人文地理学会大会 研究発表要旨
2004年 人文地理学会大会 研究発表要旨
セッションID: 117
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xにおけるy
模範例としての学会発表表題
*泉谷 洋平
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抄録

本研究では学会発表表題を題材として、人文地理学が事実として何であるのか、その現実的側面を明らかにする。人文地理学会大会の過去の発表表題に注目すると、「(に)おける」という表現が頻出することが分かる。この表現は全体の約3割の発表で用いられており、その大部分は地名と結びつく形で使用される。また、「(に)おける」のように地名を用いることで特定のテーマを空間的ないし地域的に限定する機能を果たす類似の表現として、「(の)事例」、「(の)場合」などの表現も確認できるが、これらの使用頻度の総和はおよそ6割となる。このような傾向は、はたして何を意味しているのだろうか。この点について明瞭な展望を与えてくれるのが、トマス・クーンの科学論である。元々クーンは、ある学問分野において規範となるような業績や教科書、あるいは定期刊行物をパラダイムと呼んだ。クーンはパラダイムという概念を、「支配的なものの見方」や「概念図式」(これらの方が、むしろパラダイムの意味としてよく知られている)という観念的存在ではなく、「それを通じてその分野の規範が学ばれていくような具体的事例」という物質的存在として理解していたのである。われわれは、教科書に掲載されている章末課題や、授業でのレポート、実習や演習の課題、学会誌に掲載された論文など、その分野の実践の具体的な事例に慣れ親しむことを通じて、その分野における基本的で模範的な振る舞い方を身につけていく。こうしたプロセスで実際にお手本とされる数々の具体例のことを、クーンは模範例と呼んだのである。こうしたクーン理解に基づけば、先に指摘した特徴を持つ学会発表表題が、日本の人文地理学において模範例の一つとして機能していることは明白であり、パラダイムを模範例としての観点から捉えるならば、人文地理学にはコアなパラダイムが存在すると言うことができるのである。

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© 2004 人文地理学会
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