GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
TIPS ON COLORECTAL ENDOSCOPIC SUBMUCOSAL DISSECTION FOR LARGE LESIONS
Akiko OHNO Atsushi KATONaohiko MIYAMOTOTakahito YATAGAIYu HADAMitsunori KUSUHARAYoko JINBOTadakazu HISAMATSU
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 61 Issue 11 Pages 2498-2509

Details
要旨

安全性と有効性が明らかになり,大型病変に対する大腸ESDを施行する事が可能となったが,未だその技術的難易度は高い.なぜなら通常の大腸ESDに必要な技術的要素以外にも,広範囲ESDならではの工夫や,個々の病変に応じた臨機応変な対応が求められるためである.術中は常に全体を見ながら治療を組み立て,途中で柔軟に体位やデバイスを変えるなど労を惜しんではならない.そして何よりも撤退や手術への移行などの判断を誤らず,実力を過信しない事が大切である.十分な技術習熟の上で,大腸大型病変に安全な大腸ESDを施行していただきたい.

Ⅰ はじめに

大腸上皮性腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)は胃・食道に続き,2012年4月に保険収載された.当初は大腸ESDの適応病変として最大腫瘍径2cm以上5cm未満との条件がついていたが,実際にはさらに広範な病変に遭遇する事も多く,また技術的にも切除は可能と考えられてきた.大腸ESDの治療成績とその安全性が示された事を受け,ついに2018年4月の保険改定に伴い大きさの制約はなくなり,①最大径が2cm以上の早期癌,②最大径が5mmから1cmまでの神経内分泌腫瘍,また③線維化を伴う早期癌については,最大径が2cm未満のものでも算定可能となった.本改定を受けて,今後さらに大きな早期大腸癌に対してESDを試みる機会が増えていく事が予想される.今改めて大型病変ならではの大腸ESDの工夫や注意点,また切除後のマネージメントにつき解説していく.なお,本項で使用する「広範囲ESD」の目安として上記の経緯より,便宜上長径50mm以上の大型の上皮性腫瘍に対するESDを指す事とする.

Ⅱ 大型病変に対する大腸ESDの歩み

ESDの最大の利点は大きな病変や粘膜下層の線維化を有する病変においても,内視鏡的に一括切除が可能であり,切除検体の詳細な病理学的評価を可能にし,根治度評価を行う事ができる点にある.大腸においては胃や食道など他臓器と比較し,臓器のもつ特異的な難易度から安全性と有効性の確認が必要であるとされ,保険適応前に2009年7月からまず先進医療としての症例の蓄積を要した.当時は,既報の通り 150mm以上という病変サイズは偶発症発生の独立因子として指摘されていたため,2012年4月に晴れて保険収載された際には,その適応病変として最大腫瘍径2cm以上5cm未満との条件がついていた.しかしその後,藤城ら 2を中心に先進医療施設でまとめられた1,564例の大腸ESDの検討では,大きさに関係なく大腸ESD症例の安全性が示された.また林らは50mm以上の大型病変に対する大腸ESDの治療成績を検討している 3がここでも有効性と安全性が改めて示される事となった.これらを踏まえて,2018年4月の保険改定に伴い50mm以上という大きさの制約はなくなり,大型病変に対する治療の選択肢は大きく広がる事となった.

Ⅲ 大腸の広範囲ESDの治療戦略

1.基本的治療戦略

筆者らは,大腸用Dual knife(KD-650;Olympus社)を基本デバイスとし,スピードアップを図る局面に限りセカンドデバイスとしてITknife nanoTM(KD-612Q;Olympus社)を併用して用いている.また局注液は主にヒアルロン酸ナトリウムを生理食塩水で半分に希釈して使用し,線維化の強い局面では原液を用いている.

