(Lithium-ion battery, LIB)は用途が拡大し電気自動車に本格的に使用されるようになってきた1,2.LIBは電動車で使用が終わってもその容量を70–80 %程度保持しており3用途次第ではまだ使用可能である.このようにまだ使える中古電池を別の用途(例えば電力平準化のための定置用途)で再利用(リユース・リパーパス)する試みが進められている.中古電池をリユースするためには,一次利用によって様々な劣化状態にある中古電池の容量,入出力性能,安全性を診断・仕分けしたうえで,それら性能を担保する必要がある.このうち容量,入出力特性は充放電や交流インピーダンス測定によって非破壊で測定することができるが,安全性を非破壊で評価する方法はない.

電池の安全性試験の中でも加熱試験は高温(100 °C–200 °C)で電池を一定時間加熱し,安全弁の開弁や熱暴走の有無を評価する試験方法であり,電池の熱安定性を評価する基本的な試験の一つである.しかしながら,加熱試験を実際に行うとなると,試験の安全性確保,発生する有毒ガスの処理などが必要なため,専用の試験槽が必要であり,多大なコストがかかる.しかも安全性試験は非破壊試験ではないため,試験後の電池はリユースできない.そこで,数値シミュレーションによって電池の安全性を予測する技術が検討されている4,5.Kondoら5は正極にLiNi0.8Co0.15Al0.05O2 (NCA),負極に黒鉛(graphite)を用いた円筒型電池の有限要素モデルを作成し,示差走査熱量(Differential Scanning Calorimetry, DSC)測定から取得した発熱反応の反応速度パラメータを使って,電池の加熱試験をシミュレートし,実験結果を精度よく再現できることを示した.また,シミュレーション結果から,正極起因,負極起因の発熱を切り分けて解析し,NCA/黒鉛電池の加熱試験における熱暴走のトリガーが,正極NCAの発熱であることを示した.

中古電池の再利用においては,このような電池の熱安定性に加えて,それが劣化によってどのように変化するのかを把握することが重要であり,中古電池の信頼性につながる.本研究では,今後使用が拡大すると考えられ,高いエネルギー密度を有するhigh-Ni系層状酸化物正極であるLiNi0.8Co0.1Mn0.1O2 (NCM811)を正極に用いたNCM811電池を対象とした.また,電池の劣化にはいくつかの劣化モードがあるが1,3,本研究では高温でのサイクル耐久劣化を対象とした.NCM811のサイクル耐久試験後の熱安定性はKomagataら6によって詳細に解析されており,耐久劣化が正極のDSCプロファイルにおける比較的低温の反応の発熱量を低下させることを報告している.しかしながら,その正極の熱安定性の変化が,負極と組み合わさった電池としての熱暴走挙動に及ぼす影響は確認されていない.そこで本研究では,有限要素モデルを用いた加熱試験シミュレーションを用いてNCM811/黒鉛電池の加熱試験による熱暴走挙動を計算し,劣化が電池の熱安定性に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした.

2. 実験

2.1 円筒型電池の作製と電気化学評価

NCM811,カーボンブラック,polyvinylidene difluoride (PVdF)を重量比で92 : 5 : 3となるように秤量・混合し,N-methyl-2-pyrrolidone (NMP)を適量加え正極スラリーを作製した.作製した正極スラリーをアルミ集電箔の両面に塗布・乾燥し正極を得た.黒鉛,カルボキシメチルセルロース,スチレンブタジエンゴムを重量比で98 : 1 : 1となるように秤量・混合し,水を適量加えて負極スラリーを作製した.作製した負極スラリーを銅集電箔の両面に塗布・乾燥し負極を得た.正極と負極を対向させ,ポリエチレンセパレータを介して巻回した電極体を円筒型電池缶に入れ,1 mol L−1のLiPF6を溶解したEC (ethylene carbonate)とDMC (dimethyl carbonate)とEMC (ethyl-methyl carbonate)とを体積比で3 : 4 : 3に混合した電解液(1 mol L−1 LiPF6 EC/DMC/EMC)を加え,約445 mAhの18650円筒型電池を作製した.作製した電池・電極構成の詳細はTable S1に示した.

作製した電池は20 °C恒温槽内で電流密度0.2 mA cm−2,上限電圧4.1 V,下限電圧3.0 Vの条件で数サイクル充放電して初期電池とした.初期電池を60 °C恒温槽内で電流密度2.0 mA cm−2,上限電圧4.1 V,下限電圧3.0 Vの条件で500回サイクル充放電(サイクル耐久試験)し劣化電池を作製した.

