ファルマシア
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オピニオン
2つとない脳
三品 昌美
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2015 年 51 巻 12 号 p. 1117

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抄録

科学技術の進展により物質的に恵まれた社会が実現したが,必ずしも心の豊かさにはつながっていない.心身のバランスの取れた幸せな生活は多くの人々の願いであり,脳と心の解明に取り組む脳科学の進展への期待が寄せられている.また,疾病による社会負担を総合的に示す指標としてWHOに採用されている障害調整生存年数(disability‐adjusted life:DALY)の我が国における最大の要因は精神神経疾患である.アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症などの神経疾患やうつ,自閉症,統合失調症などの精神疾患の克服が人類の重要な課題であることが広く認識されるようになり,2013年に米国のオバマ大統領は今こそ精神神経疾患の克服に取り組む時だとBRAIN Initiative計画を立ち上げた.ヨーロッパや我が国においても同様の大型研究が進められている.
代表的な神経変性疾患であるアルツハイマー病はアミロイドβとタウタンパク質の凝集と集積を特徴とし,家族性アルツハイマー病の原因遺伝子が特定されたことから,抗アミロイド薬が開発されるに至った.臨床治験は現在のところ期待を裏切っており,発症機序が神経細胞変性かシナプス機能障害か,あるいはタウが重要なのか,課題が提起されているが,アルツハイマー病克服への包囲網は着実に狭められている.一方,精神疾患については1950年代に治療薬が偶然見いだされたが,根本的な治療にはほど遠い等様々な問題点が指摘されて久しい.発症機序が不明のまま新たな治療薬が模索されてきたが,画期的な成果は得られていない.しかしながら,大規模なゲノム解析や機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)による解析など多様な視点から,脳と心の理解と精神疾患の病因解明に向けての研究が活発に進められている.1970年代にoncogeneを軸として発がん機構の解明が飛躍的に進んだが,そのような爆発的な進展が脳研究にも起こりそうだ.
重症のうつであるメランコリアに関連する遺伝子が最近同定されたが(Nature2015),他の大規模なゲノム解析に比べて一工夫されていた.脳と心の理解や精神神経疾患の克服には従来の研究の延長では不十分で,新たな発想や新技術の開発など多くの叡智を必要としている.独自の発想をするためには,世界に2つとない自分自身の脳を活用するしかない.実験の多くは地道な努力の積み重ねであるが,実験の成功や発見の喜びは一瞬鮮やかに研究を彩る.実験の切り口や方法を自分で工夫して新しい知見を見いだすことができた時は一層喜びが増す.論文を発表して成果が認められるのも嬉しいが,発見の喜びは別物である.脳内で報酬を表現するとされるドパミン神経は意外な想定外の出来事にも反応することが知られており,発見した研究者の脳ではドパミン神経が活性化されているに違いない.
脳科学は基礎,臨床,人間科学などが溶け込む大きな流れになっている.どのような視点からの発見も脳科学全体への貢献が評価される時代になっていると思われる.個々の研究者にとっては独自性がますます重要になるであろう.男女とも,小学生が将来なりたい職業の上位に研究者が挙げられている.研究を楽しみ,少年少女の夢を体現する研究者が多くなることが望まれる.

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© 2015 The Pharmaceutical Society of Japan
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