ファルマシア
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バイオベンチャーは日本再興の要となるか?
木村 廣道
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2015 年 51 巻 5 号 p. 393

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抄録

ベンチャーブームが再来しているという.元来,ベンチャー企業は高いリスクの代名詞.大企業や大学,大病院での地道な職業とは異なり,「明日をも知れず,一かく千金を狙うう散臭い集団」というイメージが常につきまとう.しかし,欧米ではバイオベンチャーはまさに花形で,今や新薬市場の主役となったバイオ医薬品では,シーズの主要な供給源として不可欠な存在となっている.それを受けて,日本でもバイオベンチャーは安倍政権の成長戦略の第3の矢の期待を背負っている.
しかし,日本ではベンチャー企業がうまく育たないと言われて久しい.「大学発ベンチャー1,000社目標」の政府の号令下,2000年代に設立されたバイオベンチャーのてん末は涙なくして語れない.その後,ベンチャー企業に対する環境・基盤はだいぶ整備されてきている.それでも,先頭を走るアメリカとの差は大きく,一番の違いはのりしろを持つ人材の層の厚みである.
このことは,「経営」という職業者の供給の仕方に最も顕著に現れている.日本では社会人として30年以上の長い経験を積んだ上でやっと到達するものと考える.しかし多くの欧米や新興国では,経営者は従業員とは全く別な職業であり,ビジネススクールで量産される.そこでは多くの学生は理系であり,博士や医師も大勢いて多様なバックグラウンドを持つ学生が一緒に勉強するところに大きな価値がある.前例に捕らわれない,正に破壊的イノベーションの推進者である.
「異なるアイデアが出会い交わると新しいアイデアが生まれる」とはTED白熱教室でのマット・リドリー氏の言葉だ.異なる専門の研究者・学生が集い想定外の驚き・刺激から新たな研究成果が生まれる.シーズの発祥も,実用化に至る道も,バイオ医薬は異なるアイデアが交わって生まれた薬である.アイデアの複合化の結果,低分子や同位体で修飾された抗体医薬や核酸医薬など多様なシーズが開発されている.さらには,抗体を部品として利用した高次構造医薬体(ナノマシン)が出てきて異次元の進化が起きている.この研究を進める中心の1つである東京大学では,医工薬の連携研究が盛んで,合言葉は「蛸壺からの脱出」である.医工薬の学生を対象としたマネジメント教育も最近始まり,異なる専門を束ねて新しい価値・イノベーションを生み出す技を磨いている.
私は兼業するベンチャーキャピタリストとして,ベンチャー企業を設立し育成してきているが,日本は起業のネタがあふれている.特に大学では研究成果の知財化,ベンチャー設立は盛んで,資金も潤沢だ.困るのはベンチャー企業の社長候補者が少ないこと.バイオ研究が分かり一流の経営能力がある若手がほぼ皆無な中でも,ヒトには妥協しなかったことで60%の投資案件で利益を出して回収し,シリコンバレー並みの高い打率を出せた.人材に対する問題意識から,私はこの10余年,薬学生を対象に経営者教育をしてきた.ようやくバイオベンチャー人材の供給に貢献できそうだ.
羽田空港の多摩川対岸に位置する川崎市殿町地区に官民の医療系研究所が集積しつつあり,この4月からナノ医療を中心としたオープンイノベーションセンターが発足している.この地区では,複数の独立した研究所が互いに連携し,新しい価値を生み出す計画だ.若手医療系経営者養成所の併設も視野にあり,バイオ・医療系ベンチャー企業を量産する壮大な社会実験が着々と進んでいる.アイデアが出会い交わり,薬学・医療系人材が経営者として活躍する土俵の拡大に注目して欲しい.

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© 2015 The Pharmaceutical Society of Japan
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