人文地理学会大会 研究発表要旨
2008年 人文地理学会大会
セッションID: 111
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第1会場
渥美半島弥栄集落における昭和初期の開拓による屋敷の特徴
*林 哲志
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抄録

I はじめに  愛知県の最南端,渥美半島の基部に位置する弥栄集落は,1931(昭和6)年に県の施策により,「不良土開発」事業としての開拓によって誕生した集落である。ここは「彌榮」もしくは「第一彌榮」と表記され,第2次世界大戦以前に入植した県下7ヵ所の弥栄とその他5ヵ所の開拓集落のうち,最も早く着手したパイロット的な地区である。  本発表では,開拓事業のなかで開墾と同様に重要なプロセスである住宅などの建設と,開拓地内での宅地の配置とその形態に視点をおき,住宅とその周辺環境を屋敷と捉えて,どのような屋敷の特徴があるかを考察する。 II 住宅などの建設の概要  1931年12月4日に地鎮祭と鍬入式が行われ,まず,入植者8名は住宅の建設と冬作物の作付準備にとりかかった。住宅ができるまでは,実家や隣村の教員住宅から通い,「宅地とその接続地」の開墾からはじめた。住宅建設に際しては「入植者が落ちついて営農をし,生活する基礎的な条件として快適な住宅が必要である」という考え方のもとで,最初から瓦葺木造の堅固な住宅を建設し,定住意識を自覚するよう務めた。その結果,翌年の3~4月には住宅と納屋が完成し,入植者は家族共々移住し開墾と営農に専念できるようになった。  その後,住宅については戦後の建替えまで拡張されることはなかったが,納屋については営農のための重要な施設であったため,しばしば拡張された。その他,鶏舎や豚舎などの畜舎も建てられた。 III 宅地などの配置の概要  宅地とその接続地は,集落内の井戸が1ヵ所だけであったため,「密居式村落」といわれる集村の形態をとり,井戸の周囲に配置された。そして,農地はその周囲に平坦地と傾斜地を区別して,数ヵ所に分割されて配置された。  本来,農地のなかに宅地が配置され,そこに散居する散村の形態をすすめようとしたが不可能であった。ここは洪積層の台地であり地下水に恵まれず,集落内1ヵ所の井戸は小河川の最上流部の谷に掘られ,他地区と比較しても高額な「井戸補助金」が支出されていることから,水を得ることに苦労したことが推測できる。 IV おわりに  以上のように,開拓集落内の屋敷の特徴として,住宅などの建物の種類と規模などを考え,宅地とその接続地が集落内のどこに位置したのかを示すことで,弥栄集落の地域性を捉えてみたい。また,なぜ飲み水にも不自由するこの場所が,この時期に開拓地として選ばれたかということも考えたみたい。

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