2.2 ハーフセルの作製と電気化学評価

初期および劣化後の電池を3.0 Vまで放電した後に,アルゴン(Ar)雰囲気グローブボックス中で解体して正負極を取り出し,DMCを用いて洗浄・乾燥を3回繰り返して,初期及び劣化後の正極,負極を得た.得られた電極を直径16.1 mmの円形に切り抜き作用極とし,対極にLi金属を用いて電解液を加えハーフセルを作製した.正負極とも20 °C恒温槽内で充放電を行い,容量を確認した後にDSC測定のために電池内の充電状態に準ずる電位に下記の通り調整した.正極は0.2 mA cm−2,3.0–4.2 V vs. Li/Li+ の条件で充放電して,電極の容量を確認した後に4.2 V vs. Li/Li+(電池のSOC (State of Charge) 100 %に相当)に電位調整した.負極は0.01–1.5 V vs. Li/Li+ で充放電した後に0.01 V vs. Li/Li+に電位調整した.劣化前後で正負極の満充電状態のLi組成が異なる可能性があるが,今回は初期,劣化後共に同じ組成でDSC測定を行った.

2.3 DSC測定

電位調整したハーフセルをAr雰囲気グローブボックス内で解体し,正極はDMCで洗浄し乾燥した.負極は洗浄することによって負極表面皮膜(SEI; Solid Electrolyte Interphase)の一部が溶出/消失しDSCプロファイルに影響を与えるのを避けるため,洗浄せずに乾燥した.DSC測定用のステンレス製耐圧パンに電極を入れ,正極は正極活物質当たり0.15 µL mg−1,負極は負極活物質当たり0.27 µL mg−1の電解液をそれぞれ加えて密閉した.電解液量は電極体の空孔率から電池内の電極重量に対する電解液量を算出して決定した.DSCパン内の正負極とも活物質重量がおよそ3 mgとなるようにした.DSC測定にはThermo plus EVO-II(株式会社リガク)を使用し,複数の昇温速度(1, 2, 4, 8 °C min−1)で充電状態の正極及び負極の電解液共存下における発熱挙動を測定した.

3. シミュレーション

本研究では,円筒型電池の加熱試験結果を再現することが検証されているKondoら5の加熱試験シミュレーションモデルを使用した.以下にパラメータ取得方法及びシミュレーションモデルについて示す.なおシミュレーションに用いた記号をTable 1に示す.

Table 1. List of symbols.
a, b Exponents
Cp Specific heat (J kg−1 K−1)
Ea Activation energy (eV)
h Heat transfer coefficient (W m−2 K−1)
ΔH Enthalpy of reaction (J g−1)
k Thermal conductivity (W m−1 K−1)
kdiff Rate constant of the diffusion-influenced reaction (s−1)
kr Thermal conductivity in the radial direction (W m−1 K−1)
kp Thermal conductivity in the parallel direction (W m−1 K−1)
l Layer thickness (µm)
P Power density (W g−1)
q Heat flux (W m−2)
Q Heat generation rate (W m−3)
Qgen Cumulative heat generation rate of all components (W m−3)
R Gas constant (8.314 J mol−1 K−1)
t Time (s)
T Temperature (K)
Tenv Environment temperature (K)
Tsurf Temperature at the battery surface (K)
Tm Peak temperature of the reaction (K)
W Weight fraction of a unit volume (kg m−3)
 
Greek symbols
α Fractional extent of a reaction
β Heating rate (K s−1)
γ Pre-exponential factor
ρ Density (kg m−3)
 
Subscripts
i Battery component (i = p, n, or s)
j Reaction number
d Diffusion controlled reaction in the anode
p Positive electrode (cathode)
n Negative electrode (anode)
s Separator

3.1 発熱反応の反応速度パラメータの取得

本研究で用いた電池加熱シミュレーションでは,電池加熱時に電池内で発生する発熱反応を考慮するため,各発熱反応の反応速度パラメータ(活性化エネルギー,頻度因子,反応指数,反応エンタルピー)を,正負極のDSCプロファイルから取得した.DSCプロファイルは独立した単峰性発熱ピークの重ね合わせによって形作られ,一つの発熱ピークは一つの発熱反応に帰属すると仮定した.発熱反応の数はDSCプロファイルの発熱ピーク数に基づいて決めた.また,全ての発熱反応はアレニウスの式に従うと仮定し,反応進行度αを用いて下記の反応速度式で表した.   

