地理学評論 Ser. A
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寸法による吉凶判断と住居景観
奄美・沖縄を事例として
小口 千明
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キーワード: 吉凶判断, 方位, 寸法, 沖縄, 奄美
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1994 年 67 巻 9 号 p. 638-654

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抄録

本研究は,位置選定にかかわる日本の伝統的な吉凶判断において方位がきわめて重要視されるのに対し,距離や寸法にはあまり関心がもたれないことに着目して,日本における伝統的な空間認識の特質を寸法とのかかわりから捉えようとしたものである.
沖縄県を中心として唐尺と呼ばれるものさしが存在し,このものさしを用いて,寸法による吉凶判断が行なわれている.そこで,現実の景観のなかにこのものさしに基づく吉凶の観念がどのように投影されているかを,沖縄県の波照間島と鹿児島県の与路島を事例として検討した.
沖縄県の波照間島では,住居の門の幅と墓の特定部分の寸法が唐尺による吉凶判断の対象とされる.奄美の与路島では唐尺は用いられていないが,唐尺と類似の目盛りを有するさしがねが門の位置と幅を定めるための判断基準として用いられている.両島内の集落で住居の門幅を実測したところ,それぞれの地域の判断方法に基づき吉寸を示すものが高率であった.これは,寸法に対する吉凶の観念が投影された住居景観が現実に存在することを示している.ただし,両島に方位にかかわる習俗が存在しないことを意味するものではない.
日本では,位置選定にかかわる吉凶判断において,空間の評価軸が方位に置かれる場合が多い.しかし,現在までのところ沖縄や奄美地方でのみ確認された例ではあるが,寸法の概念も評価軸として存在することが示された.理論的には方位も寸法もともに空間評価のための座標軸となりうるなかで,現実としてどの尺度が座標軸として選択されるかは地域によって相対的であるといえる.したがって,方位による吉凶を著しく重視した空間認識は,見方を変えれば寸法による吉凶を重視しない空間認識としてその特質を把握することが可能となる.

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