A.起点となるフラップの作成

大腸ESDにおいて最も重要なポイントは,初めに手技の起点となるフラップを作成する事にある 4.フラップはスコープが安定して粘膜下層に入り込む事ができるように作成されていなければならない.局注により最も良好な局注を得る事ができるのは切開前の治療開始時であり,最初のこのタイミングでフラップを作成する事が重要である.フラップを作れないまま局注を過剰に追加し,安易に切開を広げてしまう事は危険である.切開を広げる事で局注はさらに周囲に逃げてしまい,結果的に病変は沈み込み,剝離はさらに困難となるためである.管腔が狭い大腸で局注液にヒアルロン酸ナトリウムを用いるため,周囲に逃げた局注液はその場に残りやすく,病変は埋もれていく.局注液が多くなりがちな初学者が陥りやすい注意すべきポイントである.Figure 1に実例を示す.肝彎曲付近の50mm大の非顆粒型側方発育型腫瘍(laterally spreading tumor non-granular type;LST-NG)である.初めに適切なフラップを作成できないまま周囲切開を広げた結果,周囲に局注が漏れ管腔は狭くなり,病変は埋もれるように沈み込み極めて剝離が困難となってしまった.この局面からのリカバーは非常に難しい.

Figure 1 

フラップ作成が不十分で剝離に難渋した症例.

a:肝彎曲の50mm大LST-NG病変.

b:局注拳上が良好な段階でしっかりとしたフラップを作成する必要がある.

c:徐々に周囲へ局注が漏れ,管腔が狭くなってきている.

d:病変が沈み込み剝離困難な状況となってしまった.

また初期段階でフラップを作成しておく事で,他の部位の剝離時に至適な層が分かりにくくなってしまった時にもそこへ立ち戻る事で,剝離ラインを見失うのを防ぐ事に加え,後述のトラクション法にもこのフラップを活用できる.

良いフラップ作成のためには2点のポイントがある.1つ目はフラップの辺縁に焼灼の影響が及ばないように,シャープなフラップを作成する事である.焼灼を受けるとフラップの辺縁は丸まりやすく,フードを用いても上手く潜り込む事は難しい.2つ目はFigure 2のようにU字型に切開を置く事である.初学者が陥りやすい例として,初めの切開で病変の際を真一文字に切りやすい(Figure 2-a).横の切開ではその後潜り込めるようなフラップを作成する事は容易ではない.敢えて病変から離したU字型カーブをつけて切る事で,フラップを作成しやすくなる(Figure 2-b).われわれが普段辞書を指でめくる事をイメージして欲しい.角をめくろうとするはずである.なおU字型に離れる距離は実際には5mm~1cm程でよい.急がば廻れなのである.

Figure 2 

フラップ作成のポイント.

a:病変の際を横方向に切開してしまうとフラップ形成は困難.

b:約1cm距離を持ってU字型へ切開する事で肛門側にフラップ形成しやすくなる.

2.広範囲ESDならではの工夫

A. Poket-creation method

大型病変の場合,病変中心部付近の粘膜下層において強固な線維化を認め,しばしば剝離に難渋する事がある.Hayashiらは全周切開を置く前に粘膜小切開を置いた後にそのまま粘膜下層を掘り進みポケットを作成するpoket-creation method(PCM)の有用性を報告している 5.大きく切開を広げる前に安定した粘膜下ポケットを作成する方法であり,粘膜下の線維化を来しやすいLST-NGに対してもその有用性が報告されている6

B. Tunneling technique

上記粘膜下ポケットを貫通させトンネルを作成してしまう方法である.これは主に接線方向の剝離操作が主である食道ESDにおいて,その有用性が示されてきた 7が,近年では大腸ESDにおいても直腸の広範囲ESDに対する使用報告がなされている 8.自験例をFigure 3に示す.症例は上行結腸70mm大の顆粒型側方発育型腫瘍(laterally spreading tumor granular type;LST-G)である.口側に終点を作成した後,全周切開前に,病変の中心付近にトンネルを1本貫通させる.このトンネルを全周切開ラインに至るまで両サイドに徐々に広げるイメージで剝離を進めていく(Figure 3-d).本症例では対側に重力がかかり,トンネルが自然に拳上されるように視野が展開し剝離を完遂し得た.作成するトンネルは通常1本でも有用であるが,さらに大型の病変では1本のトンネルの貫通のみでは不十分で,2本・3本と必要となる事もある.複数本のトンネルを作成した場合にはこのトンネル同士を連結していく事で剝離を完遂させる.