\begin{equation} \frac{d\alpha }{dt} = f(\alpha)k(T) \end{equation} (1)
  
\begin{equation} k(T) = \gamma \exp \left(\frac{ - E_{\text{a}}}{RT}\right) \end{equation} (2)
ここで,tは時間,f(α)は反応モデル,k(T)は反応速度定数,Tは温度,γは頻度因子,Eaは活性化エネルギー,Rは気体定数である.活性化エネルギーEaは式(1),(2)から導かれるKissingerの式7(式(3))を使って求めた.   
\begin{equation} \ln \frac{\beta }{T_{i,j}^{2}} = \ln \left[ - \frac{R\gamma }{E_{\text{a}}}f'(\alpha) \right] - \frac{ - E_{\text{a}}}{RT_{i,j}} \end{equation} (3)
βは昇温速度,Ti,jの添え字のipnまたはsで表記しpは正極,nは負極,sはセパレータを表し,jj番目の反応を意味する.

発熱反応の反応モデル式には下記式を用いた.   

\begin{equation} f(\alpha) = \alpha_{i,j}^{a_{i,j}}(1 - \alpha_{i,j})^{b_{i,j}} \end{equation} (4)
負極DSCプロファイルにおいて130 °C–200 °Cにブロードな発熱(Fig. S1)が現れることが分かっている.この発熱はSEI皮膜の分解および皮膜の一部を失った負極と電解液による皮膜の再生成反応に起因していると考えられ8,9,そのような発熱挙動に対してDahnら10は拡散律速となる反応を仮定した.本モデルでも同じ考え方を用い,反応物(例えばEC)の消費と,消費された反応物の拡散による供給のバランスを表現するため,拡散の影響を考慮した速度定数kdiffを導入し,反応速度kn,d(T)との調和平均を反応速度係数とした次の式を用いた.この反応は直前に起こるSEI被膜の分解の後に発生するため,SEI被膜分解反応の反応進行度(αn,1)を乗じている.   
\begin{equation} \frac{d\alpha_{n,d}}{dt} = \alpha_{n,d}^{a_{n,d}}(1 - \alpha_{n,d})^{b_{n,d}}\frac{k_{n,d}(T)k_{\text{diff}}}{k_{n,d}(T) + k_{\text{diff}}}\alpha_{n,1} \end{equation} (5)
DSC測定における昇温速度βを導入することによって式(1),(2)および(4)から,温度変化に伴う反応進行度の変化の式(6)を得た.   
\begin{equation} \frac{d\alpha_{i,j}}{dT} = \alpha_{i,j}^{a_{i,j}}(1 - \alpha_{i,j})^{b_{i,j}}\gamma_{i,j}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{i,j}}}{RT}\right)/\beta \end{equation} (6)
また前述の負極のブロードな反応に対しては式(5)を用いて下記式を得た.   
\begin{equation} \frac{d\alpha_{n,d}}{dT} = \alpha_{n,d}^{a_{n,d}}(1 - \alpha_{n,d})^{b_{n,d}}\frac{k_{n,d}(T)k_{\text{diff}}}{k_{n,d}(T) + k_{di\text{ff}}}\alpha_{n,1}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{n,d}}}{RT}\right)/\beta \end{equation} (7)
最後にDSCプロファイルはそれぞれの発熱反応の寄与を合算した形として式(8)のように表現した.   
\begin{equation} P_{i} = \sum \Delta H_{i,j}\frac{d\alpha_{i,j}}{dT}\beta \end{equation} (8)
Pは熱量,ΔHは反応エンタルピーである.Microsoft ExcelのSolver moduleにて実測のDSCプロファイルにフィッティングし,各発熱ピーク(発熱反応)の頻度因子γ,反応指数ab,反応速度定数kdiff,反応エンタルピーΔHを求めた.

3.2 加熱シミュレーション

電池加熱シミュレーションはKondoらのモデル5を用い,COMSOL Multiphysics® 5.5a上で計算した.電池形状は円筒型(18650型)電池とし,二次元軸対称モデルを用いた(Fig. 1).円筒型電池内のエネルギー収支を式(9)で表した.   

\begin{equation} \rho C_{\text{p}}\frac{dT}{dt} = \nabla (k\nabla T) + Q_{\text{gen}} \end{equation} (9)

Figure 1.

