ファルマシア
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物言わぬ標本資料が語ること
髙浦 佳代子
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2021 年 57 巻 8 号 p. 772

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抄録

“Biopiracy”という言葉がある.比較的新しい造語で確立した定義はないが,第三世界の伝統的な薬物治療の知識や遺伝資源を,先進国が許可なく利用して医薬品や食品を開発し,その利益や知的財産権を独占してしまうことを指す.ニチニチソウの例が有名で,米国の製薬企業がビンブラスチンとビンクリスチンを見いだし,特許を取得して莫大な利益を得た一方で,伝統薬として使用していたマダガスカルの政府や地域住民には何の利益配分も行われなかったことが問題視された.こうした議論のなかで,2010年の第10回生物多様性条約締約国会議では,遺伝資源の利用から生じる利益を公正かつ衡平に配分することを目的とした名古屋議定書が採択されるなど,”biopiracy”対策として様々な取り組みが行われてきた.そんななか2015年に,ニガキ科植物のQuassia amara L.の葉から単離された抗マラリア・抗がん作用を有するsimalikalactone Eの特許が,フランス領ギアナの人々に対する“biopiracy”であるとの申立てが行われた.この係争は政治的側面を含み複雑化しているが,この植物そのものにスポットを当て,生物地理学的かつ文化地理学的な調査研究が行われた例を紹介したい.なぜなら,“biopiracy”の立証には,対象となる天然資源やその含有成分の有用性が伝統的知識に基づいたものであることを示すため,学問的見地からの来歴・伝播の検証が不可欠だからである.
なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.
1) 田上麻衣子,知的財産法政策学研究, 19, 167-190(2008).
2) Ando K., Microbiol. Cult. Coll., 29, 101-105(2013).
3) Bourdy G. et al., J. Ethnopharmacol., 206, 290-297(2017).
4) Odonne G. et al., J. Ethnopharmacol., 267, 113546(2021).

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© 2021 The Pharmaceutical Society of Japan
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