ファルマシア
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オピニオン
眼疾患の克服を目指して
赤池 昭紀
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2014 年 50 巻 3 号 p. 183

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抄録

極端な高齢化社会を迎えつつある我が国においては,高齢者の健康の維持と疾患の治療が重要な課題になってきている.しかし,加齢に伴う疾患は加齢自体がリスクファクターになっているためアンメットメディカルニーズの高いものが多い.身体の諸機能のうち,加齢による機能低下が著明なものの1つとして視覚系が挙げられる.重度の視覚障害は失明をもたらす.過去においてはトラコーマなどの感染症や白内障が失明の主要な原因であり,失明と加齢は必ずしも相関するものではなかった.しかし,抗菌薬などの薬物療法の発達や外科手術の進歩により克服された結果,現在では,加齢をリスクファクターとする眼疾患に伴う網膜障害が失明の主たる要因となっている.実際,我が国の失明の第1位は,網膜の神経節細胞と視神経線維の障害を主要な病態とする緑内障であり,失明患者の4人に1人を占める.次いで糖尿病性網膜症,網膜色素変性といった網膜障害を伴う眼疾患が続く.その下位に網膜以外の障害を原因とする高度近視,白内障が位置する.さらに,第6位には加齢黄斑変性がある.
我が国の緑内障患者数は約400万人と推定されている.日本緑内障学会が岐阜県多治見市で2000~2001年にかけて行った調査(多治見スタディ)が有名であり,この調査では40歳以上の20人に1人が緑内障を罹患しているとの結果が示された.有病率は年齢とともに上昇し,70歳代で10%以上と推定されている.失明患者の4人に1人が緑内障を原因とすることを考えると,緑内障の予防・治療の推進は健康長寿の実現において重要な役割を果たすと言える.緑内障の治療は眼圧下降治療が原則であるが,眼圧のコントロールに加えて網膜神経節細胞の保護(神経保護)が重要であると考えられており,アルツハイマー病治療薬のメマンチンをはじめとする多くの薬物が神経保護薬の候補に挙げられている.その他,ニルバジピンなどの降圧薬,ビタミンB12,スタチン類などが,網膜血流改善作用,網膜神経保護作用を持つことが示唆されている.ただ残念ながら,今のところ臨床での有効性を示す明確なエビデンスがある薬物はない.
老年期の失明の大きな要因の1つである加齢黄斑変性も,種々の治療が試みられている.緑内障が視野の周辺部から障害されるのに対して,加齢黄斑変性は視野の中心部が真っ先に障害されるので,機能的な失明状態に至るケースが多い.この疾患では,網膜の中心にある黄斑が加齢変化に関連して変性する.日本人では,眼球の外壁をなす強膜と網膜の間にある血管に富んだ組織である脈絡膜に新生血管を生じ,新生血管からの浸出性変化により視機能が低下する型(滲出型)が多い.滲出型加齢黄斑変性の薬物治療としては,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)の機能を抑制する薬物(中和抗体製剤ラニビズマブなど)の眼内注射が行われている.今年になって,自家iPS細胞由来網膜色素上皮シートの移植に関する臨床研究が厚生労働省に申請され,iPS細胞の臨床応用の先駆けとなる点でも注目されている.
我が国の視覚障害者数は2007年の統計で164万人(そのうち失明者が19万人弱)であり,高齢化が進む2030年には200万人の大台に上ると推定されている.この人数は400~500万人と推定される認知症の患者数に迫るものである.視覚障害は,患者自身のQOLの低下,医療費の高騰,家族の負担等が大きく,今後の眼科医療イノベーションの進展による救済が期待される.

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© 2014 The Pharmaceutical Society of Japan
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