Battery geometry for simulation. (2-D rotationally symmetric).

ρ,Cpkはそれぞれ,電極体の密度,熱容量,熱伝導率であり,Qgenは電極体の発熱である.電極体は構成部材である正極,負極,セパレータ,電解液を顕わには取り扱わず,それらの平均物性を用いて均質電極体として取り扱った.正極・負極・セパレータの各材料の熱物性を構成比に応じて重量平均もしくは体積平均して均質電極体の熱物性(密度,熱容量,熱伝導率)を算出した(Table S2).また,電極体は正極,負極,セパレータが層状に重なり合った構造をしているため,熱伝導率のみ異方性を与え,半径方向(式(10))と層並行方向(式(11))に異なる熱伝導率を与え,それぞれ下記式で表現した4,5.   

\begin{equation} k_{\text{r}} = \frac{\displaystyle\sum l_{m}}{\displaystyle\sum l_{m}/k_{m}} \end{equation} (10)
  
\begin{equation} k_{\text{p}} = \frac{\displaystyle\sum k_{m}l_{m}}{\displaystyle\sum l_{m}} \end{equation} (11)
ここで,lmkmはそれぞれの材料の層の厚みと熱伝導率,krkpはそれぞれ半径方向(積層方向)と層並行方向の熱伝導率である.

電池缶表面の熱流はニュートンの冷却の法則から式(12)で表した.   

\begin{equation} q = h(T_{\text{surf}} - T_{\text{env}}) \end{equation} (12)
q (W m−2)は単位面積当たりの熱流束,h (W m−2 K−1)は熱伝達率,Tsurfは電池表面温度,Tenvは電池周囲温度である.本研究では自然対流を想定して熱伝達率は10 W m−2 K−1とした.

式(9)における発熱Qgenは,加熱によって電池内で起こる正極,負極,セパレータの発熱の和であり,下記のように表される.   

\begin{equation} Q_{\text{gen}} = Q_{p} + Q_{n} + Q_{s} \end{equation} (13)
QpQnおよびQsはそれぞれ正極,負極およびセパレータの発熱である.DSC測定で検出した各発熱反応を用いて,発熱量は式(14)で表した.   
\begin{equation} Q_{i,j} = \Delta H_{i,j}W_{i,j}\alpha_{i,j}^{a_{i,j}}(1 - \alpha_{i,j})^{b_{i,j}}\gamma_{i,j}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{i,j}}}{RT}\right) \end{equation} (14)

Wは発熱物質の密度,ΔHは反応エンタルピーである.式(5)で表される負極のブロードな反応による発熱は下記式で表した.   

\begin{equation} Q_{n,d} = \Delta H_{n,d}W_{n,d}\alpha_{n,d}^{a_{n,d}}(1 - \alpha_{n,d})^{b_{n,d}}\frac{k_{n,d}(T)k_{\text{diff}}}{k_{n,d}(T) + k_{\text{diff}}}\alpha_{n,1}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{n,d}}}{RT}\right) \end{equation} (15)
正極,負極,セパレータの発熱量は,各反応による発熱の和として式(16),式(17),式(18)に示した.   
\begin{equation} Q_{p} = \sum_{j}\Delta H_{p,j}W_{p,j}\alpha_{p,j}^{a_{p,j}}(1 - \alpha_{p,j})^{b_{p,j}}\gamma_{p,j}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{p,j}}}{RT}\right) \end{equation} (16)
  
\begin{align} Q_{n} &= \sum_{j}\Delta H_{n,j}W_{n,j}\alpha_{n,j}^{a_{n,j}}(1 - \alpha_{n,j})^{b_{n,j}}\gamma_{n,j}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{n,j}}}{RT}\right)\\ &\quad + \Delta H_{n,d}W_{n,d}\alpha_{n,d}^{a_{n,d}}(1 - \alpha_{n,d})^{b_{n,d}}\frac{k_{n,d}(T)k_{\text{diff}}}{k_{n,d}(T) + k_{\text{diff}}}\alpha_{n,1}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{n,d}}}{RT}\right) \end{align} (17)
  
\begin{equation} Q_{s} = \Delta H_{s}W_{s}\alpha_{s}^{a_{s}}(1 - \alpha_{s})^{b_{s}}\gamma_{s}\exp \left(\frac{ - E_{\text{a}_{s}}}{RT}\right) \end{equation} (18)
なお,セパレータの融解は物理的な相変化であり,一般的にはアレニウス式には従わないが11,12,便宜上アレニウスの式で表現した.DSC測定のフィッティング結果から,対象とする昇温速度範囲では,アレニウスの式で表現しても実験値を比較的よく再現できることを確認している.加熱シミュレーションの温度プロファイルは20 °Cから5 °C min−1の昇温速度にて目標温度(例えば130 °Cなど)まで昇温し,目標温度にて5時間保持するプロファイルを用いた.

