本稿は,バブル崩壊以降のわが国企業の流動性保有について,Kim/Mauer/Sherman[1998]の理論モデルから得られる示唆,即ち「手元流動性保有水準は,将来,資金制約を受ける可能性がある企業が設備投資を行う際の余計なトランザクションコストを節約して,企業価値最大化の観点からみて合理的な水準に決定される」を実証的に検討するものである.分析の結果,2002年以降の後期では企業の手元流動性保有比率は,資金制約の程度や設備投資需要等によってある程度合理的に説明されることが明らかとなる一方,2001年以前の前期では手元流動性の保有は必ずしも合理的に決定されない可能性が見てとれる.日本企業の手元流動性保有比率は高い水準にあったことからも配当支払いが十分でなかったことを示唆しているのかもしれない.