日本薬理学雑誌
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特集:薬理学における痛み研究の新しい潮流
脊髄における一酸化窒素(NO)産生と痛み
伊藤 誠二
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2006 年 127 巻 3 号 p. 141-146

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抄録

ガス状物質一酸化窒素(NO)は細胞膜を自由に透過できることから,神経細胞―神経細胞や神経細胞―グリア間の細胞間クロストークだけでなく,逆行性メッセンジャーとしてシナプスの神経伝達に重要な役割をする.1980年代にfura-2などのCa2+蛍光プローブの開発により,イノシトールリン脂質代謝による細胞内Ca2+動態が可視化されたように,NO蛍光プローブDAF-FMにより,グルタミン酸NMDAチャネルの活性化が電気生理学的手法でなくNO産生としてとらえられ,神経因性疼痛の発症・維持におけるグルタミン酸―NO系の役割が分子レベルで解明されつつある.神経型NO合成酵素(nNOS)はNMDA受容体を通って流入したCa2+によりカルモジュリンがnNOSに結合して活性化されると考えられてきた.NMDA受容体,PACAP,Fynキナーゼなどのノックアウトマウスに神経因性疼痛モデルを作製し,疼痛行動を解析した結果,FynキナーゼによるNMDA受容体NR2BサブユニットのTyr1472のリン酸化とnNOSの細胞質から細胞膜へのトランスロケーションがnNOSの活性化と神経因性疼痛の維持に必要であることがわかった.NR2Bサブユニットは長い細胞内部分のC末端にPDZ結合モチーフESDVとその近傍にインターナリゼーションシグナルYEKLをもち,後者に含まれるY(=Tyr1472)のリン酸化は,NR2Bサブユニットを後シナプス肥厚に留めることとnNOSの活性化,すなわちシナプス終末からの情報の「受容の場」と「シグナル変換」の2つの機能に関与する.これまで神経因性疼痛は痛覚伝達系の形質転換や神経回路網の再構築といった不可逆的な器質的変化のため難治性と考えられてきたが,神経損傷1週間後でもNR2B選択的拮抗薬は神経因性疼痛に対して鎮痛効果を示し,脊髄後角のNO産生が可逆的に抑制されることから,神経因性疼痛は機能的変化で維持されている.神経因性疼痛が神経損傷部位からの持続的入力により慢性化していると仮定すると,神経再生による治癒が可能でありNOは痛みのバイオマーカーとなることが期待される.

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