Figure 3 

Tunneling techniqueの実例.

a:上行結腸の70mm大LST-G(Mix type)病変.

b:口側の終点を作成した後,全周切開前にトンネルを1本貫通させる.

c:トンネル内の様子.

d:両サイド(白矢印方向)へトンネルを徐々に広げていくように剝離を進め広げていく.

C. その他のトラクション方法

大腸ESDにおいて,重力を上手く利用する事は非常に重要である.上述のフラップ形成時も重力を考慮した部位で作成する事が必要で,水や血液の貯留する側に作成しようとしても展開しにくい.術中は常に最適な視野を確保できるよう,適宜体位変換を試みる手間を惜しんではならない.体位変換により重力を有効に利用した1例をFigure 4に示す.S状結腸50mm大のLST-G顆粒均一型(homogeneous type;H)病変であり1ヒダを跨いだ病変である.まずESD開始前に洗浄や色素散布で液体の貯留部位から重力方向を把握しておき,重力の対側にフラップを形成する.重力により自然にフラップはめくれて剝離すべき面が展開していく.本病変はその後さらに口側へ重力がかかる方向へ体位変換を追加し,剝離を完遂した.拳上が良好な病変では,比較的大きな病変であっても重力の活用のみで切除可能な事も多い.

Figure 4 

重力を用いた剝離.

a:S状結腸のLST-G(H)病変.管腔があまり広がらない部位であった.洗浄で水がどの方向に溜まり重力がかかっているかを事前に確認しておく.

b:重力の対側に局注しフラップを形成する.

c, d:重力により自然に剝離すべき面が展開していく.適宜体位変換を追加し,重力を利用しながら剝離を進める.

e:断端陰性で一括切除に成功した.

一方で非常に広範囲なESDの場合,重力より病変の重量が勝ってしまったり,部位によっては剝離した腫瘍が対側壁に接地したりするなど,重力の恩恵を十分に得られない場合がある.このような状況で有用なのが以下のトラクション法である.  現在までに大腸領域に限らず,周在性の大きな食道ESD症例や,瘢痕を伴う胃ESD症例などに対して,実に様々なトラクション方法が考案されてきた.治療用スコープとトラクションが連動しないよう,Uraokaらの細径スコープをアシストとして2本の内視鏡を用いた方法を始め 9,スコープ外側に別のチャンネルを作成する方法,オーバーチューブを用いた方法などが考案されてきた.大腸の場合にはスコープを一度抜去する事なく簡便に追加可能で,さらに肛門からの距離が長い深部結腸にも有用なトラクション方法が主流となりつつある.SakamotoらのS-O clipを用いた方法 10,Yamasakiらによる糸付クリップをスコープ内に通し病変を把持するTAC-ESD 11などがよく知られている.筆者らがよく用いているのはMoriらのループ状の糸を用いたトラクション方法 12である.通常はデンタルフロスまたは外科用のシルクブレード糸を用いており,まずこれをループ状に結んだものを用意する.ループ径は大き過ぎると糸が撓みトラクションがかかりにくいため,7mm前後が都合よいが,鉛筆や細いボールペンに巻いてループ糸を作成すると簡便である.クリップの間に把持または,把持可能な鉗子を用いて鉗子孔を介して腸管内腔へ運び,先ほどのフラップ部分にループ状糸をクリップで固定する.その後ループのもう片方をクリップの爪で把持しながら対側かつやや肛門側に引き,腸管粘膜に固定する.この後しっかりと送気する事によってトラクションが良好にかかりフラップが牽引されるという仕組みである.糸をループ状にする事で,体外へ糸を牽引できない深部腸管内でも用いる事が可能であり,また途中にクリップを追加し糸を別方向に引っ張り固定する事で,自在な方向にトラクションをかけなおす事も可能である.自験例をFigure 5に示す.盲腸の虫垂開口部付近の病変であるが,まず沈み込みやすい開口部側にフラップを作成し,ループ状の糸を用いて対側ヒダに向かって牽引している.牽引により線維が立ち上がり,剝離すべきラインを同定しやすくなっている事が分かる.本法は大型病変に限らず,本症例のように小さくても線維化のある部位での使用にも適している.

