保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
講演記事
地域と大学の協働の一例―大学の立場から―
荒木田 美香子
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2019 年 3 巻 1 号 p. 2-6

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I. 大学と地域の連携が進められる背景

2006年に教育基本法が改正され,社会に研究成果や人材を役立てる「社会貢献」も大学の使命であることが明文化された.文部科学省は「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」を2015年から開始し,大学が地方公共団体や企業等と協働して,学生にとって魅力ある就職先の創出をするとともに,その地域が求める人材を養成するために必要な教育カリキュラムの改革を実施する大学の取組を支援することで,地方創生の中心となる「ひと」の地方への集積を図っている.このように大学がその特徴を活用して地域と連携し,地域に貢献することが大学の重要な役割となっている.この流れの中で,特に大きな活動というわけではなく,少しずつではあるが地域との連携を模索してきた本学科の約10年間を振り返り紹介してみたい.

II. 大学の概要と地域の概要

国際医療福祉大学は大田原(1995年開校),小田原(2006年開校),福岡(2009年開校),成田(2016年開校)に4つの看護学科を有している.建学の理念に「共に生きる社会の実現を目指して」を置き,障害のある人も,病気のある人も,健康な人も助け合って共に生きる社会の創造を目指していることは4看護学科に共通するものである.しかし,それぞれのキャンパスが存在する地域には特徴があり,地域の実情と各看護学科の教員の特徴を生かした活動を行っている.小田原保健医療学の設立にあたっては,小田原市の誘致があったが,各立場で様々な意見があり,特に地区医師会との軋轢があったと聞いている.そのため,設立当初は小田原市立病院での実習も実施していなかった.また,現在でも小田原市保健衛生部門との距離感があるのが事実ではある.とはいうものの,公衆衛生看護学実習(保健師養成にかかわる実習)では,神奈川県の調整で一期生の実習から小田原市保健センターに受け入れてもらっていた.

小田原キャンパスは神奈川県西部の小田原市にある.神奈川県は東京都に隣接し,人口は約918万人,19市6郡13町1村があり,65歳以上の高齢者割合は24.9%である(2017年).二次医療圏は11あり,政令市は横浜市,川崎市,相模原市がある.これらの政令市は東京に近い県東部にある.県西部にある小田原市は人口が約19万人である.65歳以上の高齢者割合は28%であり,日本の平均ではあるが県内では高い.さらに小田原市が含まれる県西医療圏には山北町,湯河原町,箱根町といった観光地ではあるが高齢者割合が非常に高い地域も含まれている.また,明確な理由はわからないが食習慣などの関係で,県西部は脳血管疾患の死亡率が高く,高血圧の治療者も多いという特徴がある.

看護学科(小田原)は学生定員が80名である.保健師養成は2年次末に選抜試験を行い,25名の履修者を選定している.保健師コースの実習は25名中,5名は静岡県熱海市,伊東市にて実習を行い,20名は神奈川県で実習をしている.神奈川県で実習する20名は神奈川県の調整により配置されるが,本学が実習を行うのは小田原市及びその近くの市町だけではなく,横浜市,鎌倉市,平塚市,茅ヶ崎市と多くの市町のご協力を得て実施している.本学(小田原)の保健師実習は3年生で2週間,4年生で3週間と分けており,基本的に3年生の実習先と4年生での実習先とは同じである.そういった点では神奈川県をはじめ各保健所・市町には多大なご協力をいただいている.

III. 神奈川県,保健所,市町村との協働

現在,本学が協働している場面としては,下記の5場面である.それぞれの内容を説明したい.

1)県,市町村の保健師が大学教育に関わる

2)大学教員・学生が市の事業を担う

3)大学教員が県,市町村の計画策定,保健師研修に関わる

4)就職説明会を通して関わる

5)大学院を通して関わる

1) 県,市町村の保健師などが大学教育に関わる

県が若者向けに企画している事業などには積極的に協力をしている.県との関わりの具体例としては,酒害講演会,ゲートキーパー養成などには学部として協力し,学園祭や大学の公開講座に組み入れて実施している.また公衆衛生看護学領域としては,がん検診,ピアサポータ養成講座を授業内に実施したり,平塚市の自殺対策キャンペーンに保健師課程を履修している学生が参加している.実際には街頭キャンペーンの前に,自殺予防対策の流れを市の担当者から講義していただいたのち,集まってきた多くの団体や平塚市長などと協力してキャンペーングッズを配布している.