4. 結果と考察

4.1 電気化学特性

Figure 2aにNCM811/黒鉛電池の初期およびサイクル耐久試験後の放電容量を示した.初期容量は443.6 mAhであったのに対し,劣化後は268.7 mAhと大幅に低下(容量維持率61 %)した(Fig. 2a).劣化電池を解体して取り出した正負極のハーフセルによる容量確認の結果(Fig. 2b),NCM811正極の活物質重量当たりの初期容量は168.2 mAh g−1,劣化後は140.6 mAh g−1で容量維持率は83.6 %であった.一方,黒鉛電極の活物質重量当たりの初期容量は375.7 mAh g−1,劣化後は364.0 mAh g−1で容量維持率は96.9 %と,ほとんど劣化は見られなかった.以上の結果から,電池の容量劣化の原因の一つは正極の容量劣化であることが分かった.しかしながら,電池の容量維持率(61 %)は正極の劣化(83.6 %)だけでは説明できない.いくつかの文献13,14で報告されている通り,高温での耐久試験では,負極上での副反応(SEI皮膜の成長)による正負極の容量利用範囲ずれ14が本電池系でも起こったと考えられる.

Figure 2.

(a) Capacity of the batteries before and after cycle test. (b) specific capacities of the NCM811 and graphite electrodes from the batteries before and after the cycle test.

4.2 反応速度パラメータ取得

電池の満充電に相当する状態に電位調整したNCM811正極(初期,劣化後)および黒鉛負極(初期,劣化後)の電解液共存下におけるDSCプロファイルをFig. 3に示した.異なる昇温速度で得られたDSCプロファイルはそれぞれ相似のプロファイルを呈しており,発熱ピークは昇温速度の上昇に伴い高温側にシフトした.

Figure 3.

DSC profiles of (a, b) NCM811 positive and (c, d) graphite negative electrodes. The heating rate was 1, 2, 4, and 8 °C min−1.

電池加熱シミュレーションで必要となる正負極の各発熱反応の活性化エネルギーを,式(3)に示すKissingerの関係式から求めるため,DSCプロファイル(Fig. 3)から発熱反応の数(発熱ピーク数)を決定し,各ピークのピークトップ温度(Ti,j)の昇温速度依存性を取得した.重なり合った発熱ピークはDSCプロファイルをガウス関数でフィッティングすることによってピーク分離してピークトップ温度変化を取得した.Figure S2a–S2dにそれぞれ代表的な昇温速度のDSCプロファイルをガウス関数でピーク分離した結果を示した.NCM811正極のピーク数(反応数)は3とし,黒鉛負極のピーク数(反応数)は4として,分離した各発熱ピークのピーク温度(Ti,j)を取得した.ピーク温度の逆数1/Ti,jに対してln(β/Ti,j2)をプロットし(Fig. 4),式(3)に従って,得られたグラフの傾きから各発熱反応の活性化エネルギーを算出した.

Figure 4.

Plots of ln(β/T2) against the reciprocal of a peak temperature (Eq. 3).

活性化エネルギー以外の反応速度パラメータは,実測したDSCプロファイルを式(8)の発熱モデル式でフィッティングして得た.Figure 5にフィッティング結果を示した.NCM811正極の3つのピークは,それぞれ発熱開始温度が低いほうから初期正極はRp-ini, 1,Rp-ini, 2,Rp-ini, 3 (Fig. 5a),劣化後正極はRp-cycle, 1,Rp-cycle, 2,Rp-cycle, 3 (Fig. 5b)と表記した.黒鉛負極の4つのピークはそれぞれ発熱開始温度が低いほうから初期負極はRn-ini, 1,Rn-ini, d,Rn-ini, 2,Rn-ini, 3 (Fig. 5c),劣化後負極はRn-cycle, 1,Rn-cycle, d,Rn-cycle, 2,Rn-cycle, 3 (Fig. 5d)と表記した.Table 23にフィッティングから得られた初期およびサイクル耐久試験後の発熱反応の反応速度パラメータ(頻度因子γ,反応指数nm,および反応熱ΔH)を活性化エネルギーEaと併せて示した.セパレータのパラメータは既報5のものを利用した.