Figure 5 

糸付クリップの使用例.

a:シルク糸で作成したループ状糸.

b, c:虫垂孔開口部に近接した病変であり,まず開口部側にフラップを作成する.

d:クリップで把持しトラクションをかける.

e:剝離すべき線維が良好に拳上され視野が展開していく.

D. Gateway Method

Tunneling techniqueとtractionを組み合わせた新たな方法である 13.通常のtunneling techniqueに準じて病変の中心付近にトンネルを1本開通させ,完全にスコープが通る事を確認した後に,トンネル内をループ状の糸を通しトンネル全体を拳上させる.Figure 6に切除後ブタ大腸での使用例を示す.糸の長さはトンネルの長さの約1.5倍が適しており,まず病変の肛門側の病変対側にクリップで一端を固定する.その後糸を把持しながらトンネル内を通し,病変口側の対側の粘膜にもうループ糸のもう一端を固定する.糸をループ状とする事でクリップでの把持がしやすくなり,病変が幅をもって拳上される.また,病変そのものをクリップでつかまないため,病変にダメージを与える事も少なく,切除後に糸を切る必要がない.ただし気を付けるべきポイントがあり,前述のトラクション法と同様にしっかり送気して病変を拳上させる事と,拳上した後は基本的に肛門側から順に剝離を進める事である.病変全体が拳上される本法では,粘膜下層や筋層も立体的なヒダに沿うように一緒に拳上される.このため病変の中心付近から剝離を進めると思わぬところで筋層へダメージを与えたり,病変内に切り込んでしまう事がある.

Figure 6 

切除後ブタ大腸での Gateway method.

a:スコープが安定して貫通するトンネルをまず作成していく.

b:ループ状糸を把持しながらトンネル内を通していく.

c:病変の対側の口側および肛門側のヒダにクリップ固定し拳上させる.

d:重力に関係なく良好な拳上が得られGatewayが形成される.

当初,筆者らはこの方法を線維化の強い症例で使用してきたが,切除後ブタを用いた大型の大腸ESD施行例で有用性を実感しており,今後応用を検討している.

3.シングルバルーンオーバーチューブの活用

大型病変に対する大腸ESDでは,その剝離面積により当然ある程度の術時間を要する事が想定されるが,加えて瘢痕や腫瘍がもつ線維化などの予測不可能な治療困難因子により想定よりも術時間を要する事もしばしば経験する.特に深部結腸病変では,長時間の術中に徐々に腸管が撓みスコープの安定性が保たれなくなったり,視野が徐々に変化してしまう事も多い.大腸ESDにおいて安定したスコープの操作性の確保は重要であり,筆者らは自施設で大腸ESDを導入以降,脾彎曲以深の病変に対してシングルバルーンオーバーチューブST-CB1(Olympus社)(Figure 7)を用いたESDを行ってきた.このST-CB1の原型である大矢らの報告にもある通り 14,オーバーチューブ使用の最大の利点はS状結腸の撓みや,脾彎曲の突き上げ,腸管のパラドキシカルな動きを抑えられる事にあり,長時間の手技の中でこの利点は大きい.

Figure 7 

ST-CB1の外観とユニットシステム.

a:ST-CB1外観.

b:バルーンコントロールユニット.

具体的には通常使用している処置用の大腸用スコープとST-CB1を腫瘍の肛門側まで進め,バルーンを拡張して腸管を固定させESDを行うわけであるが,この使用には若干のコツが必要である.オーバーチューブは上行および下行結腸でのみ固定可能であり,どこでもバルーンを固定できるわけではない.また病変と近接し過ぎるとかえって操作性が悪い事があるため,バルーンのすわりがよい最適な場所を探す必要がある.バルーン固定後は若干肛門側にテンションをかけると腸管の撓みがとれてよい.また蠕動によって術中にバルーンが徐々に抜けてしまう事が多いため,適宜調整が必要である.オーバーチューブ使用のもう一つの利点として,術中スコープが曇って視野不良となった場合,オーバーチューブを残す事で,一度スコープを抜去し画面をクリアにした後再挿入が可能である点がある.そのためにもスコープとオーバーチューブが緩衝しないようチューブ内にゼリーや水を通し,滑らかに動くようにしておく事もポイントである.