小田原市との関わりでは,小田原市長が毎年1年生を対象に小田原市の歴史と市政について講義をしてくれている.また,小田原市の青少年友好都市(オーストラリア)の学生が,プログラムの一環として本学を訪問し,看護学科・理学療法学科・作業療法学科の学生との交流を行っている.本学新設時の,まだ小田原市での保健師実習が開始されていなかった時には,学生に保健師活動のイメージを描かせるため,小田原市保健センターの保健師を講師として保健師活動の紹介していただいていたが,実習がスタートし,大学教員も近隣市町の活動状況がよくわかってきたため,現在では行っていない.

2) 大学教員・学生が市の事業を担う

小田原市には天守閣を持つ小田原城がある.小田原城は東京に一番近い天守閣と海外の旅行客に紹介されているため,小田原市は海外の旅行客が多い.毎年5月には北条五代祭りが催されるが,本学の大学職員や学生有志が武士の装いをして参加している.

また,子育て支援センターの一つである「おだぴよ」という施設が大学から数分の距離にある.この子育て支援センターには3学科(看護・理学・作業)の教員が中心となり,月替わりで訪問し,ミニレクチャーや相談などに当たっている.学園祭にも,出張「おだぴよ」を開催し,近隣の親子が大学を訪れてくれている.

本学には作業療法学科があり,その専門性を生かして,特別支援教育の学校巡回相談事業に参画している.発達障害児は環境や学習方法などを工夫することにより障害が持つバリアを低減させることができる.教育委員会が主催する学校巡回相談に委員として参画して好評を得ている.

また,2015年より,看護学科の教員が小田原市障害児通園施設(つくしんぼ教室)の保護者を対象としたペアレント・トレーニングを担当している.公衆衛生看護学と小児看護学,また学校保健の専門性を生かして実施している.ペアレント・トレーニングについては発表者が中心となって行っており1シリーズ6回コースを年に2シリーズ実施し(表1)家族の育児自信度に一定の成果を上げている(表2).2017年・2018年にはペアレント・トレーニングの同窓会も開催し,先輩ママが後輩ママに進学についてなどの情報提供をする場となっている.