Figure 5.

DSC Fitting Results. (a, b) NCM811 positive electrode fitted with three exothermic peaks. (c, d) Graphite negative electrode fitted with four exothermic peaks.

Table 2. Reaction rate parameters and heat of reaction obtained by DSC fitting of the initial electrode.
  Reaction Ea
eV
γ
s−1
a
b
ΔH
J g−1
NCM811 Rp-ini, 1 1.3134 3.2265 × 1011 2.6246 0.4426 631.97
Rp-ini, 2 1.8752 7.1456 × 1016 1.0582 0.6830 562.58
Rp-ini, 3 0.8410 2.8220 × 106 1.9622 1.0230 91.41
graphite
(kdiff = 2.6373 × 10−4)
Rn-ini, 1 0.8540 2.4450 × 108 2.2612 0.5394 50.00
Rn-ini, d 1.9776 4.6840 × 1020 0.4195 0.1627 313.31
Rn-ini, 2 1.2235 1.4857 × 109 1.2016 0.3781 1523.00
Rn-ini, 3 1.5858 2.6829 × 1012 3.0841 0.8544 350.00
Separator Rs 4.1287 3.611 × 1049 0.3335 1.6984 −104.85

Table 3. Reaction rate parameters and heat of reaction obtained by DSC fitting of electrodes after 500 cycles at 60 °C.
  Reaction Ea
eV
γ
s−1
a
b
ΔH
J g−1
NCM811 Rp-cycle, 1 1.3027 8.1309 × 1010 1.1482 0.0000 482.15
Rp-cycle, 2 1.6108 1.3565 × 1014 1.9498 0.7481 649.20
Rp-cycle, 3 1.1635 2.3295 × 109 1.3681 0.8705 79.59
Negative electrode
(kdiff = 4.6933 × 10−4)
Rn-cycle, 1 0.8324 2.9668 × 108 0.8085 0.4212 25.56
Rn-cycle, d 1.0622 2.3154 × 109 4.0025 0.3183 169.75
Rn-cycle, 2 1.2875 5.2470 × 109 0.8062 0.2503 1093.54
Rn-cycle, 3 0.9250 2.8310 × 106 1.4587 0.9534 316.38
Separator Rs 4.1287 3.611 × 1049 0.3335 1.6984 −104.85

層状酸化物系正極の加熱時の反応メカニズム15,16をもとにDSCプロファイル(Fig. 5a, 5b)の各発熱ピークの帰属6を簡単にまとめた.第一発熱反応(Rp-ini, 1, Rp-cycle, 1)は層状構造(空間群$R\bar{3}m$)からスピネル構造(空間群$Fd\bar{3}m$)への変化,第二反応(Rp-ini, 2, Rp-cycle, 2)はスピネル構造(空間群 $Fd\bar{3}m$)から岩塩構造(空間群$Fm\bar{3}m$)への変化15,16,第三反応(Rp-ini, 3, Rp-cycle, 3)は第二反応と同様にスピネル構造から岩塩構造への結晶構造変化であることが報告されている.第二反応と第三反応は反応経路が異なると考えられる5.各反応とも結晶構造変化に伴って遷移金属の価数が低下し,電荷補償のために放出される酸素と電解液が反応して発熱する.今回評価したNCM811では,初期と劣化後で各発熱反応の大きさに変化はあるが,DSCプロファイルの形状が劣化によって大きく変化していない(Fig. 5a, 5b)ことから,劣化前後で反応数,反応メカニズムには大きな変化がないと考えられた.

黒鉛負極の初期と劣化後のDSCプロファイルは300 °C付近のピーク形状が異なった(Fig. 5c, 5d).これはDSC測定を行ったときの電極と電解液との仕込み量の比率に差があり,初期電極のDSC測定では,電解液の量が少し多くなったため,より高温の反応が観測されたと考えられる.後述するが,電池の熱暴走はこれらの発熱ピークよりも,低温の発熱がトリガーとなるため,それら高温の発熱ピークの電池の熱暴走温度への影響はほとんどないと考えられる.そのため,ここではこれら高温の発熱は無視してフィッティングを行った.

