湿原環境の悪化や植生変化などが問題視される釧路湿原では、北海道開発局釧路開発建設部が、平成11年から委員会を設置し、「釧路湿原の河川環境保全に関する提言」(2001)を発表した。そして「河川環境の指標であるハンノキ林の急激な増加やヨシ_-_スゲ群落の減少に対し、湿原植生を制御する対策をすべきである」という提言に従い、新釧路川の右岸堤防上に位置する雪裡樋門を平成12年9月から15年5月まで閉め、堤防西側の安原川流域の地下水位を上昇させる実験をおこなった。実験の目的は、湿原で近年増加しているハンノキを地下水位の上昇で制御できるかどうかを検証することだった。しかし湛水面積は200haにものぼり、樋門を開けた後、植生は一変し、開発局が復元目標としている1980年当時とはまったく異なる景観が広域に広がった。開発局はハンノキに関するデータは公表しているが、湛水跡地の植生変化については何のコメントも出していない。そこで実験跡地の植生および湛水区域の特長などを現地調査や衛星データ等から解析し、生態学的視点に欠けた広域実験の問題点を指摘することを本研究の目的とした。 解析の結果、湛水区域は川筋の標高が低い部分に広がり、実験前の植生はヨシ_-_スゲ主体の群落で、実験の目的であったハンノキ林は、一部に分布するにすぎないことが明らかになった。湛水実験後に成立した群落は、タウコギ群落、アキノウナギツカミ群落、ミソソバ群落などの流水辺1年生草本植物群落であった。これらの群落は1980年代まで遡っても、釧路湿原内で大規模な面積を占めることはなかった。景観を一変させ新たな自然再生地を生み出すような大面積の実験が、なぜ安易に容認され、結果の十分な評価が行なわれないのかなど、今後慎重に検討する必要がある。