表1  ペアレント・トレーニングの内容
回数 主な内容 課題
1回目 事前アンケート
自己紹介
講義:PTの基本的考え方〈行動-対応-結果〉
子どもの良い点を増やす(「発達障害の」子どもの特徴と理解)
演習:ほめるテクニック1
課題の提示:行動の観察
子どもの様子を観察する
増やしたい行動
減らしてほしい行動
やめさせたい行動を特定する
2回目 課題の振り返り
講義:褒めるテクニックを理解する
演習:ロールプレイ(ほめるテクニック)
講義・演習:感覚の体験(症状理解)
課題の提示:行動チャート
行動チャートの作成
的確にほめる
3回目 課題の振り返り
講義:効果的な指示の出し方
演習:効果的な指示の出し方
課題:親子タイムの設定
親子タイムシート
4回目 課題の振り返り
講義:指示の出し方の復習・無視
演習:無視・警告
“指示・無視・ほめる”の連合と行動チャート
5回目 課題の振り返り
講義:ルール作りとトークンシステム警告・タイムアウトの使い方
演習:親も自分の気持ちをコントロール
課題:ルール作りとトークンシステム
ルール作りとトークンシステム
6回目 課題の振り返り
講義・演習:外出先や来客時に問題行動に対応できるための計画やリハーサル
・学校,幼稚園,保育所の先生とうまく連携を取る方法
感想
表2  ペアレント・トレーニングの成果(家族の自信度調査票の変化)N=38
質問項目 事前調査 ペアトレ後調査 p
1.あなたは,子どもの成長をあせらず見守る 6.5 7.3 <0.01
2.あなたは,子どもに自分自身でできることをやらせる 6.7 7.6 0.03
3.あなたは,1日1回以上子どもを褒める 8.4 9.1 <0.01
4.あなたは,子どものリラックスできる場所をつくる 7.6 8.4 0.01
5.あなたは,子どもの仲間作りを助ける 6.3 7.6 0.03
6.あなたは,子どもの不適応行動に対処する 6.6 7.7 0.12
7.あなたは,子どもの問題で学校に対して適切な対応をする 7.7 8.1 0.15
8.あなたは,子どものことであなた自身を責めることを減らす 5.5 6.7 0.01
9.あなたは,子どもに関するあなたの不安を減らす 5.1 6.3 <0.01
10.あなたは,自身の健康状態や楽しみのために時間を使う 5.3 6.8 0.07
11.あなたは,子どもの行動による家族内のいさかいを減らす 6.2 7.5 0.09
12.あなたは,子どもに対する援助を他の家族にも行ってもらう 6.5 7.2 0.14
13.あなたは,あなたひとりで悩まずに,心配事は家族や友人に相談する 7.6 8.1 <0.01
14.あなたは,同じような問題をもつ子どもの家族と気持ちを共有する 7.5 8.3 <0.01
15.あなたは,必要な時に,医療,教育,相談機関を利用する 8.0 8.5 <0.01
16.あなたは,子どもの行動考えが理解できる 6.1 7.5 0.01
17.あなたは,子どもと一緒にいて楽しい 8.3 8.8 <0.01
合計 115.9 131.1 <0.01

3) 大学教員が県,市町村の計画策定,保健師研修に関わる

これらの活動は,看護学科として積極的に依頼を受けている.その理由は,大学教員が市町の計画策定のアドバイザーを担うことは教員にとって地域や現場の実情を把握するために非常に有効であり,大学と地域をつなぐかけがえのないチャンスと考えているからである.

具体的には,県等との関係では,児童福祉審議会,かながわ子ども・子育て支援大賞の審査委員,難病地域対策協議会,地域・職域連携推進協議会,神奈川県国保連合会の委員などを引き受けている.また,市や町との関係では,大学の近隣地域である箱根町,大井町の他,平塚市,秦野市,横浜市などの計画策定や評価委員などの委員を担当している.

4) 保健師の就職説明会を通して

2018年度に,初めての試みではあるが,保健師選択課程25名を対象に自治体保健師の就職説明会を開催した.本学は関東圏に6つのグループ病院を持っている.そのため,卒業生を一人でも多くグループ病院に就職させることが大学の役割でもある.これまでの就職活動は3年生末に大学グループ病院の説明会を行い,グループ病院以外の実習病院の就職説明会は4年生の4月に実施していた.保健師の就職説明会も外部の実習病院と同時に実施していた.しかし,保健師が選択制となり,保健師の就職説明の際には他の学生は関係ないのに聞かざるをえないという状況が生まれ,学生にとっても説明する自治体にとっても「好ましくない状況」となっていた.説明する側,説明を聞く側の両者にとって有意義な時間とするためにはどうすればいいのかと考え,保健師選択者だけの就職説明会を開催することとした.

保健師実習のオリエンテーションと合わせて実施することとし,3年生の9月上旬に実施した.実施に当たっては2つの不安があった.1つは3年生の9月上旬であり領域別の臨床実習もまだ開始していない状況で,学生が就職説明会に参加して就職のイメージができるのかという懸念であった.2つ目は1大学の呼びかけに自治体が参加してくれるのかという不安であった.実際には神奈川県,静岡県と8市町の合計10自治体が参加してくれた.この説明会は学生にとって最初の就職説明会となったが,8月に3年生対象のイベントとして「進路を考える会」を行っており,自分のキャリアを考える機会があったことや,公衆衛生看護学実習の前であったということもあり,学生は各自治体の説明を興味深く聞き,その後,10自治体のブースを複数個所回って,状況を聞いていた.実はこの説明会は教員にとっても非常に勉強になった.実習に行っていない地域もあり,実習では聞けない話も聞くこともできた.また,自治体の保健師確保が非常に厳しい状況になっていることを肌で感じることができた(図1).