負極の発熱反応メカニズムに基づくDSCプロファイル(Fig. 5c, 5d)の帰属についても既報810,17により詳細が判明している.第一反応(Rn-ini, 1, Rn-cycle, 1)は黒鉛表面に生成したSEI皮膜の分解反応である(Formula S1-1).130 °C–200 °Cのブロードな発熱(Rn-ini, d, Rn-cycle, d)はSEI皮膜の分解により皮膜の一部を失った黒鉛負極と電解液によるSEI皮膜の再生・分解反応に起因する(Formula S1-1, 2)式(7),式(15)で説明した拡散挙動を考慮した発熱反応はこの反応である.第二反応(Rn-ini, 2, Rn-cycle, 2)は充電黒鉛負極とLiPF6との反応(Formula S1-3),第三反応(Rn-ini, 3, Rn-cycle, 3)は充電黒鉛負極と電解液溶媒との反応17,18であると考えられる(Formula S1-4).黒鉛負極においても,初期と劣化後のDSCプロファイル変化が小さい(Fig. 5c, 5d)ため,劣化前後で反応数および反応メカニズムは変わっていないと考えられる.

4.3 円筒型電池の加熱シミュレーション

前節で取得した反応速度パラメータを用いて,円筒型電池の加熱試験シミュレーションを行った.Figure 6に初期電池と劣化電池の加熱シミュレーション結果を示した.電池周囲を昇温速度5 °C min−1で昇温し,一定の温度(130 °C–160 °C)で5時間キープする環境温度(Tenv)を与えて電池シミュレーションを行い,熱暴走の有無を検討した.Figure 6aに示す通り,初期電池では130 °C,135 °Cの温度保持では熱暴走せず,140 °Cで熱暴走した.一方,劣化電池は熱暴走温度が初期電池に比べて上昇し,155 °C以上で熱暴走するというシミュレーション結果となった.すなわち,劣化電池のほうが初期電池よりも熱安定性が高いと予測された.

Figure 6.

Simulation results of the battery can surface of the heating test of NCM811/Graphite batteries (a) before and (b) after the cycle test.

初期電池が熱暴走した140 °C加熱及び,劣化電池が熱暴走した155 °C加熱のシミュレーション結果から,電池内部(Fig. 1; analysis point A)の発熱挙動をFig. 7aとFig. 7bにそれぞれ示した.Figure 7a,7bには周囲温度(Tenv)および電池缶表面温度(Fig. 1; analysis point B, Tsurf-ini, Tsurf-cycle)に加えて,NCM811正極,黒鉛負極およびセパレータの発熱挙動を併せて示した.

Figure 7.

Simulation results of heat generation behavior inside the battery. (a) before the cycle test. (b) after the cycle test.

Figure 7aに示すように,初期電池の電池缶表面温度(Tsurf-ini)は外部温度(Tenv)の上昇に伴い少し遅れて上昇し,まず電池内部で黒鉛負極の発熱(Qn-ini, 1)が起こった.その直後にセパレータの溶融に伴う吸熱(Qs)があり,負極の断続的な発熱(Qn-ini, d)が起こり始めたところ(約4000 s)で電池缶表面温度(Tsurf-ini)が周囲温度(Tenv)を超えた.その後NCM811正極の第一発熱(Qp-ini, 1)が立ち上がり,熱暴走直前で急峻に発熱が増大して熱暴走した.

劣化電池(Fig. 7b)でも同様に外部温度(Tenv)の上昇に伴って,黒鉛負極の最初の発熱(Qn-cycle, 1),セパレータの溶融に伴う吸熱(Qs),黒鉛負極の断続的な発熱(Qn-cycle, d)と連続して起こり,最後にNCM811正極の第一発熱(Qp-cycle, 1)が急峻に立ち上がり熱暴走を引き起こすことが分かった.このように初期電池と劣化電池で熱暴走開始温度の違いはあったが,熱暴走のメカニズムは変化がなく,今回計算したNCM811/黒鉛電池の熱暴走トリガーは劣化前後で変わらず正極の第一発熱であることが分かった.この熱暴走メカニズムはNCA/黒鉛電池で報告された熱暴走メカニズムと同じであった5

劣化電池の発熱開始温度(155 °C)が初期電池の発熱開始温度(140 °C)より高温になった要因として,熱暴走のトリガーである正極第一反応(Rp-ini, 1)の発熱量の変化が考えられる.初期電池の正極第一反応(Rp-ini, 1)の発熱量が631.97 J g−1 (Table 2)であったのに対して,サイクル耐久試験後の正極第一反応(Rp-cycle, 1)の発熱量は482.15 J g−1 (Table 3)に減少していた.以下に劣化メカニズムと正極第一反応の発熱量の変化について,4.2節でも述べた加熱に伴う結晶構造変化15,16に基づいて考察した.

