2014 年 27 巻 p. 55-71
米オレゴン州では1997年11月に住民投票により尊厳死法が可決された。本 稿では,州政府が毎年発行している尊厳死者に関する『年報』の統計データを 時系列的に示したうえで,その特徴と問題点を分析した。さらに統計データの 限界を補うため,尊厳死に詳しい専門職への聞き取り調査を実施し,終末期に おける尊厳死者の葛藤を考究した。 統計データからは,尊厳死者は,高学歴の白人の高齢者が多く,ホスピスに 登録しており,そして既婚者が多いこと等が特徴として示された。とりわけ尊 厳死者の関心事のなかで,近年急増しているのは「家族等への負担」であり, 他方で,毎年多いのは「自律の喪失」であった。米社会には,家族等の負担に なるべきでないという「死に直面したときにとるべき行動の基準」が存在して おり,この実践として尊厳死を自己決定した可能性が示唆された。 負担と自律に関連して,もう1つ重要な論点は,尊厳死法のもとで医師から 致死薬を処方されても,3分の1の患者はそれを服用していないという事実で ある。聞き取り調査の結果では,余命半年と告知された高齢患者は,身体的苦 痛と家族等へのケア負担の限界状態を見極めているために合法的に致死薬の処 方を受けるのではないかという知見が見いだされた。尊厳をもって死を迎える ことについて比較文化論的考察が必要であるという課題も残された。