ジェンダー史学
Online ISSN : 1884-9385
Print ISSN : 1880-4357
ISSN-L : 1880-4357
論文
低所得者への食料支援とジェンダー
――大恐慌期のアメリカにおけるフードスタンプ制度――
佐藤 千登勢
著者情報
ジャーナル フリー

2022 年 18 巻 p. 17-29

詳細
抄録

アメリカでは今日、連邦政府による貧困対策としてさまざまな所得維持政策が実施されているが、なかでもフードスタンプ制度1は、4,150万人(人口の12%)が参加する最大規模のプログラムとなっている。この制度は、農務省の食料・栄養サービス局が管轄しており、原則として所得が貧困線(2021年に3人家族で年収約2万2,000ドル)の130%以下であれば、年齢や子どもの数、健康状態などに関わらず、だれでも参加資格を得られる。平均受給額は、1世帯で月444ドル、1人当たり233ドルであり、フードスタンプを用いて、酒類とタバコ以外のあらゆる食料品を購入することができる。

フードスタンプ制度は、重要なセーフティーネットとしてアメリカ社会で広く受け入れられている。その理由としては、低所得の家庭の子どもを飢餓や低栄養から救い出す役割を果たしていると評価されていることや、フードスタンプが農産物や食料品の消費拡大に貢献しているため、農業団体や食品業界が強く支持していることがあげられる。

フードスタンプ制度は、農務省の下で、現金ではなく食料品の購入に特化したスタンプを支給しているという点において、他の社会福祉プログラムとは異なる特殊な性格を有している。生活困窮者が支給されたスタンプを用いて消費行動をし、それによって食生活を向上させるという仕組みは、大恐慌による余剰農産物の処理との関連で1930年代に考案された。本稿では、こうしたフードスタンプ制度の歴史的な起源を、消費行動の主体とされた貧困女性に着目しながら検討し、プログラムに内在していたジェンダー規範を明らかにしていく。消費と結びついたフードスタンプ制度をジェンダーの視点から見ることで、福祉国家の多様なあり方やアメリカ的な特殊性を考察することが本稿の目的である。

これまで、フードスタンプ制度については、政策史や経済的な効果といった観点からいくつかの研究がなされてきた(Waugh, Hoffman, Gold 1940; Herman 1940; Herman 1941; Harvey 1941; Kreager 1942; Coppock 1947; Poppendieck 2014)。また、フードスタンプと消費に着目し、食品業界を中心とした経営者団体との関連でフードスタンプ制度を論じた研究もある(Moran 2011)。しかし、消費の主体としての貧困女性の役割やジェンダー規範を検討した研究はこれまでなされていない。本稿ではまず第1 節で、大恐慌の到来により飢えが社会的な問題として捉えられるようになったことを論じ、第2節で、1933年以降、フランクリン・D・ローズヴェルト政権の下で余剰農産物の処理と貧困者を対象にした食料支援が結びつけられたことを見ていく。第3節では、余剰農産物の配給制度が持つ弱点を克服するためにフードスタンプ制度が導入され、消費者として貧困女性が前景化されたことを明らかにする。第4節では、栄養学との結びつきを論じ、農務省家政局の下で、貧困女性がフードスタンプで入手した食材を用いて、栄養学的な知見に基づいた料理を習得することが期待されたことを検討していく。

著者関連情報
© 2022 本論文著者
前の記事 次の記事
feedback
Top