NCM811正極の加熱に伴う結晶構造変化は前述の通り,層状構造からスピネル構造,岩塩構造への変化である.この時,遷移金属の価数低下に伴う酸素放出が起こり,その酸素と電解液が高温で反応することによって発熱する.

一方で,充放電サイクルによる劣化によっても正極活物質の結晶構造変化が起こることが分かっている19,20.充放電サイクルによる結晶構造変化も層状構造からスピネル構造,岩塩構造への変化であることが報告されている19,20.また,劣化による結晶構造変化は活物質粒子表面から発生することが報告されおり,NCM811の25 °C,100サイクル充放電後では一次/二次粒子表面から6 nm程度の表層に集中して起こることが報告されている21.このような結晶構造変化が正極の容量劣化の原因である.

このように,劣化によるNCM811の結晶構造変化は加熱による結晶構造変化と類似している.電池加熱試験における熱暴走トリガーとなる正極第一発熱(層状構造からスピネル構造への変化)は遷移金属の還元を伴うため,結晶構造から酸素が放出され,それが電解液と反応して発熱する.劣化後の正極では,その熱暴走トリガー反応(層状構造からスピネル構造への変化)が劣化によって起こっており,それが粒子表面に局在している6.そのため,発熱量としても発熱速度としてもトリガー発熱反応を抑制し,電池としての熱安定性が劣化によって上昇したと考えられる.このように正極の発熱が熱暴走開始温度を決定するNCM811正極電池においては,劣化によって電池の熱安定性が向上したことがシミュレーションによって示唆された.

5. 結論

本研究では劣化電池の熱暴走挙動を予測するために,検証済みの加熱シミュレーションモデルを用い,NCM811/黒鉛電池の初期およびサイクル耐久試験後の発熱挙動をシミュレートすることによって,劣化後電池の熱暴走挙動を予測し,熱暴走メカニズムを推定するとともに,電池の劣化が熱暴走開始温度に与える影響について考察した.加熱シミュレーションの結果,初期,劣化後共に正極と電解液との第一反応がトリガーとなって電池の熱暴走が起こることが分かった.また,劣化電池は初期電池に比べて熱暴走開始温度が15 °C高温に上昇すると予測された.これは劣化によって,熱暴走トリガーであるNCM811正極の第一反応の発熱量が減少したことが要因であった.熱暴走トリガー反応であるスピネル相への結晶構造変化が高温サイクル耐久試験によってNCM811正極の活物質表面で局所的に起こっており,加熱時の正極の結晶構造変化とそれに伴う酸素放出が抑制されたためと考えられた.

Data Availability Statement

The data that support the findings of this study are openly available under the terms of the designated Creative Commons License in J-STAGE Data at https://doi.org/10.50892/data.electrochemistry.21321165.


謝 辞

DSCプロファイルの帰属に対し議論・助言を頂いた豊田中央研究所の向 和彦 博士に感謝します.

CRediT Authorship Contribution Statement

Takao Inoue: Conceptualization (Equal), Data curation (Equal), Formal analysis (Equal), Writing – original draft (Lead), Writing – review & editing (Lead)

Shogo Komagata: Data curation (Equal), Formal analysis (Equal), Methodology (Equal)

Yuichi Itou: Data curation (Equal), Formal analysis (Equal), Methodology (Equal)

Hiroki Kondo: Conceptualization (Equal), Project administration (Equal), Writing – review & editing (Equal)

Conflict of Interest

The authors declare no conflict of interest in the manuscript.

Footnotes

井上尊夫,駒形将吾,伊藤勇一,近藤広規: ECSJ Active Members

References
 
© The Author(s) 2022. Published by ECSJ.

This is an open access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution 4.0 License (CC BY, http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/), which permits unrestricted reuse of the work in any medium provided the original work is properly cited. [DOI: 10.5796/electrochemistry.22-00091].
http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
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