図1 

自治体の保健師就職説明会

これら1)~4)の活動を支える背景には,学部内に地域交流委員会があり,学部として地域との関係性をとっていこうとする動きだけでなく,トップによる市と大学の関係づくりの場の設定があると考える.本学が小田原に開校してから毎年,小田原市と大学トップが懇談会とその後の会食を行ってきた.主催は毎年交代で実施している.参加者は,大学側は理事長,学長,学部の3学科長などの役職が参加し,小田原市側は市長,副市長,関係部門が参加している.事前にお互いの今年度の要望を提示,昨年度の要望事項の達成状況を確認してきた.大学側の要望は当初は養護実習への協力依頼であったり,大学周辺の環境整備であったりした.小田原市側の要望は市内の医療機関への就職を多くすること,市のイベントや市の事業への協力などであった.また,会議後には参加者との懇親会があり,その中で自由な意見交換があり様々な協力のアイデアが出てきた.おだぴよ子育て支援センター,特別支援教育の巡回,ペアレント・トレーニングはここから始まった.

5) 大学院を通してのかかわり

国際医療福祉大学では大学院教育は大田原から九州までの7キャンパスを統合して展開している.大学院全体では699人という規模で,「働きながら学べる大学院」を掲げている.4研究科があり,医療福祉学研究科保健医療学専攻看護学分野は13専門領域を開設している.2019年度は4つの専門看護師コースも開設し,17領域となる.2018年度には保健師国家試験受験資格を取得できる公衆衛生看護学実践コースを開設した.修士には看護師の進学が多く,博士には大学教員の進学が多い.現職の保健師の進学は必ずしも多くはないが,今後現場の保健師に進学してもらえるような大学院となるとともに,大学院の修了生が現場の力となってもらえるように努力していきたい.

IV. 今後の協働に向けて

私は看護学科長であり,保健師教育課程を担当する教員である.その立場としては,脳血管疾患が多いという神奈川県西部の健康課題にアプローチする活動を提案していきたいと思っている.しかし,本学設立の際に地元医師会の全面協力が得られたわけではなかったという関係性を考慮する必要がある.神奈川県や保健所は本学の教員を活用してくれているので,まずは県の立場から小田原市保健衛生部門との関係性を構築して,時期を見ながら,要望があった時には積極的に協力する姿勢を示していきたいと考えている.

地域と大学の連携には,段階があると考えられる.住民との交流を行う交流型,グループ活動などを通して地域の価値を発見する価値発見型,地域の抱える課題に対して具体的な実践活動を行う問題解決実践型,教員や大学院生が中心となり,専門知識を持って地域の課題の解決に貢献する知識共有型(協働型)などの型があり,発展していく過程が示されている(中塚ら,2016).このように考えてみると,現在,私たちができているのは交流型,問題解決実践型が混在したものであると思う.それぞれのパターンの連携が必要ではあるが,協働型の連携が本学と小田原市に定着する必要がある.そのためには,まずは本学が地元の小田原市をよく知ることが大切である.小田原市の総合計画「おだわらTRYプラン後期基本計画(平成29年度~平成34年度)」では,まちづくりの目標として,〇いのちを大切にする小田原,〇希望と活力あふれる小田原,〇豊かな生活基盤のある小田原,〇市民が主役の小田原を掲げ,施策4 健康づくりの推進,詳細施策1 保健予防の充実,詳細施策2 地域ぐるみの健康づくりの支援を策定している.これらの情報を得ながら,大学ができることを,小出しにではあるが前述の幹部との交流会の中で小田原市に提案している.市への提案をする前には大学本部の確認を得ている.こちらのアクションを受け容れていただけるようになった時に応えられるように,教員の能力向上を図っていきたい.

文献
 
© 2019 一般社団法人 全国保健師教育機関協議会
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