抄録
1) 1頭の雌犬に発生した伝搬性外陰部腫瘍の細胞学的研究, 特に染色体研究を行い, 正常細胞の染色体と比較した。
2) 腫瘍の表面にたまつている分泌液中に遊離している腫瘍細胞に於いて染色体を観察した。観察した146箇の細胞のうち, 染色体数60の細胞が32%で最高値を占め, 分析し得た殆んどすべての核板で, 14箇の特徴的なV及びJ形染色体が認められた。シロネズミにおける既往の研究結果に照し, かゝる染色体構成を有する細胞がこの腫瘍の種族細胞 (stemcells) と推定される。
3) 組織培養による雄犬の正常肺組織の細胞では78箇の染色体が観察された。そのうち1箇はV形染色体 (X染色体)で, 他はすべて棒状か, それに非常に近い形態を有する染色体であつた。腫瘍細胞と正常細胞との間には, 染色体構成に上記の如き顕著な差違が認められた。
4) 渡辺 (1956) が長崎に於いて同様な犬の外陰部腫瘍に於いて染色体を観察しているが, 著者のみた結果と比較し, 染色体数においても形態においても著しい相違が発見された。同様な腫瘍が染色体構成を全く異にする種族細胞によつて構成されていることは, シロネズミにおいて発見されている同様な現象を強く支持するもので, 種族細胞の説を裏付ける結果である。