本研究は,多様な自然条件に特徴づけられる火山山麓において,高度差に伴って生じる自然環境の差異を,農家がどのように活用して生産力の高い商業的農業を維持しているかを,浅間火山北麓に位置する群馬県嬬恋村大笹の自立型キャベツ栽培農家の分析を通じて実証的に解明したものである.1930年代に本地域に導入された商業的な野菜栽培は,未開墾の国有原野の存在や1960年以降の国家の政策的保護などを背景に急速に進展し,耕境も時代とともに大きく上昇した、その結果,農家は標高940~1,447mの火山山麓に圃場を垂直的に何カ所にも分散所有しており,各圃場の耕作環境にあわせて労働力を時期的に効率よく分配できるよう,本圃での定植日や収穫日をずらしている.また,本圃における定植日の時期的なずれにあわせて苗が入手できるように,標高が異なる何カ所かの低暖地への出作育苗を行なっており,栽培品種,播種日,育苗方法などをかえている。このように,農家が自ら時期的に移動することにより,複数の生態ゾーンにまたがる多様な農業地域の自然環境を空間的に統合して活用する営農形態は,とりわけ1960年以降の経営規模の拡大に伴う機械化の進展や,モータリゼーションに伴う農家の行動範囲の拡大を背景に生みだされたものといえよう.