このようにオーバーチューブの挿入には若干のコツと慣れが必要であるが,術者にとってこれを上回る安心感があると感じている.また長時間の治療ではCO2とはいえ送気量も術者として気になる所であるが,シングルバルーンを介して腸管ガスがある程度排泄されるため,終了後の腹部膨満感の訴えは少ない印象である.

4.セカンドデバイスの活用

広い剝離面積をもつ大型病変では,粘膜下層に潜り込み良好な視野が得られている状況下でさらにスピードアップを図りたい局面がある.現在,実に様々な優れたデバイスがあり,施設に応じて手になじんだ好みのデバイスを用いるのがよいと考えているが,筆者らはこのような場面でのセカンドデバイスとして,ITknife nanoを用いている.ITknife nanoはその先端の小型セラミックチップと小型円盤型の背面電極ブレードにより,大腸の狭い管腔内でもエッジをとらえるのに非常に有用なデバイス(Figure 8)であるが,一方でエッジの無い部分でも安定した視野であれば粘膜下層の剝離スピードアップに非常に有用である.セラミックチップを粘膜下層に軽く押し当て,ブレードが少し埋まった所で左右にゆっくりとスライドさせるように凝固剝離していく.ブレードにより一度に剝離できる量は格段に増える.ただし大腸ではそのヒダにより,立体的に筋層が持ち上がっている事が多いため,胃ESDのようなツイスト操作は危険であり,あくまで左右の動きを基本に剝離を進める事に注意が必要である.大型病変のESDにおいては,セカンドデバイスは重要局面でのレスキューデバイスとしても役立つ事があり,この活用にも習熟しておく必要があると思われる.

Figure 8 

ITknife nano.

Ⅳ 偶発症対策

大腸ESDはかねてより壁の薄さや技術的困難性,ひとたび偶発症が発生した時には緊急手術への移行が不可避となるなど,その危険性を指摘されてきた.保険収載前には50mm以上の大きさが偶発症の独立因子との報告も見られていた 1が,その後「先進医療として施行された大腸ESDの有効性と安全性に関する他施設共同研究(前向きコホート研究)」の中間報告が明らかとなり,50mm以上の腫瘍に対する大腸ESDにおいては,出血関連偶発症は5.9%,穿孔関連偶発症は3.9%である事が示された 2.これはエキスパート施設からのデータに限った成績ではあるが,腫瘍径別の偶発症発生率に有意差は認められていない.主な偶発症である後出血と穿孔について解説する.

1.後出血

術後出血の程度は様々であるが,後出血の定義について,「内視鏡的止血術を必要とし,治療の前後でHb 2g/dl以上の低下あるいは顕性の出血を認めたもの」と定義される事が多い.頻度は実際0.7~2.2%と報告されており,術後2,3日から1週以内が多いが10日前後までは後出血の可能性がある.筆者らは通常のEMRと同様に,上記期間の飲酒および過度な運動の制限を指示し,退院後の出血の可能性と対応を説明している.通常はクリッピングや凝固止血による対応が可能である.凝固止血の際は,ナイフの先端を優しくあてて接触凝固を行うか,止血鉗子で把持し軽く持ち上げて凝固を行う.いずれも過凝固による遅発性穿孔を避けるため,露出血管をピンポイントでとらえる事と,凝固中も不必要な焼灼の影響が及ばないように注意する必要がある.ESD後の予防的クリッピングについては議論の余地がある所であり,有用であるとの報告もみられる 15が,ESD後切除創の縫縮が後出血の予防に寄与するというエビデンスはまだない.

2.穿孔

大腸ESDの術中穿孔率は2~14%と,ポリペクトミー0.05%やEMR0.58~0.8%と比較し高く,術者はその対策を十分に熟知して行う必要がある.まず術前の前処置の強化が重要である.不十分な前処置は術中の視野が不良となるだけでなく,穿孔時の汎発性腹膜炎のリスクを上昇させる.またCO2送気装置も必須である.

