宝石学会(日本)講演会要旨
2019年度 宝石学会(日本)講演論文要旨
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2019年度 宝石学会(日本) 特別講演要旨
ダイヤモンド高圧合成への試み(東芝グループの場合)
*若槻 雅男
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p. 1-2

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抄録

【高圧合成の日の出】

我が国におけるダイヤモンド高圧合成の日の出は、圧倒的に先進した外国企業が完全に近い特許網を整備した上で合成法を開示したこと、また一方では戦後の疲弊からの産業復興が軌道に乗り、いくつもの企業の中に新規で独創性に富み自企業独自の技術開発への強い志向が生まれていた時代という、二つの要素で特徴づけられよう。かの GE が信頼性ある高圧合成の技術を実現したと、Nature を介し世界に向けて公表した 1955 年は、世界における「確かな人工合成」の幕開けといえよう。しかし具体的な方法はさらに 4 年間も伏せられ 1959 年に到って高圧高温装置や黒鉛からの変換プロセスが特許ならびに学術論文として同時に開示された。この間に世間の関心が一挙に高まり、野田稲吉先生をはじめ炭素、セラミック分野の大御所の先生方はその方法や可能性の検討を種々の観点からなさっておられたようである。

【GE の特許網の下で】

装置、触媒、プロセスにわたり、考え尽くして掛けられた特許網が作られてしまった後では、工業化を試みるには越え難く、回避し難い壁や困難を伴う日の出であった。世界的にも早くからダイヤモンドの工業生産を実現した小松ダイヤモンドの成功においても、独自の着想が先願特許網の壁を回避するにはかなりの苦労があったことと思われる。

【許された自由な発想と掘り下げた開発活動】

1955 年当時筆者は大学教養課程の 2 年生であった。1958 年に東芝に就職した頃、我が国の産業は経済復興と更なる技術発展の時期にあり、いくつもの企業が新規技術、独自技術の研究開発を極めて意欲的に志向し、非常に深く掘り下げた段階から技術開発を行うことも稀ではないという状況が到来していた。

そこにちょうど居合わせた運命により、筆者は高圧高温装置技術とダイヤモンド高圧合成技術の研究開発を、まさに「日の出」から明けきるころまで自らどっぷりと漬かって経験させてもらう機会にめぐり合った。

前述のように自由な発想の許される中で多くのチャレンジができ、掘り下げた段階から、チームを組んでの精力的な実証試験まで一貫した研究開発に携わる幸運(?)に巡り合った。

【東芝グループの場合】

筆者らは、設立直後の中央研究所で最初に、GE の特許でクレームされた下限圧以下の圧力でも合成できる可能性を探索した[1]。次いで東芝タンガロイ(当時名)と共に検討組織が結成され、その中で筆者自身は GE 特許の範囲外に有効な触媒はあり得ないのか、新触媒の探索にシフトした。

触媒とプロセスに関する最初の着眼点は、GE 特許に、単体として黒鉛からダイヤモンドを生成させる元素として、Ta が記載されているのに Nb(周期律表の同族)が記載されていなかった点である。そして限られた条件下で僅かながらも再現性をもって生成することを見出したことが突破口となった。また Cu(Ni の次に位置する元素)が、もうちょっとで触媒になる、とても惜しい地位を持っていることを調査と実験によって確信した。これらをベースに以後の探索計画を展開し、研究者としては大変幸運なことに、GE の特許網で権利主張された 9 個の「触媒元素」を全く含まない新触媒を系統的に見出すことができた[2,3]。触媒のほかにも、特許係争を避ける想定で「ベルト型」を避け、優れた機械精度とその再現性を確保し、ルーチンワークとしての使い勝手を追求した六方押しタイプの高圧高温装置も実現した[4,5]。

新触媒の原型は少し高い条件で十分な量のダイヤモンドを生成させるが晶質に問題があり、Al の添加が改善の糸口となった。さらにチームの中で構成主成分と共に添加元素も周到に探索・調整された結果、微妙な P-T 制御によらずとも無色透明の大粒粒子がより容易に得られる工程も実現された。当時としては世界最大級の六方押し合成装置を設置し、実証試験が精力的に進められた。ただ一つ、Ni ベースの合金触媒(洗練された GE 型触媒)よりも数千気圧の高圧を要することが課題として残っていた。

また合成条件によっては、立方体を基調とする外形(~2mm)と灰白色の色調が天然産多結晶体に酷似する粒子も生成した。PCD の普及していなかった当時、加工刃先材として天然多結晶体が好まれていた背景から、その応用を検討しようとしたこともあっが、粒子のキャラクタリゼーションも生成機序も未完結である。

開発が進むとともに追いかける相手も先へ進み人工品のバラエティも拡大した。結果としては、これらの活動がグループの社業に明確に貢献できたわけではなく、現代の投資の論理に照らせば稚拙な開発活動であったが、日の出頃の情勢、ハイリスクながらも独自性を志向した開発活動など、いくつかの観点で紹介し、諸賢の興味・関心に応えることができれば幸甚である。

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