人文地理学会大会 研究発表要旨
2008年 人文地理学会大会
セッションID: 501
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第5会場
「見せ物の場所」から「生きられる空間」へ
―中国・シンセンのテーマパークをめぐる表象と実践―
*李 小妹
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抄録

 本研究は,中国・シンセンにある「錦繍中華」,「中国民俗文化村」と「世界之窓」という三つのテーマパークにおいて,新しい都市空間がいかなる過程で作りあげられているのかについて考察する。これらのテーマパークは,中国国内で初めて作られた同類の観光施設として,中国の文化観光開発事業をリードし,経済開発の産物と見本であると同時に政治文化の発信地でもある。テーマパークがもつこのような経済的,政治文化的特性は,シンセンの都市空間のそれを反映している。そのうえ,市場経済化とグローバル化の中で成長したシンセンは,グローバル時代における中国都市の都市空間の変容と,都市空間を生きる人々とのかかわりのダイナミックな変容実態を,他のどの都市よりも先見的に,よりよく反映している。本研究において,これらのテーマパークの建設経緯,展示内容および展示手法について検討し,「見せ物の場所」と「生きられる空間」といった二つの視座から,開発側である中国政府と華僑資本家および「ユーザー」である観光客や少数民族の若い労働者による「空間の生産」がいかなるものかを明らかにした。  まず,「見せ物の場所」としてこれらのテーマパークは,中国および世界の歴史文化といった大きなテーマの下で,「社会主義的国民国家」と「市場経済の発展ぶりおよび生活の向上」を見せ,経済発展を正当化する手段であると同時に,愛国主義教育といったような政治宣伝の場でもある。  また,アンリ・ルフェーブルの「表象の空間」とエドワード・ソジャの「第三空間」の概念を用いて,これらのテーマパークが「見せ物の場所」であると同時に「生きられる空間」でもあると確認した。具体的に三つの場面を挙げながら論じる。場面_丸1_:「錦繍中華」において,観光客であるシンセン住民がテーマパークを自らの所有物でもあるように他の町から来た観光客に紹介する時の,彼らの表情や振る舞い型や使った言葉と話す口調から,彼らがこの空間に付与された意味を自分たちの住民としてのシンセン・アイデンティティとも言うべき主体性の発揮が見られる;場面_丸2_:「中国民俗文化村」に百人以上の少数民族の若者が働いている。彼らはテーマパークのすぐ近くにある社員寮に住み,テーマパークを中心に生活している。テーマパークの中での活動と言えば,観客にパフォーマンスしたり民族文化を紹介したりするような労働だけでなく,売店やレストランで自ら消費者になって見せる身から見る身に変身するのである。こうした「生産」と「消費」の間に移行する身体は,見せ物の場所を生きられる空間へと変えている。場面_丸3_:「世界之窓」で80歳の闇ガイドに出会った。彼は「75歳以上の老人が入場無料」という規則で毎日テーマパークに来ている。目的は観光ではなく,観光客にテーマパークを案内することで案内費を稼いでいるのだ。彼のようなテーマパークに雇われていないガイドをここにおいて「闇ガイド」と名付け,彼らによって「世界之窓」という空間が一種の抵抗空間として生産されている。つまり,シンセンのテーマパークは,観光客や少数民族の若者や闇ガイドのおじいさんのような住民や「ユーザー」の空間であって,彼らの諸活動によって抵抗の空間,または「生きられる空間」に練り上げられている。  国民国家のアイデンティティと民族文化は,常に変化しており,確立される必要性に迫られている。従って,それらが空間と時間の枠組みのなかで再生産され,再確認されるプロセスは,わたしたちの周りに絶えず展開されている。万里の長城が5000年の中国歴史文化を象徴するように,シンセンは経済発展がもたらした現代性を象徴する。シンセンの都市空間は,いわばひとつのテーマパークのような存在であって,そのテーマというのが,「グローバル化」であり,中国の改革開放の成功(「社会主義体制」と「市場経済様式」との接合)である。中国が社会主義の政治体制と資本の自由化との間に,その矛盾と戦いながら自らの発展の道を探りつつあると同様に,中国の人びとは,矛盾に満ちた都市に放り出された身をもって,都市を自分たちの需要に合わせながら作り変えている。こうした表象され,実践され生きられる空間には経済発展に巻き込まれている社会的諸主体間の関係性が生き生きと作られ,また現されてもいる。わたしたちが今日及び近未来の中国の都市空間と中国社会を理解するのに,こうした関係性としての空間を第三空間的想像力で考察することはきわめて有意義であろう。

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© 2008 人文地理学会
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