治療中に穿孔を来した場合には,不必要な送水は控え,可能な限りまずクリッピングを試みる.完全縫縮が可能であれば,抗生剤と絶飲食による保存的加療で手術を回避できる可能性があるが,不完全縫縮であれば汎発性腹膜炎へと移行するため迅速な手術対応を要する事が多い.

また術後遅れて発生する遅発性穿孔は0.1~0.4%と報告されており,基本的に緊急外科手術の適応となる.治療終了後1/3では24時間以内の発生があるとされており,術後は腹部症状や発熱などに十分注意した観察を行い,穿孔が疑われる際には積極的にCTを施行し早めの対応を行う必要がある.

実際にESD術中穿孔を来し,緊急手術へ移行した症例を示す(Figure 9).

Figure 9 

術中穿孔し緊急手術となった1例.

a:盲腸虫垂孔付近の50mm大LST-G(M)病変.

b:中心付近は著明な線維化がみられた.

c:終盤で穿孔し脂肪組織が確認された.

d:緊急手術へ移行し摘出した外科術後検体.2mm大の穿孔部が確認される.

症例は62歳男性,盲腸虫垂孔近くの50mm大LST-G(M)病変である.剝離途中に粘膜下層の線維化を認めたため,慎重な剝離を進めていたが終盤で術中穿孔を来した.可及的にクリップでの縫縮を試みたが不完全であると推定された.また縫縮中から腹部症状が出現していた事,残存する病変付着部位がわずかであったため,待機的な手術の場合病変が脱落し,病理学的評価が困難となる恐れがあった事から,外科医と相談の上緊急手術へ移行した.術後検体を確認すると,クリップでの縫縮は不完全であり2mm大の穿孔部位が確認された.他臓器と異なり,大腸ESDでは偶発症発生時に手術のタイミングなどの判断を誤ると重篤な状況になりかねない.このように,外科医との十分な連携が重要である.

3.Post-ESD electrocoagulation syndrome

近年,明らかな穿孔がなくESD後に電気凝固によって生じる腹膜炎症状が知られている.筋層の断裂や熱変性により,発熱や腹痛,炎症反応の上昇を生じるものであるが,その頻度は大腸ESDにおいて8.6~9.5%と,ポリペクトミー(0.07~2.9%)と比較し高い.一般的に禁食管理などの保存的加療で経過は良好とされているが,女性や,上行結腸や盲腸といった病変の局在,切除範囲40mm以上,粘膜下線維化の存在 16),17などが発症のリスクとされており,大型病変の切除後は腹部症状や炎症反応の推移などを慎重に追いながら,禁食期間を調整するなどの対応が必要である.

4.狭窄

大腸では,絶えず腸液や便塊が口側から流れてくる事と腸管内圧がある程度かかる事から,比較的広範囲な切除後も狭窄が起こりにくいといわれている.Oharaらは直腸ESDの検討で 18,Hayashiらは結腸直腸ESDで周在性に90%以上の切除が狭窄のリスクとなる 19と報告しているが,いずれも緩下剤の使用や内視鏡的バルーン拡張術での対応が可能であったとしている.今後食道の狭窄予防と同様にステロイドの予防効果および使用法の検討が待たれる.

Ⅴ おわりに

大腸の広範囲ESDのコツについて自験例を含めて概説した.大腸ESDは,腸管の形状や前処置などの環境因子や,病変の局在や線維化の有無による病変因子の影響を受けやすく,実に様々な工夫とアイデアの集合体で初めて完遂し得る手技であるといえる.広範囲な大腸ESDとなればなおさらであり,術者は自身の技量を十分に知り,様々な手法を習得した上で治療に臨む必要がある.今回は高難易度や剝離のポイントとなる局面で使用できる工夫を解説したが,広範囲のESDでは剝離しやすい部分ばかりを進めるのではなく,適宜手を止めて病変全体の状況を把握しながらバランスよく剝離を進める事もあわせて重要である.本稿が大腸広範囲ESDへとステップアップされる先生方のわずかでも一助となれば幸いである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2019 Japan Gastroenterological Endoscopy Society
feedback
Top