テリー・イーグルトン(Terry Eagleton)は『文芸批評とイデオロギー』(Criticism and Ideology)の中で、「ジェイン・オースティン(Jane Austen)の小説は歴史書よりも鮮明に当時の歴史を伝えてくれる。......価値、勢力関係等を垣間みさせてくれることによってある種の歴史認識を与えてくれる」と述ペている。たしかに、18世紀末から「摂政時代」(Regency Age, 1811-20)にかけてのいわば社会の推移期に生きたジェイン・オースティンは時代の変化に敏感に反応した作家であった。彼女の作品が当時の社会変化を精密に映し出したものであることは、すでにライオネル・トリリング(Lionel Trilling)等によって指摘されている。しかし、これまでそのような観点から具体的に作品を分析した論文は少ないように思われる。そこで、小論では『エマ』(Emma)を取りあげ、この作品の中に描かれている、様々な面における流行に注目することによって、『エマ』が当時の変化しつつある社会の諸相を描写した作品であることを示したい。流行に焦点を絞る理由は、流行が時代の風俗、生活様式、時代思潮等を映し出す鏡のようなものであり、時代の変化を的確に反映するものだからである。流行に注目することこよって、さらには『エマ』の構造、および作者ジェイン・オースティンの本書における意図をより明確にしたい。
