本論文は,フランス革命期が生み出したフェミニズム論を理解する手がかりの一つとして「女性性に由来する倫理的自由」の概念に注目する.この視点からウルストンクラフトを啓蒙フランスから革命フランスの知的文脈に位置付け,ルソーがウルストンクラフトのフェミニズム論に対して及ぼした影響について考察する.穏和な商業論は,男性論客の相互に対立,矛盾する意見を総合して妥協点を生み出すことを可能としたサロンの女主人の節度(会話の技巧)を社会道徳の重要な心理要素とみなした.ルソーはこの言説に敵対し,女性の生殖機能を社会道徳の基礎と捉え,共和主義的母性言説を刷新した.ウルストンクラフトはルソーの女子教育論に反発する一方,ルソー同様に穏和な商業論が象徴したサロンの女主人のイメージを拒絶し,社会的側面ではなく生物的な側面を女性性の本質とした.その結果,ウルストンクラフトが政治的人文主義に感化されて女性参政権を拠り所とする共和主義的フェミニズム論を展開したと解釈し,それは同時に「近代人の自由」と呼ばれた市民権の擁護に制約を課したことを指摘する.